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小熊秀雄全集
―3―
詩集2 中期詩篇
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[表記について]
●ルビは「漢字《ルビ》」の形式で処理した。
●二倍の踊り字(くの字形の繰り返し記号)は「/\」「/゛\」で代用した。
●[#]は、入力者注を示す。
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●目次
謀叛|スパイは幾万ありとても|山雀の歌|失恋|低気圧へ|母親は息子の手を|代表送別の詩|才能を与へ給へ|散兵線|甘い梨の詩|マヤコオフスキイの舌にかはつて|新らしい青年へ|現実の砥石|慾望の波|善良の頭目として|高い所から|闘牛師|シェストフ的麦酒|それぞれ役あり|真人間らしく|相撲協会|この世に静かな林などはない|今月今夜の月|古城|僕は憤怒に憑かれてゐる|俺達の消費組合|甘やかされてゐる新進作家
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謀叛
 ――旭川の詩人達に贈る――

順鹿《となかい》の角をピシ/\打ちながら
氷の波の上を橇に乗つてやつてきた小さな集団を見た。
到る処に太陽の道はあるのだ
なにが真理で、何が真理でないとは言へないのだ。
自分の足音に驚ろきながら
自分の舞ひ立てる埃で顔を真黒くしながら
そつと掘鑿《くつさく》をしてゐる少数の者がゐる
私と君等はひそかに斯うして謀叛をしてゐるのが楽しいのだ。
おゝ、さうだ何事も秘密に、沈着に、根気よく
それぞれの真の種をまくことだ
更に進発しよう、勿論最後の一人まで。


スパイは幾万ありとても

『スパイは幾万ありとても
 などて怖れることあらん!』
ブルジョアの歌も
かうして俺たちの側へ模様替へをして見ると
満更捨てたもんぢやねい。

奴等も何やかやと材料を豊富にもつてゐる、
だが鍋は完全に奴等から奪つた
コックが腕利きなら材料は生きるんだ。
仲間よ、元気を出せよ、
忘れるな、鍋がこつちにあることを
煮て喰はうと焼いて喰はうと
こつちの勝手ぢやないか
ただ煮ても焼いても喰へないものに
裏切者とスパイがあるだけだ。

虱をつぶす快感は
何も虱を殺すための楽しみぢやないんだ。
きのふ虱がプロレタリアの血を吸つた
今日その虱しみを
ピシリとつぶす快感さ、

『スパイは幾万ありとても
 などて怖れることあらん!』
俺たちは煮ても焼いても喰へない敵を
虱つぶしにする許りさ。


山雀の歌

私はよく囀るヤマガラである、
私は自由を愛するヤマガラである、
私の野のヤマガラであつて、
自然の秩序を愛す、
天空に突入する一本の樹、
私はそのするどい尖端にとまつて鳴く、
私はするどい叫びに
ふさはしい世界を求めて
新しい野と、新しい林へゆく、
なんといふ私の小鳥と
周囲の調和の美しさよ。

自由よ、お前の正体は何か
自由と言ひ、自由の束縛と言ひ
町のヤマガラよ、
お前はその正体を知つてゐるか、
お前はそれを具体的に語ることができるか、
をそらく、それはお前には出来ないだらう、
ただ自由に囀り、自由に飛び廻るものが、
これらのすべてを知り、
これらのすべてを語るだらう。

町のヤマガラ、お前の芸当よ、
お前は人間の手に捕へられた、
そして怖るべき訓練が与へられた、
鳥籠の蓋をひらくと
お前はチュンチュンと鳴きながら
ここを飛びだして
小さな神殿の扉を嘴であける、
中からオミクジを咬へて
これを人間の掌の上に渡し
そしてお前は又もとの鳥籠の中へ帰つてしまふ。
お前の生活の全部がそれだ、
お前は自分の小さな体の
百層倍も大きな人間を
お前の可憐な芸当で養つてゐる、
お前、自由を忘れた町のヤマガラよ、
自由を忘れた人間のそのやうに、
与へられた習慣を
絶対的に考へてしまつた哀れなものよ、
町のヤマガラよ、
お前は鳥籠を離れた刹那に
お前は頭の上を仰いで見よ、
空はお前に行為を要求してゐる、
お前は飛びたつためには
羽をうごかさなければならない、
よしお前の羽が弱からうとも
自由を欲する努力がなされねばならぬ、
人間がお前に与へた秩序や習慣は
すべて人間に都合がよいやうに、
つくりあげられた秩序であり習慣さ、
すべて腹黒いものは
己れを肥やすために他人に
法文や秩序をつくつて与へる、
犯さうとするものは脅やかされる、
二度三度犯さうとする、
四度五度脅やかされる
するとお前のヤマガラは断念する
飛び立たうとしない
羽を忘れたのだ、
それからお前にとつて
俗に宿命と名づけれらるものが始まり
習慣と名づけられるものが続く、
すると人間はもう安心なのだ、
咬へギセルで
――さあ/\ヤマガラの芸当でござい。
と云ひながらお前の鳥籠の扉をひらく
その瞬間だ
お前が空へ飛ばねばならないのは
だがお前は飛ばない
チュン/\と鳴いてオミクジをとりにゆく、
お前の頭は何といふ悲惨な頭だ、
町のヤマガラよ
ミミズでさへも我々が捕へると
身をはげしくくねらす
嘴で三ツに切ると
三方に逃げようと努力するではないか、
お前は負けてゐる――人間の意志に、
人間から与へられた絶対への屈服者だ、
そんな悲惨なことはない、
思ひ立つたらすぐ行動に移せ
あゝ、だが思ひ立ちさへもしない、
お前は人間とたかかはなければならない、
お前にも自由があるだらう、
それは然し小さな範囲のものだ、
お前の自由は――
人間の命令の中で飼はれてゐる、
我々は野や村をとぶ
かならずしも絶対自由ではない、
怖ろしい鳥や、嵐や、激しい羽もやつてくる、
ただ私はこれらの敵と
たたかひ勝たうとする、
これらのものとの勝負は
すべての実力を発揮して後にきまる、
君は飛び立たうともしない、
君の自由慾求の何と小さなことよ、
青空の下にあつて青空を知らずだ、
ヤマガラの宇宙観は
必ずしも人間の宇宙観には劣つてはゐない筈だ、
町のヤマガラよ
お前の意志は鳥籠の中にだけある、
スポリと上から掩いかぶさつたものは
人間の意志だ、
だからお前は人間を遁れることができない。
真に自由を愛するものは
自由をうばつてゐるものを
圧服するやうな
敵よりも幾層倍も大きな宇宙観をもて、
新しい世界の新しい秩序や調和や
すべて自由な
新しい生活がそこから始まるだらう。


失恋

たつた二人で日本の憂愁を見に
遠くの山の麓に行かう
折り重なつた緻密な樹の下に
じつとかがまつて語り合はう

貴女はたいへん淡白な恋心をもつていらつしやる
たゞながい間手を握り合つて
丁寧にお低頭をして別れてしまふ
なんといふ潔癖なあなたよ

どんどんと鳴つて霧が降りてきて
貴女の友禅模様のハッピーコートは濡れた
そして貴女の美しい肉体の眼が
萱の茎の中に隠れてしまつた
この世界には幻惑がない
霧の中の貴女の美の喪失であつた
私は痛い、私は追つて行かう
いつそ石の燈籠になつてしまひたい
私はいつも東洋を信ずる
たゞ私は恋を失つたときだけ心から東洋の滅亡を考へてみる


低気圧へ

争議に依つて
俺たちの職場はわきたつ
『同志、ズボンの釦がはずれてゐるぞ。』
『おーらい、おゝそして君の帽子もゆがんでゐるぞ。』
『おーらい。』
俺たちは微細なものに対しても
細心に注意し合ふ。
ゲートルをくつから巻き直し
帽子をキチンと冠り直し
腕を組んで、胸を張つて
今は行動に移るばかりだ。
    *  *  *
その時、俺たちは工場の上の雲を見あげた、
飾りけのない白雲、
雲よ、俺たちの滋養分となれ。
俺たちは決してお前を天上の物とは見ない。
それは何時でも俺たちの
激しい闘争の頭上に
お前を認めることが出来るからだ。
    *  *  *
雲は俺たちの味方だ
晴れた日、彼はじつと動かないが
少しも滞つてゐるものでないことを知つてゐる。
じつと見つめると彼は
明日の低気圧と合するために
実に激しく動いてゐることを。


母親は息子の手を

冷血漢のやうに
ものを言はしてくれ。
俺は母親といふものを知らない、
どういふ形をしたもので
どういふ風に、息子を愛するかを。
母の愛情に対して
息子はどう答へ可きかを。

俺の母は咳きこみ
咽喉をゴックリと言はし
枕元のコップに八分目程、
鮮紅色の、この世に これ程、
鮮かな色がないと思はれる程の色素を吐いた。
四歳の俺は素早くこれを見つけ
誰彼のみさかひなく
『母ちやんは、赤いものを吐いたんだ――。』
と吹聴すれば
父は怖ろしい眼をして
グッと俺を睨まへたらう。
いま全く俺には当時の記憶がない。

かなり俺が成長してまで
父は口癖のやうにかう述懐した。
『あの時、金さへあれば
 お前の母親を殺さなくても済んだ――』と
こいつは父の素晴らしい常識だ。
母を殺したのは
稼ぎのない父ではなかつた。
おれ達貧乏人は、斯うして
ろくに医者にもかけられずに
死を早めてゐるんだ。
母を殺したのは父ではない。
ブルジョアの仕業だ。
俺は率直にかう敵を憎めた。
母とは一体どんな形のものか
俺はそいつを見たことがないんだ。

一九〇〇年三月
レーニンは追放され
彼はイヱニセイ河に沿つて
三〇〇ウェ[#「ェ」は小さい「ヱ」]ルストの路を
夜も昼も橇をブッ飛ばした。
レーニンは宿場々々で
母やクルプスカヤをどんなにいたはつたか。
母の『手温め』の中に
たがひに手を差入れて温め合つた。
今年も、三Lデーがやつてきた、
毎年新らしい情勢の中に
レーニンはピチ/\と
俺達の実践の上に生きて現はれてくる。

同志諸君
俺たちのレーニン
愛情の火のかたまり
彼が俺たちの解放運動の為めに
厳寒の雪野原を
まつしぐらに橇を飛ばして
ロシアに帰つた光景を
まざ/゛\と想ひうかべよう。

豊多摩刑務所で
同志佐野博の母親が
接見所で息子と話が終つたとき、
同志佐野の手をギューッと握つた。
その息子の手は氷のやうに冷めたかつた。
『お前、なんてまあ冷めたいんだね。』
斯ういつて母親は
両手でしきりに息子の手をさすつた。
看守は烈火のやうに怒つた。
『よせ、飛んでもないことをしやがる。』
鬼奴は床をドンと
金棒で突いてイキリ立つたさうだ。
俺はこの話をきいたとき
母親とは、息子の手が冷めたい時は
手をさすつて温めてくれるものと始めて知つた。
俺にはそんな経験はないんだ。
なんといふ母とは優しいものだらう。
獄中の同志は
どんなに嬉しかつたらう。
俺たちは皆で
俺達の敵、ブルジョアを憎まう。
  母と息子の愛情を引き裂く奴。
  夫と妻との愛情を引き裂く奴。
  兄と妹との愛情を引き裂く奴。
俺達は誓はう。
奴等の臓腑は今に見ろ
ことごとく引き出して見せると。

母とは菫の花か、
それともチューリップのやうな優しいものか、
俺はその形を見たことがない。
俺の知つてゐるものは
同志の間の愛情だけだ、
そして激しい闘争のあひ間、あひ間に、
母親らしいものを探して見よう、
ビッショリと汗を掻くほどに
心ゆくまで敵と闘ふ、
そして野原に出て
風に吹かれたら、
母とはきつと春のやうに、
俺の手や頬を、優しくさすつてくれるものだらう。


代表送別の詩

世界は地つゞき
水つづきだ
風が吹いて来るとプンプンと
ソバと小麦が匂つてくる。
同志、行つて来いソヴェ[#「エ」は小さい「ヱ」]ートへ。
俺達はこゝにゐて聞かう
トラクター、ステーションの
旗のはゞたき、
ドニヱプロ・ストロイの
八十一万馬力の
落下する水の響きを――。
あそこでは
世界の不景気騒ぎをよそにして
九千百九十六万ヘクターの
収穫カンパの真最中だから。
派遣代表者諸君
日本の豚は
かういふ手つきで
幣束を数へるとか、
内股がすれるほど肥えてゐるから
歩るきつぷりが斯うだとか、
金ののべ棒をもつた
馬占山を追つかけ廻したときの
ラッパの吹きやうなどを
上手なみぶりで報告して
集団農場や工場やサークルの
若い突撃隊員を笑はしてくれ。

日本の羅紗工場は
夏の間から今も引続き労働強化だ。
重い、厚い、黄色い
兵隊の冬[#「冬」に「ママ」の注記]套をせつせと造つてゐる。
この外套を、誰れが、どこで
何を目的に、着るかを
日本の労働者、農民のことごとくが、
はつきりと知つてゐるといふことを
伝へてくれ。
同志よ俺たちへの土産は
マクニドゴルスク第二溶鉱炉の
火のやうな労働者の意志が
どんなに燃えてゐるか
敵に対する憤りの激しさを
火を噴くうなりのはげしさを
はつきりときいてきてくれ。


才能を与へ給へ

私は何者かの代理となつて
抗議しなければならない
自分のためにか、
あるひは他人のためにか、
あゝ、それは今しやべつてゐるものではなく
いまダマッてゐるものに
かはつて抗議の先頭に立たう、
あゝ、それは今走り廻つてゐるものでなく
いま足止めを喰らつてゐるものに
かはつて抗議をしてやらう、
高い――、
それは憎悪の大てつぺんの塔だ、
低い――、
それは悲哀の奈落の底の底だ
この高いところから
低いところまで
往復する私の肉体の消耗よ、
叫び、駈け廻つてゐるものは救はれてゐる、
だが、だまつて涙を
流してゐる弱い者はどうか
これらのもの達にかはつて
舌をうごかさう、
私の肉体を、
ぞんざいに使ひまくらう、
神よ、私にお前や
敵を罵る
悪口雑言の才能を与へよ。


散兵線

カーネーションの花に接吻する
呆然と河の流れに眼を凝らす、
夜つぴて思索する
女に逢ひに出かけてゆく、
読書し、詩を書く、
お巡りさんに頬ぺたをはり倒される
何故このやうに
さまざまの事件の
渦中にとびこんでゐるのか、
すべては、すべては、
向うさまの御意のまゝである、
あゝ、そして私の生活は
一度にカッと歓喜と苦痛とに
細胞は新しくなる、

歴史は井戸換へを要求した、
私は素直に服従した
いまでは新しい思索の水が
あふれ出る、
そして今では
をそろしく咀嚼のよい胃の腑と
乱雑な労働に堪える心臓をもつてゐる
享楽も、そぞろあるきも
あらゆる真面目、不真面目な
生活上の事件で
有用でないものは一つもない
皿の上のものはみんな喰つてしまふ
貪慾極まりない、
みんな血となり肉となる
労働の肉体では
いま新しい細胞が
散兵線を敷いてゐる。


甘い梨の詩

真夜中の人々の
寝息はきこえない
何処かで深い穴の上げ蓋をあげ
そこに一人の男が引き入れられるやうに、
私はともすれば夜のしづけさに私自身ひき入れられさうだ
私はほんとうに
このやうな時間に
このやうな態度で敵にむかつての反逆の詩をつくる、
そのことを嬉しいことと思ふ、
私の仕事のために
誰か私を支持してくれるだらう。
私は読者に注文を発しない、
私はどつちかの岸に立つてゐる
その岸の方の人々が私を祝つてくれるだらう。
それから先づかうして真夜中の仕事の為めに机の上の甘い梨が一つ
私の仕事を終へることを待つてゐてくれる
それにかぶりつく皮のまゝ、
腕白な子供のやうに。
汁はしたたり落ちる
赤衛軍騎兵の馬が数十里かけてきて
小川の水に飛びつくやうに、
「芸術は汗を掻くことだ――」といふ誰かの言葉をおもひだす
甘い汁は頑強にたれ皮と肉とを離すまいとする
私の歯はこれにクサビやテコの役割をしガックリと梨の肉を離した。
みると私の歯ぐきは破れて梨は血だらけだつた
然し梨子奴は汁をしたたらせることを止めない
むしろ裂け口から前にも増して猛烈に垂れる
私はその甘さを貪慾に吸ふ
私は梨とたゝかつてゐる
何と愛すべきユーモアよ、
そして私の血だらけの梨は甘い
このやうな態度にも現実に喰らひつきたい、
一てきの汁もこぼさぬ貪慾さをもつて、
梨のやうにも現実をしつかりと両手で捕へて――。


マヤコオフスキイの舌にかはつて

ウラジミル・マヤコオフスキイよ
君の舌はこの世にないから
もうこの世ではしやべれないだらうから
私がかはつて過去から
君の舌の仕事を引継がう、

君は自殺した、
猛々しいすぐれた詩と、
哀れにすぐれた詩とをのこして、
君は労働者のための詩人であつたが、
労働者の悪い部分を
のゝしる力がなかつたのは惜しい、
もう私達の人生に対する考へ方は
不平や、憎悪に水を加へることによつて
薄められはしようが、
決してなくなりはしないだらう、
君はソビヱットを讃へた
決して楯つきはしなかつた
だが君は自分の生を否定した、
君は君の肉体の中のソビヱットを
否定してしまつたことはどうしたわけだ、
註釈なしの辞書なんてこの世に
あるとは私はかんがへられないんだ、
無条件な愛するソビヱットなどといふものはない

可哀さうなマヤコオフスキイよ、
人間は自分に註釈かルビが
つかなくなつたとき
自殺をするんぢやないだらうか、
君は批判の詩をつくつた
――そこでは肉の中から怒りだすのか
  それともズボンの中の雲のやうに
  罪もなくおとなしくしてゐると
どつちが好きだと君は民衆に訴へてゐた、
真実君は肉の中から怒りだして歌つた、
民衆や歴史が
まだ君の問題に答案をかゝない間に
マヤコオフスキイよ、
君の純情よ、
そのやうな純情であれば
私もまた君と同じやうに自殺したいのだ、
私は歴史の前に頭を下げる、
私は苦しいが、
この必然性の前には自信をもつことができる、
女たちのために
プロレタリアの色男を気取ることもできる、
私は君のやうに肉の中から
精神を叫びだしてはゐない、
私はそれがとても怖いのだ、
君のやうに肉とズボンのポケットに
君の精神をあつちへ入れたり、こつちへ入れたり
してゐる間に、精神をなくしてしまふやうなことが怖いのだ。

マヤコオフスキイよ
君は我々後進者の教師だ、
生きてゐるものにとつて
君の自殺は昨日の出来事だつた
私は昨日の出来事を見落さない
私にとつてもソビヱットにとつても
世界のプロレタリアにとつて
君やヱセーニンはルビだ註釈だ、
そして我々の辞書は豊富になつた、
自殺といふ頁を繰るとすぐ君等がでゝくる。
その意味でも君の死は、
プロレタリア的死は
無数のタワリシチの死と共に意義深い、

死ぬほどに苦しんだ君よ、
マヤコオフスキイよ、
君は
『日の牡牛はまだら
 年の荷馬車《アルパー》はのろい――』と
立派に歌つてゐたのにかかはらず
情熱は手綱をきり馬を突離してしまつた君よ、
私は君のやうな自殺はできない
死よりも、生きる責任の強さのために、
よし、たとひその生が
死よりも惨めなものであつても――。


新らしい青年へ

彼はクソ真面目な
わからず屋のやうな青年だ、
彼は不機嫌な顔をしてゐる
ときどき大きな声で爆笑する、
彼はふかく沈黙し
彼はつよく雄弁になる
彼はもう敵の言葉を借りない
彼は青年の言葉で語る
この青年は過去を忘れたのではない
過去を知らないのだ、
彼は全く新しいのだ、
これからつぎつぎと引き起される過失もまた
新しい過失であつて
古いそれではない
彼はそれを避けられないだらう
過失を起す勇気をさへも、

新しい成功は
彼の計算したもので
新しく始められる
彼はもう卑《いや》しくならない
疲れることの知らない
青年の生命、
花の上の蜜蜂、
断えることのない労働の子、
彼は新しい
足の裏をもつてあるく
新しい大地を――
彼は古い麻痺から脱れた、
そして新しい麻痺が
彼を愚鈍にすることを
警戒せねばならない
麻痺を救ふものが
若い行為であることを
忘れてはゐられない


現実の砥石

君よ、早く材木屋に
行つてきてくれ
何しに、材木を買ひにさ、
それで座敷牢を建てるんだ
誰のために
君が入るためにではない
自由といふ我儘者が入るためにだ
執念ぶかい貧乏と
たたかひながら生活してゐると
自由の騎士は気が益々荒くなる、
飯は喰へず
いたづらに詩が出来るばかりだ
私の野放図な馬鹿笑ひは
肥えた方々の機嫌を損ずる
現実は砥石さ、
反逆心は研《と》がれるばかりさ、
かゝる社会の
かゝる状態に於ける
かゝる階級は
総じて長生きをしたがるものだ、
始末にをへない存在は
自由の意志だ、
手を切られたら足で書かうさ
足を切られたら口で書かうさ
口をふさがれたら
尻の穴で歌はうよ。


慾望の波

     1
彼は人々の生活をじつと凝視した
するとヒシヒシと悔に似たものが襲つてきた、
居ても立つても居られない程になり
悔は苦しみに変つてきた
黙々と人々は生活する、
辞書の「××」といふ言葉を人々は忘れない
依然として反抗といふ言葉は
反抗といふ文字として変らない
ただ変化したのは人々の
争つてゆく方法であつた、
人々は平穏を何よりも愛してゐた、
最も消極的な形で
自己の生活の周囲に垣をつくつた、
その垣は己れの主人の
垣と隣り合つてゐるといふ意味で
最も安心な平穏な垣であつた、
彼は人々がそのやうに
執拗さをもつて争ひを
避けてゐる様子をみるとき
己れの悪魔のやうな性格を恥ぢつゝ
人々の平穏に
新しい苦しみを植ゑつけることが
果してあの人々にとつて
幸福となるか
悪魔はまたこの人々にとつての
悪魔の招来を約束できるか
どうかといふことに疑ひ始めた。

     2
明日のことは判らない
ただ明瞭なことは彼自身の
もつてゐる慾望の性質である。
あらゆるものを征服し
尽さうとするときの
彼の行動は
どのやうな死のやうな
静かな野へも風を捲き起す
しづかな野や其処に生活する
ものにとつて果して彼の行動は
愛され感謝されるだらうか
彼の慾望は高い
低い慾望家たちにとつて
彼は何時も嫉妬されてゐる
ましてや平凡な生活人にとつて
彼が真理を語るときは
いつも風を捲き起すから
彼はにがにがしく見かへされる
事実、湯にひたつてゐるやうな
静かな生活といふものもある。
また何の不足も己れ自身には
感じてゐない人々も少くない、
かうした人々の生活の
窓へ彼が顔を突込んで
中をのぞいて叫ぶとき
女達や子供達はキャッと叫ぶ
そして主人は身構へをする
平和な人々は口々に罵る
――彼は不幸をもつてきた、と

     3
沈鬱な人々も少くない
彼はそれらの人々の友である、
彼は世間並みの会話を
これらの人々と交すとき
これらの人々に愛される
だが一度真実に触れてゆくとき
人々はしだいに彼を去つてゆく
彼にとつては斯かる真実を
語るとき楽しみであるが
平穏を愛する人々にとつては
これが苦痛であることを知つたとき、
遂に彼はあらゆるものと
とほく去つて
人々の平和と彼の不幸との
無限大のへだたりを
つくらうかとさへ考へた
生命をこの世から断つことである、
あゝだが死に就いての慾望さへ
生の慾望に匹敵するほど
いやそれ以上に価値高いものを欲したから
死を選む勇気をもたなかつた
女との恋愛に就いても
金銭についても、交友についても
食慾、智慧
美、酒、賭博
あらゆる本能的なもの
全力的にこれを奪ひ去らうとする、
これらの品の所有者は誰れか、
あらゆる平凡人がこれを所有し、
多少なりともこれに満足してゐる
厚い壁を打破る
大きな掌はうごく、
快哉を覚えつつ盗みにゆく
あらゆるものから
あらゆる古い慾望の固守を
新しい彼の慾望の
鉄槌をうちふるつて打破る

     4
蠱惑的に優しい女が
哀願的な眼をもつてみるとき
彼は彼女の願ひに
答へてやつた瞬間
しだいに女の瞳孔に
優しい影が失はれてゆくのを発見する、
女の眼は新鮮になつたのか、
あるいは古くなつたのか、
女は古くなつたと悲しむ
彼は笑ひながら平然と
――否、それは新しくなつたのだ――といふ
貞操の所有を奪つた瞬間
彼は何かしら新しい所有に
移らなければならない
だが愚昧な女は
失つたものを
失つた後にをいても
いまだに夢のやうにその所有を信じてゐる。
そして失つた現実には
女は何の誇るべきものや
さらに新しい慾望をも抱かない
抱擁の中でただ男達の
小さな慾望の中に更に
もつと小さな慾望を住まはせてゐる、
そしてまた功利的な男は
これらの慾望の輪の中から
絶対に女の慾望が逃げださないやうに
さまざまな狡猾さで愛してゐる
彼はみぶるひする
あゝ、歴史は泥棒で、
すべて偉大なる敵は大なる慾望家であつた、
あらゆる敵を打倒すには
敵にひつてき[#「ひつてき」に傍点]する程
底知れぬ慾望をもたねばならない、
だが歴史は恬淡で
生活の海とは
いつも南国の海のやうに静かなもので
あることを望む人々に
彼がまざまざと生活の
生々しい慾望の波の高さを示すとき
人々は一斉に彼から眼をそらすのであつた
あるものは憎々しく見る、
あるものは何かしら漠然たる気に喰はなさをもつてゐる。
彼が峻厳に語るとき
聴き手は耳をふさぎ
ゆるやかに砂の崩れてゆくのを想像してゐる、
あくどく追求してゆくとき
人々は従順さうに路をさける、
追ひつめた時人々は悲鳴をあげる
そしてそのものにとつて最大の力をもつて
打ちかゝつてくる
だが人々のなんといふ可憐な力であらう、
その可憐さによつて
辛うじて生活の波を
小さく打ち砕き己れの住居に
平穏さを与へてゐたのかと
彼が考へるとき彼はおかしくなつた、
同時に彼は弱者に対する
哀憐は彼にとつては苦痛の感情にかはつていつた
弱いものを蔑すむにはあたらない、
だが弱者の慾望の限界を憎む
彼は己れの慾望の波の高まりの正しさを
あらゆる形式で
立証しなければならなかつた、
奪ふもの、
それは決して遠くからばかりとは限らない、
もつとも手近な人々からも
決して奪ふことを避けてはならない。
彼はそのことを
はげしく実行しようと企てた。


善良の頭目として

私は善良の頭目として
噛み切れない思想を
柔らかく
噛み砕いてゐる
病人にはお粥を
赤ん坊にはウヱハアスを、
私の言葉に驚ろいて飛びあがれ
――理解されない思想は
  恥辱だそ、
静粛にしろ
マルクスからの伝言だ、
きのふ墓場で彼は
私の肩をたたいてかういつた
――わしはもつと
  真理を
  単純に
  説いた筈だが――と
そこで私は
一つより知らない
片言のロシア語で答へた、
――タワリシチ  (同志)
  マルクス   (マルクスよ)
  ヤポンスキイ (日本人は)
  マアリンケ  (小さくて)
  ホダホダ   (駄目だ、駄目だ)
私と彼とは
声を合してハッハと笑つた
日本人の人柄は
一望千里の大きな思想を
もち扱ひ兼ねてゐる

日本の智識階級は
プロレタリアにではなく
十二支腸のために
イデオロギーを説く
口から入つて
尻まで出るのに
なんと手間ヒマの
かゝることよ、
――お早うございます
  お竹さん
  さよなら、
鸚鵡のイデオロギイの一つ覚えを
深刻な猿の金切声を
玄関から追つ払へ、
私は善良の頭目として
直さい、無垢の言葉をもつて
若い新しいお客を迎へよう
詩はオブラートなり
情熱は下剤なり、
私の善良、単純な
笑ひをもつて
人々の悪寒《おかん》を救ふ


高い所から

青い海原の竜宮城
そこの竜宮城の王様は
高い物見の櫓《やぐら》を建てよと
とつぜん魚の建築師に御下命ある
『王さま
 魚民共は不景気で苦しんでゐます
 今は左様な出費は
 適当とは思ひません』
と忠告する
『建築師よ
 いやいや、それはわしの享楽のために
 けつして建てるのではない
 わしの息子や娘のために
 ヤグラの上から魚民共の
 生活を見せようためぢや
 子供たちが
 下情に通じなくては
 立派な竜王として
 わしの後継にもなるまいからぢや』
建築師は恐縮三拝
竜王の思慮のふかさ
魚民を思ふふかさに感激し
そして高い物見櫓は
城の中にたてられた
可愛らしい王の息子や娘たちが
そこへ上つて下を見おろす
子供たちはヤグラの上ではしやぐ[#「はしやぐ」に傍点]
――あれあれ、あそこを
 海藻のかげを
 汚ならしい格好をした
 物売りが通つてゆく
――あれあれ、あそこを
 珊瑚の樹の下で
 泣いてゐるものは
 なんだらう
 カツオやマグロやトビウオ達
 警護のものは大慌て
 櫓から見える範囲のところの
 住民どもに厳しい命令《おふれ》
――肌ぬぎで庭に出るのはいけない
――赤坊のおムツを乾すことはならぬ
――戸外にでゝ夫婦喧嘩は相成らぬ
竜王や子息さまの
すべて目ざはりになることは
櫓から見えるところで
やつてはいかん
犯したものは厳罰ぢや
そしてヤグラの下の
所謂、民情は
しだいに整頓され清潔になつていつた
しかし王の子供達には
何の教育にもならなかつた
そして人々はしだいに
櫓の下から離れて
とほくに住居を移して行つた


闘牛師

私は詩の闘牛師
牛とたたかふ人気者であり
派手でありたい
民衆はほんとうは詩人を愛してゐる、
だが、これまでの詩人が愛されなかつたのは
すべての詩人が嘘つきであつたからだ、
友よ、銅鑼が鳴るとき
連れだつて揃つて
気取つて出て行かうよ、
個性にピッタリとしたスタイルをしてね、
細心に、堂々と、そして鋭い武器を手にして。

現れよ、
最も肥えた精悍な奴
我々は風車とたたかふドンキホーテではない、
必要なものはドンキホーテの
不撓不屈の精神であつて
ドンキホーテの選んだ風車であつてはいけない、
選択せよ、
君は敵の種類を
死んだものではなくて
生きたものを、
ああ、牛は我々の肉体から
血を欲してゐる、
我々はこばむ
我々の尊い血を護るために、
そして我々はたたかひに出てゆく、
どうして我々が、怒つてゐる牛と民衆の前で
八百長などやれるなどと思ふな
汗をながして精一杯にたたかふだけだ、
最も敵を猛らすものを
取り出すことに臆病であるな、
赤いマントを、ひいらり、ひいらり、飜へして肉迫するとき
いかに相手のするどい角を避けつゝ
相手を倒すことが
困難であり
技術が要るかを考へよ。


シェ[#「エ」は小さい「ヱ」]ストフ的麦酒

我々は軽蔑されよう、
我々は愚劣さを誇示しよう、
その時、我々はきつと陰気でなく、
機嫌よくそれをせよ、
我々は大胆不敵であるとき
何処からともなく
そよ/\と爽快な風がふいてくる、
心と体とがマリのやうに弾む
我々が道徳を無視する瞬間は
我々は古い船から
新しい船へ飛び移つたときだ、
岸から突き離してしまへ
古い道徳の入つた船を
河がどんなに美しく流れてゐようと、
彼等の眼には愚劣な姿態にみえるだらう、
我々は我々の神経の火花を
河の上の花火のやうに
火薬の爆発の瞬間のやうに
楽しまなければならない、
曖昧でないものはない
君はそれを信じなければいけない、
すべての物がまだ曖昧さにあると――、
もし君が曖昧さを真実憎むのであつたら、
そのものに就いて憎み燃え尽きることだ、
私はにくみつくし
そして更に綿々としてにくしみは続く
私は彼等を
驚ろかすに足りる妖怪と
なることをむしろ名誉とする、
私は首をはねられるときまで
歌ひつづけることができるらしい、

私は咽喉をうるほすとき
ビールの運命をしみじみと
考へてやつたことはない、
あるひはビールの奴は私の酔つぱらひを
笑つてゐるかもしれぬ、
だが私はいつも私のために
奴を平然と呑み下す
だが友は私のやうにしない
シェ[#「エ」は小さい「ヱ」]ストフ的に麦酒を悲しんでのむ、
それは彼にとつてはビールを
のんだことにならないだらう、
ビールを吐き出したことになるだらう、
私は対象を吸収するために
この世に生れてきたものだ、
私はかうした朗らかな方法をとる
無産者の健康法だと思つてゐる
だから私は真実に酔ひ
且つ健康でゐられるのだらう。


それぞれ役あり

大きな邸に十人の女中、
五人の書生、
書生さんの言ふことには
わしらの仕事は楽にちがひない、
一人の書生は
朝から縁側に腰かけて
手にした筆に水をひたしては
御主人の御愛玩の蘭の手入れ
一枚一枚その筆で葉を洗ふ仕事
それを毎日繰りかへす。

一人の女中さんは
お米を一粒づつ選む仕事
虫喰ひのないやう、
欠けたのがないやう、
完全な丸さのお米を選む、
一人の女中さんは、
その米を三時間
ザクリザクリと
玉のやうに磨きあげる仕事、
一人の女中さんは、
狆の散歩の御相手、
一人の書生さんは、
坊ちやまの御相手、
坊ちやまと言つても
当年二十三歳の坊ちやま、
この大坊ちやまが空気銃を手にして
大きなお庭を走りまはるとき
彼は空気銃の弾を
手の上にのせて尾いてあるく役、
それぞれ役あり、
すべて芽出たい
かなしい役ばかり。


真人間らしく

自由を愛する道化師が
笛をとられて
指をくはへてゐるわけにはゆかないから、
わたしは吹くのだ、口笛を、
ところ嫌はず吹きまくるのだ、
ピューと、口笛を、
安眠を妨害するのだ、
人間よ、
泣かずにゐて
泣いたツラをしてゐるお前、横着者よ、
怒らずにゐて
怒つたふりをしてゐるお前、卑怯者よ、
さあ、さあ始めたり、
私のピヱロのやうに
真に泣き、真に怒り、
真にあいつらに刃向つてみたまへ、
どいつも、こいつも
真人間らしく
気取つて洋服など
お可笑くて、着て歩かれるかつていふのだ、
身をくねらして悪態を吐き
咽喉を押へられたとき
すばらしい、時代のうめきと呟きを
皆様に御披露したい、
そして私は、自分の額を
自分の手で打ちながら
かういふ時代にふさはしく
まず額をうつ自己批判からの
演技にとりかゝります。


相撲協会

大きなものを形容して
国技館のやうだといふ
あそこはまつたく大きいからね
大きな円天井でがらんとしてゐる
力強いものを形容して
相撲の四本柱のやうだといふ
がつちり四つに組んだ向き合せよ
出羽ケ獄よ
泣くな
君にふさはしい棲み場所は
全く国技館よりないと
泣く程思ひ込んでゐるとは
無理もないことだ
すべての移り気の多い
観客の中にあつて私は唯一の
君の支持者でありフワ[#「ワ」に「ママ」の注記]ンだ
出羽よ泣くな
大きなもの力強いものが
どんどん揺れたり
倒れたりする職業《しやうばい》を
将来もつづけて行つたらいゝ、
相撲にも新しい考へが入つた、
君の仲間
天龍関其他三十余名が
髪を切つてザンギリにするとき君は、
『おらあ、村に帰つても
 飯は四人前喰ふし
 不景気な村には暮してゐれねい
 おらあ、相撲を失業すると
 死んでしまふわい』
君だけは特別な条件で
髷を切るのはゆるされた、
人を切るのが武士《さむらひ》ならば
飯を喰ふのはお相撲さんだ、
一個の弾が
空からふんわりとをちると
何米突四方かの煙があがる、
何米突四方かの利権が
君が朝飯の粥をさらさらやるとき
四人の百姓が腹をへらしてゐる
君は不生産的なスポーツだが
われわれを楽しましてくれる、
だが所謂国技の継承者として
日本の食糧問題に就いて
感想がありさうなものだ、
武蔵関は
個人主義的に解決した
相撲をやめて拳闘入り
彼は牛を馬に乗りかへた
彼は幾分かしこい
そしてブルジョアスポーツの仲間入り
君は純情に泣き
相撲に永遠の未練を残す

君は君を産んだ
母親を決して恨んではいけない
君は何時か、村を出発するときの
ことを覚えてゐるだらう、
『この児は実に良い体格ぢや
 相撲がよい、
 将来は相撲にさつしやい――。』
と村長を始め村の衆が騒ぎたてた、
『あのとき作男か
 水車番にしてくれたらなあ――』と
君は決して母や村の衆を
恨んではいけない、
村の作男や水車番は、
今はあべこべに斯う思つてゐるのだ、
『相撲にでもなつてゐたら
 粥位はすゝれて居るだらうに』と
だが今では相撲も百姓も
粥をすゝれない点では同じことだ、
残るところは何処か
大テーブルを拡げてゐる広野
そこには鑵詰と重食パンと
飯とが豊富だ、
村の子たちはこのテーブルに坐れば
まず喰ふ方は心配がいらない、
国民のことごとくの食糧はこゝに、
君は寸端れの巨大漢として兵役免除、
食事の皿の上に
突然弾が落ちてくると
食事半ばに箸を投りなげて突戦だ、
だが再び残した飯を
食べに帰るものが何人あるだらう、
君は村の若者たちの辛苦に対しても、
君は君の頭の上の
髷に感謝して良いと思ふ。
私はお贔屓の一人として忠告したい、
君は近頃さつぱり相撲勝負では
闘志がなくなつて
転んで怪我をしないやう、
しないやうにその事許り
気にしてさつさと手をつくといふ
噂がもつぱらだ。
噂するものには噂をさせてをき給へ。
妙な意地を張つて
無理な転びやうをし給ふな、
体も大きいだけ怪我も大きいだらう
怪我をして母親を心配させるな
協会では君をけつして
失業させないだらうから安心したらいゝ
君は土俵に立たなければならない
小学生の人気のためにも
君が是非大きな姿をみせなければ、
小さなフワ[#「ワ」に「ママ」の注記]ン達が承知しないだらうから。
君は勝負を超越してゐる、
つまり真個《ほんと》うの相撲道に入つたわけだ。


この世に静かな林などはない

私は留置所から出てきた
私は目に見えてグングンと痩せていつた
私は部屋に寝床を敷いた
そしてそこへ突んのめされたまゝの姿勢で死んでゐる人間のやうに
じつと身動きもせず数日間眠つた
しかし気持は少しも静まらなかつた
おだやかにはなれなかつた、
早く逢ひたい友達がたくさんゐる、
留置所の中のこと
読みかけの本
窓へはげしい日光の反射、
私は焦々して寝床を離れ
郊外の林の中へでかけていつた、

林には名も知れない小鳥が囀つてゐた
――おしやべり奴が、
くさむらには虫がゐた、
――目に見えないやうな小さな虫が、
そこで私は林の中に立つて
林の樹々にむかつてひとりごとした
――林よ、自然よ、
  私はお前の傍へ
  どんなに来たかつただらう、
  闘ひから暫し離れて
  しづかなお前のふところに
  抱かれたかつたのだよ、
  林よ、
  私は静かなところが大好きで
  お前の処にきたのだ
  お前は樹の葉をただの一枚も
  落さないほどに
  じつとしてゐて
  静けさを私に与へてくれ
その時風は轟々と鳴りだし
風は林を吹きぬけた
さまざまの微妙な物音が
いりみだれて騒がしくなつた、
そして林の物音は私に斯ういつた
――君のいふやうな
  そんな静かな林などは
  この世におそらくないだらう――。

私は反省した
闘争の激化のなかに
なぜ私は林の静けさに脱れて
きたかつたのだらうか、
あゝ、若し私の求めるやうな
静かなところを探すのであれば
――その場合は死だらう、
林の中には首を吊るのに
手頃な枝がたくさんあつた、
また頭をうちつけるに
もつてこいの堅い樹があつた、
おそろしい精神の怯懦よ、
たゝかひの疲れ、
肉体の虚弱、
私の非プロレタリア的な一切のもの、
そいつが私を林の中まで引つぱつてきた
――死は最大の静かなところだらう、

梢はざわめき、
風は樹々の間をふきぬけ、
遠く街の騒音がきこえてくる
こゝにも何の平静さもない
目にふれるところに
小さな生き物がゐた、
この昆虫たちはしきりに
何物かの目的にむかつて動いてゐた、
みあげればそこには、
空があり雲があつた、
風は葉を一枚一枚丁寧に吹いてすぎてゐた、
私は思はず呟いた
――一刻も早く
 こんなロクでもない
 平安を求める心を掃き出してしまへ、と。


今月今夜の月

人間の世界では
おれを殺さうとするのか、
生かしておかうとするのか、
どうしようとするのだ、
それとも俺の勝手次第であれといふのか、
誰か早く、おれの哀しみをさらふ
塵取りを持つて来てくれ。
生命の消[#「消」に「ママ」の注記]費を
それですくつて
遠くの方まで、林の中まで
海の果てまで
人間の見てゐないところへ、
月だけが俺を見てゐるところへ、
捨てに行つておくれ。
そして私は捨てられた、
若いのに姥捨山に――、
仰げば、一昨年の今月今夜の
この月は
政治に憑かれ伝単を持つて
波打際をうろついたものだ、
そして私は貫一のやうにではなく
お宮のやうに政治に足で蹴とばされた。
今はどんなに時間をかけて
泣いてゐようが、
喚めいてゐようが、
ぶつぶつ不平も言つてゐられる
交番の前も大手を振つて歩るけるし、
かういふ性質の
自由は困つたものだ

忘れたのか、
私よ、お前よ、
われらは依然として、
アジプロの詩人であり、
アジプロの詩人でなければならないことを。
早く、早く、
繊細な神経よ、
汀を去つて沖へ出てくれ、
早く、早く、
コメカミから頭痛膏をはぎとつてくれ、
中将湯で体が温まつたら、
男よ、女のやうな男に
おさらばをしてくれ、
生きながら
刺身になるやうな
生活のくるしみで横たはつてゐる
じつと動かぬ馬鹿々々しさに
誰か醤油をかけてくれ、
そして私は弾《はじ》けたのだ。


古城
 ――湖水の底に沈めるサロン――ランボオ

     1
高層建築の間から私は出た
広々とした場所へ――、
電車の停留所にはさまざまの服装をした人が立つてゐた
人々の頭がかしがつた袋のやうにみえた、
生活の疲労と哀愁とで
ザクザク鳴つてゐる小豆の袋のやうであつた、
一人の乞食が通つて行つて
ボロを長く地に引きずり
電車路を踏みきつて
古城のみえるあたりに出た
彼はそこでじつと城をとりかこむ
みどり色の古い水の面をみてゐた、
なにに感動したのか
或は悪感に襲はれたのか
乞食はブルブルと身ぶるひし突然顔をあげた
それから仕事を思ひ出した事務官のやうに
そはそはと歩るきだした、
その時、私もじつと古い水をみてゐた
乞食の後姿にむかつて
――謙遜といふことは乞食の第一の義務である、
といふ言葉を投げかけた、
そして心の中では呟やいた、
乞食よ、すべての市民は
お前のやうに謙遜だ――そして柔順だ、
かうして広い草地を見渡し
とほく石の門をみるとき
私は人間としての資格を失つたやうに身ぶるひするのだ、
すべての人間の魂は、静かな風景の中に沈む
詩人、ランボオの詩の一行のやうに――、
駅のある方角から
風はやさしくそよそよと吹いてきた
みどり色をたたへた美しさの
水のおもてをさつと吹きすぎる、
風は水のおもてや、水面に浮んでゐる水鳥や
たかく積まれた石にぶつかる、
風は日光を屈折させる、
石垣は光り、水も、風も光り、
みてゐる人間の心も反射する、
光りのいりみだれたチカチカとした白さ
たがひにするどさを競ふ二本の刃物のそれのやうに――
光つてゐないものは
うろつくことより知らない乞食のやうな群であつた、
彼等は謙遜だ、だから何ごとにも反射的ではない、
彼等はすべてを吸収し、収容しようとして
それができない、
彼等は何事もやりかけた仕事も泥の上に投げる、
与へる者が現れなければ
彼等は自分の物を投げて
それを自分で拾つて楽しんでゐる、

     2
私はここを立ち去ることができない
私は永久にそこを立ち去らないだらう
丁度、地球の天文学者が
シルシス・マジョル運河とか
マレー・アキダリウム湖とか
さまざまの名前を火星につけてゐるやうに
私は古い城にも、古い水にも、古い石垣にも、
私流に名前をつけて楽しむ
古城の遠い物語りを
近いところから語ること――
逆に古城の近い出来ごとを
遠いところから語らなければならない――、
この二つの矛盾は悲劇であることを知つてゐる
私の心と眼玉は
天文学者の対物レンズのやうに
距離の悲劇を経験してゐる、

     3
美しい周囲を
やけつくやうな眼で見渡してゐる
私の視線は石にぶつかつて跳ねかへる、
いつたんぶつかつた視線は
ふたたび眼の中にかへつてくる、
なんといふことだ――、行為は、
ふたたび、もとの位置に戻るために行はれた、
人々はむなしい努力と無力を嘆く、
昼も夜も、あらゆる時を空費し、
夢の中に、更に夢を重ねてゐる、
一人の生きた亡霊は
飾りのついた塗りの箱の上に腰かけてゐる、
箱の中には『歴史』といふ伝来物が充満してゐる、
千の万の生きた亡霊が
ガヤガヤとそのまはりを取り巻く、
亡霊は全部追放者のやうな
顔つきをしてゐる
彼等の凍つた心がときに強い衝撃のために
ふいに溶けようとすると
以前にもまして強烈な寒気が襲つてくる、
心はいつも春がやつてきても溶けることがない、

     4
古風な城は壁白く、美しく、
千万の善良な群が時折前を横切る
私は呆然と人々の群をみてゐた
行列は百足のやうにのろのろと進む
私の眼は円の中心にそゝがれ
そこの風景を美しいと思ふ――、
強いものはすべて美しいと思ふ――、
でなかつたら――、醜いほどに美しいか、どつちかだ、
行列は能の面をかぶつて踊りだす、
松の木の間から笛の音はひゞき
柔順な姿で人々は舞ふ
舞ひ終ると人々は面を脱ぐ
肉の密着した面を顔からはぎとる

     5
すこしの恐れげもなく浮んでゐる水鳥に
私は石を投げつけてやつた、
古典の美の上にあそび
歴史の微笑の上に散歩する鳥
その悠々とした日常生活をみて
私は一種の嫉妬に似たものを感じた、
しかし水鳥よ、ゆるせ、
私がお前に石を投げつけ驚ろかし、
人間の虚勢を示すべきではなかつた、
水鳥よ、
お前は私といふ人間を、
いや一般的な人間といふものがどんなものか考へてごらん、
人間が精虫から育つたものだといふことがわかるだらう、
それだのに、水鳥と人間との区別よりも
人間同志の間の区別がもつと酷いのだよ、
私に一人の友人がゐる
彼は智恵をもつてはゐるが、
依然として精虫よりも
もつと単純な生き方をしてゐる
半身は裸かで暑い陽の下で、
甲の場所から、乙の場所へ
荷物を運び移しそれを反覆するだけの生活だ、
彼は体を生きた手をもつて撫でてみた
そして確かに自分も生きてゐると呟やいた、
しかし彼はまだ理想を失はない
人間同志の比較を放擲してゐない、
彼は力が強く正義人であつた、
彼は浅草へ手品を見物にでかけた
彼は手品師の不正を見物席からみつけた、
彼は舞台の上に飛び上つて
手品師を石のトランクの中から引き出した
勇気はまだ全く失つたわけではない、
だが水鳥よ、水の上のお前へ
私が石を投げつけたことは
勇気の種類には入らない、
古い城は私の友人にとつては
何の関係もない地域のものである、
しかし私にとつては
古典を愛する私にとつては
眼に美しく映ずる
夢の中の物語りを
このあたりに来ると想ひだす、
悠久といふことがどんなことで
平和とはどんなことであるかわかる
城の上の一つの雲が
千の雲を用意してゐるやうにもみえて
このあたりの自然は全く美しい、
美と、自然に色々な種類のあることを想ひ起す、


僕は憤怒に憑かれてゐる

華々しい謙譲をもつて
脱落して行く群を祝つてやれ
偉大な秘密をもつことをしない
犬畜生に劣る
明朗さをもつて
或は苦しさうな表情を楽しんで
単純この上もない
心理主義者の群は
いま人生の一隅に押しやられた
あいつ等は後をふりむく
余裕もないほど
時の流れに
身をまかす退却ぶりだ、
彼等の教養がどのやうな
役割を果したといふのか
ただ退却を合理化す言葉を[#「合理化する」か?]
百千、つづけさまに
吐いただけではないか、
労働者よ、
僕の行為を信じてくれ
彼等のために××しより惨酷な詩を
書き飛ばしてゐる今日、
僕の愛の性質は
曾つてこの国に現れたことのないやうな
新しい衣装をつけて
現れたといふことを、
彼等の火傷の上に
酢をたらしてやる
それをじつと僕は見てゐる
貧しいものの
憤怒が僕に憑いたのだ
僕はとつくに復讐戦に
入つてゐるのだから
その惨忍はしかたがない。


俺達の消費組合

俺達は、俺達の消費組合を守れ、俺たちは絶えず
糧道に銃を構へてゐなければならぬ。
××的消費組合の機関は、
俺達の罷業前に
充分兵糧の用意をしてくれた。
俺達が闘争をオッ始めると
勇敢な兵たん部の仕事をしてくれた。
そこから泡立ちの良い
シャボンを求めるのではない、
また切れの良い髯剃り道具を
要求するのでもない。
俺たちの必需品、
闘ひのための品々、
ブルジョア共の一切の
ゼイタク品を蹴飛ばし、
頑張りの為めの必需品の配給を受ける。

俺たちが消費組合を支持しつゝ闘争することは
二重三重に闘ひを強めるものだ。
一個の商品を組合からとること
これは重要な意味をもつ、
女達は台所口で
商人共の中間搾取の防ぎ手となり、
争議の起つた時には
男達は消費組合と、
共同の対策委員会をもたねばならぬ。
そして足並揃へて、
闘争の集中をはかる。
商業資本のカラクリや、
帝国主義戦争と物価の関係。
ダラ幹産業組合の面の皮。
敵のあらゆる嘘ッパチを消費組合を通じてひんむき、
暴露しつゝ、闘ひ闘ひつゝ、暴露するのだ。
其処には、月の下には、
見あげる許りの黒い鉄骨がそゝり立つてゐる。
ソヴヱットロシヤ。
労働者、農民の国。
夜の鶯の囀るところ。
そこに全露消費組合中央委員会と
その下の組織が
いかに活溌に根強く働いてゐるか、
想つただけでも
俺たちは背中が
ゾク/\とし、勇気づけられる。
俺たちはその国のやうにも、
俺達の国の日消聯を
盛んにしなければならないのだ。


甘やかされてゐる新進作家

いゝ加減怖ろしい現実に
さらに輪をかけろ
亭主の義務を放擲して小説をつくれ
まあ五百枚の小説を毎晩抱いて寝るさ、
一篇の詩を書くために
一家五人が一ケ月飢ゑるもよからう
トウ、トウ、タラリ、トウ、タラリ、トウ
烏帽子姿の三番叟は
批評家の介添つきで
新進の舞台に現はれるのはいつの日か、
いつたい何人の、
これこそ日本に於けるパンフェ[#「エ」は小さい「ヱ」]ロフなりが、
これまで何人現はれたか、
出足が早くて
逃げ足の早いはこの国の作家なり、
大家の推薦、
批評家の保証のなんと
クレヂットの短いことよ
読者の期待がすぐ失望に変つてゆく、
農村調査を口実に
ふるさとへの帰心
矢のごとき作家幾たりぞ、
いやぢやありませんか、
文学は男子一生の仕事なりや否やと
うたがひだすとは
疑ひだすのは小説を書き始めて
からでは手遅れだ、
悪いことはいはない
文学を始める前に疑ひ給へ、
そして作家になるか、
それともさつさと鞄を抱へて
保険の外交員にでもなりたまへ、
マージャンをやるやうな具合には
文学はやれないのだから
こといやしくも
プロレタリヤ作家を名乗る以上、
性根をすえて首の座に坐り給へ、
君の後ろには介錯人がついてゐる、
紫電一閃、
君の作品の良し悪しを
きりすてるものは
ひとへに八百長批評でもなければ
ジャナリズムでもない
首切人は民衆そのものだらう、
可哀さうに甘やかされた新進作家よ
ゼラチンのいつぱいつまつたやうな頭で
つくりあげる君の作品は
所詮イデオロギーといふ
貞操帯をもたない君の作品は
読者に読まれるためではなく
姦淫されるために作つてゐるのだ。




底本:「新版・小熊秀雄全集第三巻」創樹社
   1991(平成3)年2月10日 新版・第1刷発行
テキスト入力:浜野 智
テキスト校正:八巻美惠
1999年9月8日公開
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