青空文庫アーカイブ



母子叙情
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)屑《くず》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)自身|嘗《な》めた

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 かの女は、一足さきに玄関まえの庭に出て、主人逸作の出て来るのを待ち受けていた。
 夕食ごろから静まりかけていた春のならいの激しい風は、もうぴったり納まって、ところどころ屑《くず》や葉を吹き溜《た》めた箇所だけに、狼藉《ろうぜき》の痕《あと》を残している。十坪程の表庭の草木は、硝子箱《ガラスばこ》の中の標本のように、くっきり茎目《くきめ》立って、一きわ明るい日暮れ前の光線に、形を截《き》り出されている。
「まるで真空のような夕方だ」
 それは夜の九時過ぎまでも明るい欧州の夏の夕暮に似ていると、かの女はあたりを珍しがりながら、見廻《みまわ》している。
 逸作は、なかなか出て来ない。外套《がいとう》を着て、帽子を冠《かぶ》ってから、あらためて厠《かわや》へ行き直したり、忘れた持物を探しはじめたりするのが、彼の癖である。
 洋行中でも変りはなかった。また例のが始まったと、彼女は苦笑しながら、靴の踵《かかと》の踏み加減を試すために、御影石《みかげいし》の敷石の上に踵を立てて、こちこち表門の方へ、五六歩あゆみ寄った。
 門扉は、閂《かんぬき》がかけてある。そして、その閂の上までも一面に、蜘蛛手形《くもでがた》に蔦《つた》の枝が匍《は》っている。扉は全面に陰っているので、今までは判《わか》らなかったが、今かの女が近寄ってみると、ぽちぽちと紅色《べにいろ》の新芽が、無数に蔦の蔓《つる》から生えていた。それは爬虫類《はちゅうるい》の掌のようでもあれば、吹きつけた火の粉のようでもある。
 かの女は「まあ!」といって、身体は臆《おく》してうしろへ退いたが、眼は鋭く見詰め寄った。微妙なもの等の野性的な集団を見ることは、女の感覚には、気味の悪いところもあったが、しかし、芽というものが持つ小さい逞《たくま》しいいのちは、かの女の愛感を牽《ひ》いた。
「こんな腐った髪の毛のような蔓からも、やっぱり春になると、ちゃんと芽を出すのね」
 かの女は、こんな当りまえのことを考えながら、思い切って指を出し、蔦の小さい芽の一つに触れると、どういうものか、すぐ、むす子のことを連想して、胸にくっくと込み上げる感情が、意識された。
 かの女は、潜《くぐ》り門に近い洋館のポーチに片肘《かたひじ》を凭《もた》せて、そのままむす子にかかわる問題を反芻《はんすう》する切ない楽しみに浸り込んだ。
 洋画家志望のかの女のむす子は、もう、五年も巴里《パリ》に行っている。五年前かの女が、主人逸作と洋行するとき、一緒に連れて行って、帰国の時そのまま残して来たものだ。
 今日の昼も、かの女は、賢夫人で評判のある社交家の訪問を受け、話の序《ついで》に、いろいろむす子の、巴里滞在について質問をうけた。「おちいさいのに一人で巴里へおのこしになって……厳しい立派なおしこみですねえ。それに、為替がたいへん廉《やす》いというではありませんか。大概な金持の子も引き上げさしてしまうというのに、よくもねえ、さぞ、お骨が折れましょう。その代り、いまに大した御出世をなさいましょう。おたのしみで御座いますねえ」
 その中年夫人は黙っているかの女に、なおも子供の事業のため犠牲になって貢ぐ賢母である、というふうな讃辞《さんじ》をしきりに投げかけた。
 事実、かの女自身も、むす子に送る学資のため、そうとう自身を切り詰めている。また、甘い家庭に長女として育てられて来たかの女は、人に褒められることその事自体に就《つ》いては、決して嫌いではない。で、面会中はかなり好い気持にもなって、讃《ほ》めそやされていた。
 だが、その賢夫人が帰って、独りになってみると、反対に、にがにがしさを持て剰《あま》した。つまり夫人がかの女を、世間普通の賢母と同列に置いた見当違いが、かの女を焦立《いらだ》たせた。それは遠い昔、たった一つしたかの女のいのちがけの、辛《つら》い悲しい恋物語を、ふざけた浮気筋や、出世の近道の男釣りの経歴と一緒に噂《うわさ》される心外な不愉快さに同じだった。
 なるほど、かの女とても、むす子が偉くなるに越した事はないと思う。偉くなればそれだけ、世の中から便利を授かって暮して行ける。この意味からなら願っても、むす子に偉くなって貰いたい。しかし、親の身の誇りや満足のためなら、決してむす子はその道具になるには及ばない。実をいうとかの女も主人逸作と共に、時代の運に乗せられて、多少、知名の紳士淑女の仲間入りをしている。そして、自身|嘗《な》めた経験からみたそういう世の中というものに、親身《しんみ》のむす子をあてはめるため、叱《しか》ったり、気苦労さすのは引合わないような気がする。
「では、なぜ?」とかの女はその夫人には明さなかったむす子を巴里《パリ》へ留学させて置く気持の真実を久し振りに、自問自答してみた。まえにはいろいろと、その理由が立派な趣意書のように、心に泛《うか》んだものだが、もうそんな理屈臭いことは考えたくなかった。かの女は悩ましそうに、帽子の鍔《つば》の反りを直して、吐き出すように自分に云った。
「つまりむす子も親もあの都会に取り憑《つか》れているのだ」
 やっと、逸作が玄関から出てきた。画描きらしく、眼を細めて空の色調を眺め取りながら、
「見ろ、夕月。いい宵だな」
といって、かの女を急《せ》き立てるように、先へ潜《くぐ》り門を出た。


 かの女と逸作は、バスに乗った。以前からかの女は、ずっと外出に自動車を用いつけていたのだが、洋行後は時々バスに乗るようになった。窓から比較的ゆっくり街の門並の景色も見渡して行けるし、三四年間居ない留守中に、がらりと変った日本の男女の風俗も、乗合い客によって、手近かに観察出来るし、一ばん嬉《うれ》しいのは、何と云っても、黒い瞳《ひとみ》の人々と膝《ひざ》を並べて一車に乗り合わすことだった。永らく外国人の中に、ぽつんと挟って暮した女の身には、緊張し続けていた気持がこうしていると、湯に入ってほごれるようだった。右を見ても左を見ても、日本人の顔を眺められるのは、帰朝者だけが持つ特別の悦《よろこ》びだった。
 わけてかの女のように、一人むす子と離れて来た母親に取って、バスは、寂寥《せきりょう》を護《まも》って呉《く》れる団欒的《だんらんてき》な乗りものだった。この点では、電車は、まだ広漠とした感じを与えた。
 バスは、ときどき揺れて、呟《つぶや》き声や、笑い声を乗客に立てさせながら、停留場毎に几帳面《きちょうめん》に、客を乗り降りさせて行く。山の手から下町へ向う間に二つ三つ坂があって、坂を越すほど街の灯は燦き出して来る。そして、これが最後の山の手の区域と訣《わか》れる一番高い坂へ来て、がくりと車体が前屈《まえかが》みになると、東京の中央部から下町へかけての一面の灯火の海が窓から見下ろせる。浪のように起伏する灯の粒々《つぶつぶ》やネオンの瞬きは、いま揺り覚まされた眼のように新鮮で活気を帯びている。かの女は都会人らしい昂奮《こうふん》を覚えて、乗りものを騎馬かなぞのように鞭《むちう》って早く賑《にぎ》やかな街へ進めたい肉体的の衝動に駆られたが、またも、むす子と離れている自分を想《おも》い出すと、急に萎《しお》れ返り、晴々しい気持の昂揚《こうよう》なぞ、とても長くは続かなかった。
 バスはMの学生地区にさしかかった。五六人の学生が乗り込んだ。帽子の徽章《きしょう》をみると、かの女のむす子が入っていた学校の生徒たちである。なつかしいと思うよりも、困ったものが眼の前に現われたといううろたえた気持の方が、かの女の先に立った。年頃に多少の違いはあろうが、むす子の中学時代を彷彿《ほうふつ》させる長い廂《ひさし》の制帽や、太いスボンの制服のいでたちだけでも、かの女の露っぽくふるえている瞼《まぶた》には、すでに毒だった。かの女は顎《あご》を寒そうに外套《がいとう》の襟の中へ埋めた。塩辛《しおから》い唾《つば》を咽喉《のど》へそっと呑《の》み下した。
 かの女のむす子はM地区の学校を出て、入学試験の成績もよく、上野の美術学校へ入った。それから間もなく逸作の用務を機会に、かの女の一家は外遊することになった。
 在学中でもあり、師匠筋にあたる先生の忠告もあり、かの女ははじめ、むす子を学校卒業まで日本へ残して置く気だった。
「ええ、そりゃそうですとも、基礎教育をしっかり固めてから、それから本場へ行って勉強する。これは順序です。だからあたしたち、先へ行ってよく向うの様子を見て来てあげますから、あんたも留守中落着いて勉強していなさい。よくって」
 かの女は賢そうにむす子にいい聞かせた。それでむす子もその気でいた。
 ところが、遽《あわただ》しい旅の仕度が整うにつれ、かの女は、むす子の落着いた姿と見較《みくら》べて憂鬱《ゆううつ》になり出した。とうとうかの女はいい出した。「永くもない一生のうちに、しばらくでも親子離れて暮すなんて……先のことは先にして――あんたどう思います」逸作は答えた。「うん、連れてこう」
 親たちのこの模様がえを聞かされた時、かなり一緒に行き度《た》い心を抑えていたむす子は「なんだい、なんだい」と赫《あか》くなって自分の苦笑にむせ[#「むせ」に傍点]乍《なが》ら云った。そして、かの女等は先のことは心にぼかしてしまって、人に羨《うらや》まれる一家|揃《そろ》いの外遊に出た。
 足かけ四年は、経《た》った。かの女の一家は巴里にすっかり馴染《なじ》んだ。けれども、かの女達はついに日本へ帰らなくてはならない。
 その時かの女は歯を喰《く》いしばって、むす子を残すことにした。むす子は若いいのちの遣瀬《やるせ》ない愛着を新興芸術に持ち、新興芸術を通して、それを培《つちか》う巴里の土地に親しんだむす子は、東洋の芸術家の挺身隊《ていしんたい》を一人で引受けたような決心の意気に燃えて、この芸術都市の芸術社会に深く喰い入っていた。今更、これを引離すことは、勢い立った若武者を戦場から引上げさすことであり、恋人との同棲から捩《も》ぎ外《はず》すことだった。(巴里のテーストはもはやむす子の恋人だった。)それを想像するだけで、かの女は寒気立った。むす子にその思い遣《や》りが持てるのは、もはやかの女自身が巴里の魅力に憑《つ》かれている証拠だった。
 ふだん無頓着《むとんちゃく》をよそおっている逸作も、このときだけは、妙に凄《すご》い顔付きになっていった。
「巴里留学は画学生に取っていのちを賭《か》けてもの願いだ。それを、おれは、青年時代に出来なかった。だから、おれの身代りにも、むす子を置いて行く」
 だが、こう筋立った逸作の言葉の内容も、実は、かの女やむす子と同じく巴里に憑かれた者の心情を含んでいた。人間性の、あらゆる洗練を経た後のあわれさ、素朴さ、切実さ――それが馬鹿らしい程小児性じみて而《しか》も無性格に表現されている巴里。鋭くて厳粛で怜悧《れいり》な文化の果てが、むしろ寂寥を底に持ちつつ取りとめもない痴呆《ちほう》状態で散らばっている巴里。真実の美と嘆きと善良さに心身を徹して行かなければいられない者が、魅着し憑かれずにはいられない巴里《パリ》――だが、そこからは必ずしも通俗的な獲物は取り出せないのだ。むす子がどれ程深く喰《く》い入りそこから取り出すであろう芸術も、それをあの賢夫人やその他多くの世間人達がむす子に予言するような、いわゆる偉い通俗の「出世社会」に振りかざし得ようとの期待は、親もむす子も持たなかった。置く者も置かれる者も、慾や、見栄や、期待ではなかった。もっとせっぱ[#「せっぱ」に傍点]詰ったあわれ[#「あわれ」に傍点]なあわれ[#「あわれ」に傍点]な心の状態だった。
 所詮《しょせん》、かの女はむす子と離れて暮さねばならなかった。

  うつし世の人の母なるわれにして
  手に触《さや》る子の無きが悲しき。

 むす子が巴里の北のステイションへ帰朝する親たちを送って来て、汽車の窓から、たしない小遣いの中で買ったかの女への送別品のハンケチを、汽車の窓に泣き伏しているかの女の手へ持ち添えて、顔も上げ得ず男泣きに泣いていた姿を想《おも》い出すと、彼女は絶望的になって、女ながらも、誰かと決闘したいような怒りを覚える。
 だが、その恨みの相手が結局誰だか判らないので、口惜しさに今度は身体が痺《しび》れて来る。


 バスは早瀬を下って、流れへ浮み出た船のように、勢を緩めながら賑《にぎ》やかで平らな道筋を滑って行く。窓硝子《まどガラス》から間近い両側の商店街の強い燭光を射込まれるので、車室の中の灯りは急にねぼけて見える。その白濁した光線の中をよろめきながら、Mの学生の三四人は訣《わか》れて車を降り、あとの二人だけは、ちょうどあいたかの女の前の席を覘《うかが》って、遠方の席から座を移して来た。かの女は学生たちをよく見ることが出来た。
 一人は鼻の大きな色の白い、新派の女形にあるような顔をしていた。もう一人は、いくら叩《たた》いても決して本音を吐かぬような、しゃくれた強情な顔をしていた。
 どっちとも、上質の洋服地の制服を着、靴を光らして、身だしなみはよかった。いい家の子に違いない。けれども、眼の色にはあまり幸福らしい光は閃《ひらめ》いていなかった。自我の強い親の監督の下に、いのちが芽立ち損じたこどもによくある、臆病《おくびょう》でチロチロした瞳《ひとみ》の動き方をしていた。かの女は巴里で聞かされたピサロの子供の話を思い出した。
 かの女がむす子と一緒に巴里で暮していたときのことである。かの女はセーヌ河に近いある日本人の家のサロンで、永く巴里で自活しているという日本人の一青年に出遇《であ》った。
「僕あ、ピサロの子を知っています。二十歳だが親はもう働かせながら勉強さしています」
 青年が何気ない座談で聞かせて呉《く》れたその言葉は、かの女に、自分がむす子に貢いで勉強さしとくことが、何かふしだら[#「ふしだら」に傍点]ででもあるような危惧《きぐ》の念を抱かした。
 しかしかの女はずっとかの女の内心でいった。なるほど、二十歳の青年で稼ぎながら勉強して行く。ピサロの子どもには感心しないものでもない。しかし、親のピサロには、どうあっても同感出来ない。印象画派生き残りの唯一の巨匠で、現在官展の元老であるピサロは貧乏ではあるまい。十分こどもに学資を与えられる身分である。たとえ、主義のためであるとしても、十九や二十の息子を、親の手から振り放って、他人の雇傭《こよう》の鞭《むち》の下で稼ぐ姿を、よくも、黙って見ていられるものである。それで自分はしゃれたピジャマでも着て、匂《にお》いのいい葉巻でもくゆらしているとすれば……そんなちぐはぐな親子の情景によって、ピサロは主義遂行に満足しているのか。かの女は、それから、あのピサロの律義で詩的な、それでいてどこか偏屈な画を見ることが嫌いになり出した。そしてピサロのむす子を想像すると、いつも親に気兼ねしている、臆病で素早く動く色の薄い瞳がちらついて来る。でなければ、主義とか理想とかを丸呑《まるの》み込みにして、それに盲従する単純すぎて鈍重な眼を輝かす青年が想像されて来る。かの女はまた、かりにピサロの親子間を立派なものに考えて見た。それから更に考えてかの女の、子に対する愛情の方途が間違っているとは思えなかった。彼女は、子を叱咤《しった》したり、苛酷《かこく》にあつかうばかりが子の「人間成長」に役立つものとは思わない。世には切実な愛情の迫力に依《よ》って目覚める人間の魂もある。叱正や苛酷に痩《や》せ荒《すさ》む性情が却《かえ》って多いとも云えようではないか。結局かの女の途方も無い愛情で手擲弾《てなげだん》のように世の中に飛び出して行ったむす子……「だが、僕は無茶にはなり切れませんよ、僕の心の果てにはいつも母の愛情の姿がありますもの……時代は英雄時代じゃなし、親の金でいい加減に楽しんでいればそれでもいい僕等なんだけどな……偉くなれなんて云わない母の愛情が、僕をどうも偉くしそうなんです」
と、むす子はかの女の陰で或人に云ったそうである。
 二人の学生はかの女の思わくも何も知らずにコソコソ話していたが、道筋が大通りに突き当って、映画館のある前の停留場へ来ると急いでバスから降りて行った。


 しばらく、バスは、官庁街の広い通りを揺れて行く。夜更けのような濃い闇《やみ》の色は、硝子窓を鏡にして、かの女の顔を向側に映し出す。派手な童女型と寂しい母の顔の交った顔である。むす子が青年期に達した二三年来、一にも二にもむす子を通して世の中を眺めて来た母の顔である。かの女は、向側の窓硝子に映った自分の姿を見るのが嫌になって、寒そうに外套《がいとう》の襟を掻《か》き合せ、くるりと首を振り向けた。所在なさそうに、今度は背中が当っていた後側の窓硝子に、眼を近々とすり寄せて、車外を覗《のぞ》いてみる。
 湖面を想像させる冷い硝子の発散気を透して、闇の遠くの正面に、ほの青く照り出された大きな官庁の建物がある。その建物の明るみから前へ逆に照り返されて威厳を帯びた銅像が、シルエットになって見える。銅像の検閲を受ける銃剣の参差《しんし》のように並木の梢《こずえ》が截《き》り込みこまかに、やはりシルエットになって見える。それはかの女が帰朝後間もない散歩の途中、東京で珍しく見つけたマロニエの木々である。日本へ帰って二タ月目に、小蝋燭《ころうそく》を積み立てたようなそのほの白い花を見つけて、かの女はどんなに歓《よろこ》んだことであろう。
 巴里という都は、物憎い都である。嘆きや悲しみさえも小唄《こうた》にして、心の傷口を洗って呉れる。媚薬《びやく》の痺《しび》れにも似た中欧の青深い、初夏の晴れた空に、夢のしたたりのように、あちこちに咲き迸《ほとばし》るマロニエの花。巴里でこの木の花の咲く時節に会ったとき、かの女は眼を一度|瞑《つむ》って、それから、ぱっと開いて、まじまじと葉の中の花を見詰めた。それから無言で、むす子に指して見せた。すると、むす子も、かの女のした通り、一度眼を瞑って、ぱっと開いて、その花を見入った。二人に身慄《みぶる》いの出るほど共通な感情が流れた。むす子は、太く徹《とお》った声でいった。
「おかあさん、とうとう巴里へ来ましたね」
 割栗石の路面の上を、アイスクリーム売りの車ががらがらと通って行った。
 この言葉には、前物語があった。その頃、美男で酒徒の夫は留守勝ちであった。彼は青年期の有り余る覇気をもちあぐみ、元来の弱気を無理な非人情で押して、自暴自棄のニヒリストになり果てていた。かの女もむす子も貧しくて、食べるものにも事欠いたその時分、かの女は声を泣き嗄《か》らしたむす子を慰め兼ねて、まるで譫言《うわごと》のようにいって聞かした。
「あーあ、今に二人で巴里に行きましょうね、シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」
 その時口癖のようにいった巴里《パリ》という言葉は、必ずしも巴里を意味してはいなかった。極楽というほどの意味だった。けれども、宗教的にいう極楽の意味とも、また違っていた。かの女は、働くことに無力な一人の病身で内気な稚《おさ》ない母と、そのみどり子の餓《う》えるのを、誰もかまって呉《く》れない世の中のあまりのひどさ、みじめさに、呆《あき》れ果てた。――絶望ということは、必ずしも死を選ませはしない。絶望の極死を選むということは、まだ、どこかに、それを敢行する意力が残っているときの事である。真の絶望というものは、ただ、人を痴呆《ちほう》状態に置く。脱力した状態のままで、ただ何となく口に希望らしいものを譫言《うわごと》のようにいわせるだけだ。彼女が当時口にした巴里という言葉は、ほんの譫言に過ぎなかった。しかし譫言にもせよ、巴里と口唱するからには、たしかに、よいところとは思っていたに違いなかった。或は貧しい青年画家であった夫逸作の憧憬がその儘《まま》、かの女にそう思い込ませたのかも知れない。
 将来、巴里へ行けるとか行けまいとか、そんな心づもりなどは、当時のかの女には、全然なかったのだ。第一、この先、生きて行けるものやら、そのことさえ判《わか》らなかった。だがその後ほとんど人生への態度を立て直した逸作の仕事への努力と、かの女に思わぬ方面からの物質の配分があって、十余年後に一家|揃《そろ》って巴里の地を踏んだときには、当然のようにも思えるし、多少の不思議さが心に泛《うか》び、運命が夢のように感じられただけであった。
 しかし、この都にやや住み慣れて来ると、見るものから、聞くものから、また触れるものから、過去十余年間の一心の悩みや、生活の傷手《いたで》が、一々、抉《えぐ》り出され、また癒《いや》されもした。巴里とはまたそういう都でもあった。
 かの女は巴里によって、自分の過去の生涯が口惜しいものに顧みさせられると、同時にまた、なつかしまれさえもした。かの女はこの都で、いく度か、しずかに泣いて、また笑った。しかし、一ばんかの女の感情の根をこの都に下ろさしたのは、むす子とマロニエの花を眺めたときだった。かの女の心に貧しいときの譫言が蘇《よみがえ》った。
「あーあ、今に二人で巴里に行きましょうね。シャンゼリゼーで馬車に乗りましょうねえ」そして今はむす子の声が代って言う、「お母さん、とうとう巴里へ来ましたね」そうだ復讐《ふくしゅう》をしたのだ。何かに対する復讐をしたのだ。そしてかの女に復讐をさして呉れたのはこのマロニエの都だ。
 こういう気持からだけでも、十分かの女は、この都に、愛着を覚えた。よく、物語にある、仇打《あだうち》の女が助太刀の男に感謝のこころから、恋愛を惹起《じゃっき》して行く。そんな気持だった。けれども、かの女は帰国しなくてはならない。かの女は元来、郷土的の女であって、永く郷国の土に離れてはいられなかった。旅費も乏しくなった。逸作も日本へ帰って働かなければならない。そこで、せめて、かたみ[#「かたみ」に傍点]に血の繋《つな》がっているむす子を残して、なおも、この都とのつながりを取りとめて置く。そんな遣瀬《やるせ》ない親達の欲情も手伝って、むす子は巴里に残された。
「お母さん、とうとう巴里に来ましたね」
 今後何年でもむす子のいるかぎり、毎年毎年、マロニエが巴里の街路に咲き迸《ほとばし》るであろう。そしてたとえ一人になっても、むす子は「お母さん、とうとう巴里に来ましたね」と胸の中で、いうだろう。だが、それが母と子の過去の運命に対する恨みの償却の言葉であり、あの都に対するかの女とむす子との愛のひめ言の代りとは誰が知ろう。
 そうだ。むす子を巴里に残したのは一番むす子を手離し度《た》くない自分が――そして今は自分と凡《すべ》ての心の動きを同じくするようになったむす子の父が――さしたのだ。
 かの女は、なおも、こんな事を考えながら、丸の内××省前の銅像のまわりのマロニエの木をよく見定め度い気持で、外套《がいとう》の袖《そで》で、バスの窓硝子《まどガラス》の曇りを拭《ぬぐ》っていると、車体はむんず[#「むんず」に傍点]と乗客を揺り上げながら、急角度に曲った。そのひまに窓外の闇《やみ》はマロニエの裸木を、銅像もろとも、掬《すく》い去った。かの女は席を向き直った。運転台や昇降口の空間から、眩《まぶ》しく、丸の内街の盛り場の夜の光が燦き入った。


 喫茶店モナミは、階下の普請を仕変えたばかりで、電灯の色も浴後の肌のように爽《さわ》やかだった。客も多からず少からず、椅子《いす》、テーブルにまくばられて、ストーヴを止めたあとも人の薀気で程よく気温を室内に漂わしていた。季節よりやや早目の花が、同じく季節よりやや早目の流行服の男女と色彩を調え合って、ここもすでに春だった。客席には喧しい話声は一筋もなく、室全体として静物の絵のしとやかさを保っていた。ときどき店の奥のスタンドで、玻璃盞《はりさかずき》にソーダのフラッシュする音が、室内の春の静物図に揮発性を与えている。
 人を関《かま》いつけないときは、幾日でも平気でうっちゃらかしとくが、いざ関う段になるとうるさいほど世話を焼き出す、画描き気質《かたぎ》の逸作は、この頃、かの女の憂鬱《ゆううつ》が気になってならないらしかった。それで間《ま》がな隙《すき》がな、かの女を表へ連れ出す。まるで病人の気保養させる積りででもあるらしく、機嫌を取ってまで連れ出す。しかし単純な彼はいつも銀座である。そしてモナミである。かの女を連れ出して、この喫茶店のアカデミックな空気の中に游《およ》がせて置けば、かの女は、立派に愉快を取り戻せるものと信じ切っているらしく、かの女に茶を与え、つまみ物を取って与えた後は、ぽかんとして、勝手な考えに耽《ふけ》ったり、洋食を喰《た》べたり、元気で愛想よくテーブル越しに知人と話し合う。
 今も、「やあ」と彼が挨拶《あいさつ》したので、かの女が見ると、同じような「やあ」という朗らかな挨拶で応《う》けて、一人の老紳士が入って来た。紳士がインバネスの小脇《こわき》に抱え直したステッキの尖《さき》で弾かれるのを危がりながら、後に細身の青年が随《つ》いていた。
 老紳士は、眼鏡のなかの瞳《ひとみ》を忙しく働かせながら、あたりの客の立て込みの工合では、別に改った挨拶をせずとも、まだ空のある逸作等のテーブルに席を取っても不自然ではないと、すぐ見て取ったらしい、世馴《よな》れた態度で、無造作に通路に遊んでいた椅子を二つ、逸作等のテーブルに引き寄せた。自分が先へかけると、今度は、青年を自分の傍に掛けさせた。青年は痩《や》せていて、前屈《まえかが》みの身体に、よい布地の洋服を大事そうに着込んでいた。髪の毛をつやつやと撫《な》でつけていることを気まり悪がるように、青年は首を後へぐっと引いて、うつ向いていた。青年は、父に促されて、父を通して、かの女たちに、かすかな挨拶をした。
 老紳士が、かの女たちに話しかける声音は、場内で一番大きく響いたが、誰も聞き咎《とが》める様子もなかった。講演ですっかり声の灰汁《あく》が脱けている。その上、この学者出の有名な社会事業家は、人格の丸味を一番声調で人に聞き取らせた。老紳士は世間的には逸作の方に馴染《なじ》みは深かったが、しかし、職務上からは、はじめて遇《あ》ったかの女の方にかねがね関心を持っていたらしい。それで逸作と暫《しばら》く世間話をしながらも、機会を待つもののようだったが、やがて、さも興味を探るように、かの女をつくづくと見詰めていった。
「不思議ですよ。おくさんは。お若くて、まるでモダン・ガールのようだのに大乗哲学者だなんて……」
 かの女は、よく、こういう意味の言葉を他人から聞かされつけている。それで、またかと思いながら、しかし、この識者を通してなら、一般の不審に向っても答える張合いがあるといった気持で、やや公式に微笑《ほほえ》みながらいった。
「大乗哲学をやってますから、私、若いのじゃごさいませんかしら。大乗哲学そのものが、健康ですし、自由ですし」
 すると老紳士は、幼年生に巧みにいい返された先生といった快笑を顔中に漲《みなぎ》らせて、頭を掻《か》いた。「やあ、これは、参った」
 けれども、かの女は冗談にされてはたまらないと思い、まじめな返事をした自分の不明を今更後悔する沈黙で、少し情ない気持を押えていると、さすがに老紳士は気附いて、
「なる程な。そこまで伺えば、よく判《わか》りますて」
といって、下手から、かの女の気持のバランスを取り直すようにした。かの女は少し気の毒になって、ちょっと頭を下げた。
 すると、老紳士は、そのまま真面目《まじめ》な気分の方へ誘い込まれて行って、視線を内部へ向けながら、独言のようにいった。
「大乗哲学の極意は全くそこにあるんでしょうなあ。ふーむ。だが、そこまで行くのがなかなか大変だぞ」
 そしてそのことと自分のむす子とが、何かの関係でもあるかのように、むす子のこけた肩を見た。むす子は青年にしては、あまりに行儀正しい腰掛け方をしていた。――かの女はこの時、このむす子がずっと前、母親を失っているのを何かの雑誌で見ていたことが思い出された。
 老紳士は深刻な顔つきで、アイスクリームの匙《さじ》を口へ運んでいたが、たちまち、本来の物馴《ものな》れた無造作な調子に返った。
「一たい、おくさんのような、華やかなそして詩人肌の方が、また間違ってるかも知れんが、まあ、兎《と》に角《かく》、どうして哲学なんかに縁がおありでしたな」今度は社会教育の参考資料にとでもいった調査的な聞き振りだった。
 かの女がやや怯《おび》えている様子をみて逸作が纏《まとま》りよく答えた。
「つまり、これがですな。性質があんまり感情的なんで、却《かえ》って性質とまるで反対な哲学なんて、理智的な方向のものを求めたんでしょうなあ。つまり、女の本能の無意識な自衛的手段でしょうなあ」
「ははあ、そして、それは、何年前位から始めなさった」
 場所柄にしては、あんまり素朴に一身上の事実を根問い葉問いされるものと、かの女はちょっと息を詰めて口を結んだが、ふだん質問する人達には誰へも正直に云っている通りに云った。
「二十年程まえ、感情上の大失敗をしました。研究はそれ以来なのです」
 かの女がいい終るか終らないかに、老紳士は、
「ははあ、それは好い、ふーむ、なるほど」
 そして、伸び上るように室内をきょときょと見廻《みまわ》した。
 感情上のはなしと聞いて、よく世間にある老人のように、うるさいものと思い取り、こういう態度で、暗に、打ち切りを宣告したのかも知れない。こまかい心理の話なぞ、どうせ人に理解して貰えやしまいと普段から諦《あきら》めをつけているかの女は、老紳士の「ははあ、それは好い」と片付けた、そのアッサリし方が案外気に入って、少しおかしくなった。そして、この親を持つ子供はどんな子供かと、微笑しながら、かの女はあらためてまた青年に眼を移した。
 煙草《たばこ》も喫《す》わないそのむす子は、アイスクリームを丁寧に喰《た》べ終えてから、両手を膝《ひざ》の上へ戻し、弱々しい視線をテーブルの上へ落して、熱心でも無関心でもない様子で、父親と知人の談話を聞いていた。
 かの女はこの無力なおとなしさに対して、多少、解説を求めたい気持になった。
「御子息さまは……学校の方は……何ですか」
 うっかり、何処の学校を、いつ卒業したかと訊《き》きそうになって、こんな成熟不能の青年では、ひょっとしたら、どの学校も覚束《おぼつか》なくはないかと懸念して、遠慮の言葉を濁した。すると案の定、老紳士は、
「どうも弱いので、これは中学だけで、よさせましてな」
と云ったが、格別息子の未成熟に心を傷めたり、ひけ目を感じている様子も見せず、普通な大きい声だった。それから質問のよい思い付きを見付けたように、
「ときに、お宅のむす子さんは……たしか、巴里《パリ》でしたな、まだお帰りにならんかな」
と首を前へ突き出して来た。この種の社会事業家によくある好意をもって他人の事情を打診する表情で「お子さんはもう巴里に何年ぐらいになりますかな。よほど永いように思いますが――」
 かの女は、何となく、老紳士の息子に対して気兼ねが出て、自分のむす子の遊学の話など、すぐ返事が出来なかった。また逸作が代っていった。
「僕等が、昭和四年に洋行するとき、連れて行ったまま、残して来たんです」
「まだ、お年若でしょうに。中学は出られましたかな」
 この老紳士は、中学教育に余程力点を置いているらしい。そして逸作からむす子の学歴の説明を聴いてほっとしたように、
「中学も立派に卒業されて、美術学校へ入られた……ほほう、そして美術学校の途中から外国へ出られたというんですな。しかし、何しろ洋画はあちらが本場だから仕方がない」
「学校の先生方も、基礎教育だけは日本でしろとずいぶん止められたんですが、どうにもこれ[#「これ」に傍点](かの女を指して)が置いて行けなかったんで」
 すると老紳士は、好人物の顔を丸出しにして褒めそやすようにいった。
「なるほど、ひとり息子さんだからな、それも無理はない」
 かの女は他人《ひと》のことばかりに思いやりが良くて、自分の息子には一向無関心らしい老紳士が、粗《あら》っぽく思えて興醒《きょうざ》めた。が、ひょっとすると、この老紳士は自分の気持を他人の上に移して、心やりにする旧官僚風の人物にままある気質の人で、内外では案外、寸刻の間も、自分の息子の上にいたわりの眼を離さないのかも知れない。老父が青年の息子と二人で、春の夜、喫茶店に連れ立って来るなどという風景も、気をつけて見れば、しんみりした眺めである。
 かの女は、だんだん老紳士に対する好感が増して行き、慈《いつく》しむような眼《まな》ざしで青年の姿を眺めていると、老紳士は、暗黙の中にそれを感謝するらしく、
「だが、よく、むす子さんを一人で置いて来られましたな。巴里のような誘惑の多い処へ。まだ年若な方を、あすこへ一人置かれることは余程の英断だ」
 老紳士は曾《かつ》て外遊視察の途中、彼の都へ数日滞在したときの見聞を思い出して来て、息子の青年には知らしたくない部分だけは独逸語《ドイツご》なぞ使って、一二、巴里|繁昌記《はんじょうき》を語った。老紳士の顔は、すこし弾んで棗《なつめ》の実のような色になった。青年は相変らず、眉根《まゆね》一つ動かさず、孤独でかしこまっていた。
 賑《にぎ》やかな老紳士は息子を連れて、モナミを出て行った。あとでかの女は気が萎《しぼ》んで、自分が老紳士にいった言葉などあれや、これやと、神経質に思いかえして見た。老紳士が年若なむす子を巴里に置く危険を喋《しゃべ》ったとき、かの女は「もし、そのくらいで危険なむす子なら、親が傍で監督していましても、結局ろくなものにはならないのじゃありませんかしら」と答えた自分の言葉が酷《ひど》く気になり出した。それは、こましゃくれていて、悪く気丈なところがある言葉だった。どうか老紳士も之だけは覚えていて呉《く》れないようと願っていると、そのあとから、ふいと老紳士がいった、「一人で、よく置いて来られましたな」という言葉がまた浮び出て来た。すると、むす子は一人で遠い外国に、自分はこの東京に帰っている。その間の距離が、現実に、まざまざと意識されて来た。もういけない。しんしんと淋しい気持が、かの女の心に沁《し》み拡《ひろが》って来るのだった。


 かの女が、いよいよ巴里《パリ》へむす子を一人置いて主人逸作と帰国するとき、必死の気持が、かの女に一つの計画をたてさせた。かの女は、むす子と相談して、むす子が親と訣《わか》れてから住む部屋の内部の装置を決めにかかった。むす子が住むべき新しいアパートは、巴里の新興の盛り場、モンパルナスから歩いて十五分ほどの、閑静なところに在った。
 そこは旧い貧民街を蚕食《さんしょく》して、モダンな住宅が処々に建ちかかっているという土地柄だった。
 かの女はむす子の棲《す》むアパートの近所を見て歩いた。むす子が、起きてから珈琲を沸すのが面倒な朝や、夜更けて帰りしなに立ち寄るかも知れない小さい箱のようなレストランや、時には自炊もするであろう時の八百屋、パン屋、雑貨食料品店などをむす子に案内して貰って、一々立ち寄ってみた。ある時はとぼとぼと、ある時は威勢よく、また、かなりだらしない風で、親に貰った小遣いをズボンの内ポケットにがちゃがちゃさせながら、これ等の店へ買いに入る様子を、眼の前のむす子と、自分のいない後のむす子とを思い較《くら》べながら、かの女はそれ等の店で用もない少しの買物をした。それ等の店の者は、みな大様《おおよう》で親切だった。
「割合に、みんな、よくして呉《く》れるらしいわね」
「僕あ、すぐ、この辺を牛耳《ぎゅうじ》っちゃうよ」
「いくら馴染《なじ》みになっても決して借を拵《こしら》えちゃいけませんよ、嫌がられますよ」
 それからアパートへ引返して、昇降機が、一週間のうちには運転し始めることを確め、階段を上って部屋へ行った。
 しっとりと落着きながら、ほのぼのと明るい感じの住居だった。画学生の生活らしく、画室の中に、食卓やベッドが持ち込まれていて、その本部屋の外に可愛《かわい》らしい台所と風呂がついていた。
「ほんとうに、いい住居、あんた一人じゃあ、勿体《もったい》ないようねえ」
 かの女はそういいながら、うっかりしたことを云い過ぎたと、むす子の顔をみると、むす子は歯牙《しが》にかけず、晴々と笑っていて、「いいものを見せましょうか」と、台所から一挺《いっちょう》日本の木鋏《きばさみ》を持ち出した。
「夏になったらこれで、じょきんじょきんやるんだね。植木鉢を買って来て」
「まあ、どこからそんなものを。お見せよ」
「友達のフランス人が蚤《のみ》の市で見付けて来て、自慢そうに僕に呉れたんだよ。おかしな奴さ」
 かの女は、そのキラキラする鋏の刃を見て、むす子が親に訣れた後のなにか青年期の鬱屈《うっくつ》を晴らす為にじょきじょき鳴らす刃物かとも思い、ちょっとの間ぎょっとしたが、さりげない様子で根気よくむす子に室内の家具の配置を定めさせた。浴室の境の壁際に寝台を、それと反対の室の隅にピアノを据えて、それとあまり遠くなく、珈琲を飲むテーブルを置く。しまいに、茶道具の置き場所まで、こまかく気を配った。
 それは、むす子の生活に便利なよう、母親としての心遣いには相違なかったが、しかし、肝腎《かんじん》な目的は、かの女自身の心覚えのためだった。かの女は日本へ帰って、むす子の姿を想《おも》い出すのに、むす子が日々の暮しをする部屋と道具の模様や、場取りを、しっかり心に留めて置きたかった。それらの道具の一つ一つに体の位置を定めて暮しているむす子の室内姿を鮮明に想い出せるよう、記憶に取り込むのであった。むす子も、むす子の父親も、かの女の突然なものものしい劃策《かくさく》の幼稚さに呆《あき》れ乍《なが》ら、また名案であるかのように感心もした。
 それからまた、遠く離れて居れば、むす子の健康が、一番心配だとしきりに案じるかの女を安心させるため、むす子はかの女達が、英国や独逸《ドイツ》へ行って居る間に出来た友人で、巴里でも有名なある外科病院の青年医を両親に見せることにした。かの女達は、むす子を頼んで置くその青年医を一夕《いっせき》、レストランへ招待した。かの女達は、魚料理で有名なレストランへ先に行っていた。むす子があとから連れて来た青年は、むす子より丈が三倍もありそうな、そして、髪も頬《ほお》も眼もいろ艶《つや》の好いラテン系の美丈夫だった。かの女はこんな出来上った美丈夫が、むす子の友達だなんて信じて好いのかと思った。むす子を片手で掴《つか》んで振り廻《まわ》しそうにも思えた。「なに、ぼんやりしてんの、お母さん。」むす子は美男子に見惚《みほ》れて居るような場合、何にも考慮に入れない母親の稚純性を知って居て、くすり[#「くすり」に傍点]と笑った。美青年も何かしら好意らしく笑った。美青年の笑顔は、まるで子供だった。そして彼女は安心した。柄こそ大きくても青年は医科大学を出たばかりで二十五歳の助手だった。そうは云っても二十歳ばかりの異国画学生のむす子が、よくこんなしっかりした青年を友人に獲得したものだと一向にだらしのないような自分のむす子のどこかにひそむ何かの伎倆《ぎりょう》がたのもしく思われた。かの女の小柄なむす子――細くて鋭い眼と眼とが離れ、ほそ面のしまった顔に立派過ぎる鼻と口、だが笑う眉《まゆ》がちょっぴり下ると親の身としては何かこの子に足らぬ性分があるのではないかと、不憫《ふびん》で可愛《かわ》ゆさが増すのだった。
 よく語り、よく喰《た》べたが、食事をしながらの青年は決して人ずれがして居なかった。この青年の親達はどんな人か、どんな育ちかと、かの女は女性にありがちな通俗的な思案にふけって居るうちに、自分のむす子が赤子のとき、あんまりかの女達が若い親だったことを思い出した。若くもあり、性来子を育てる親らしい技巧を持ち合せて居ない自分達を親に持ったむす子の赤児の時のみじめさを想い出した。そういう自分達の、まして、まだ親らしい自覚も芽《め》ぐまないうちに親になって途方にくれて居るなかで、いつか成人して仕舞ったむす子の生命力の強さに驚かれる。感謝のような気持がその生命力に向って起る。だが、その生命力はまた子の成長後かの女の愛慾との応酬にあまり迫って執拗《しつよう》だ。かの女は、持って居たフォークの先で、何か執拗なものを追い払うような手つきをした。自分の命の傍に、いつも執拗に佇《たたず》んで居る複数の影のようなものを一瞬感じたとき、かの女の現実の眼のなかへいつものむす子の細い鋭い眼が飛び込んで来て、「なにぼんやりしてんの」と薄笑いした。青年もかの女を見て「ママン泣いて居る?」と薄笑いし乍らむす子に聞いた。


「あなたんとこの息子さんを、モンパルナスのキャフェでよく見かけますよ」と、薄い旅費で行脚的に世界一周を企て巴里まで来て、まだ虚勢とひがみを捨て切らない或る老教育家が、かの女等の親子批判にいどみ込んで来た。むす子が親の金でモンパルナスに出掛けて行ってるのを知らないのかという口調だった。かの女達はよく知っていた。知り過ぎていた。というよりも、夜にでもなったらモンパルナスのキャフェへでも出掛けて行き分相応愉快に過しなさいという気持で、一人置いて行く子のアパートを、モンパルナスからあまり遠くない地点に選んでやったくらいだ。巴里の味はモンパルナスのキャフェにあるとさえ云われて居るところをむす子から封じて、巴里へ置いて行く意義はない。

  若くして親には別れ外《と》つ国の
  雪降る街を歩むかあはれ。

 一人巴里に置かれることが、むす子の願い、親の心柄であるとは云え、二十歳そこそこで親に別れ、ひと日暮れ果ててキャフェへさえ行かれない子にして置けるだろうか。かの女自身のむす子と別れて後の淋しい生活を想像して見ても、むす子が行く華やかなモンパルナスのキャフェの夜の時間を想《おも》うことが、むしろ、かの女の慰安でさえある。むす子は純芸術家だ、画家だ、なにも修身の先生にでもするのじゃなし……かの女にこういう考えもあった。
 東京銀座のレストラン・モナミのテーブルに倚《よ》りかかって、巴里《パリ》のモンパルナスのキャフェをまざまざと想い浮べることは、店の設備の上からも、客種の違いからも、随分無理な心理の働かせ方なのだが、かの女のロマン性にかかるとそれが易々と出来た。
 ふだんから、かの女は地球上の土地を、自分の気持の親疎によって、実際の位置と違った地理に置き換えていた。つまり感情的にかの女独得の世界地図が出来ていた。その奇抜さ加減にときどき逸作も、かの女自身すら驚嘆することがあった。アメリカは、ほとんど沙漠の中の蛮地のように遠く思え、欧洲はすぐ神戸の先に在るように親しげな話し振りをかの女はした。だから、四年前一家を挙げて欧洲へ遊学に出掛ける朝も、一ばん気軽な気持で船に乗ったのはかの女だった。かの女は和装で吾妻下駄《あずまげた》をからから桟橋に打ち鳴らしながら、まるで二三日の旅に親類へでも行くような安易さだった。
 かの女はまた情熱のしこる時は物事の認識が極度に変った。主観の思い詰める方向へ環境はするする手繰られて行った。
 身体に一本の太い棒が通ったように、むす子のことを思い詰めて、その想い以外のものは、自分の肉体でも、周囲の事情でも、全くかの女から存在を無視されてしまうときに、むす子のいる巴里は手を出したら掴《つか》めそうに思える。それほど近く感じられる雰囲気の中に、いべき筈《はず》のむす子がいない。眼つきらしいもの、微笑らしいもの、癖、声、青年らしい手、きれぎれにかの女の胸に閃《ひらめ》きはするが、かの女の愛感に馴染《なじ》まれたそれ等のものが、全部として触れられず、抱え取れない、その口惜しさや悲しさが身悶《みもだ》えさせる。ふとここでかの女の理性の足を失った魂のあこがれが、巴里の賑《にぎ》やかさという連想から銀座へでも行ったらむす子に会えそうな気を彼女にさせる。さすがに彼女も一二度はまさかと思い返してみるけれども、今度は、あこがれだけがずんずん募って行って、せめてあこがれを納得させるだけでも銀座へ踏み出してむす子の俤《おもかげ》を探さなければ居たたまれないほど強い力が込み上げて来る。で、ある時はむしろ、かの女の方から進んで銀座へ出たがるので、そんなとき逸作はかの女の気が晴れて来たのかと悦《よろこ》んでいる。かの女は夢とも現実とも別目《けじめ》のつかないこういう気持に牽《ひ》かれて、モナミへ入り、テーブルに倚りかかって、うつらうつらむす子と行った巴里のキャフェを想い耽《ふけ》る。


 モンパルナスのキャフェ・ド・ラ・クーポールの天井《てんじょう》や壁から折り返して来るモダンなシャンデリヤの白い光線は、仄《ほの》かにもまた強烈だった。立て籠《こ》めた莨《たばこ》の煙は上から照り澱《よど》められ、ちょうど人の立って歩けるぐらいの高さで、大広間の空気を上下の層に分っている。
 上層は昼のように明るく、床に近い下層の一面の灰紫色の黄昏《たそがれ》のような圏内は、五人或は八人ずつの食卓を仕切る胸ほどの低い靠《もた》れ框《がまち》で区切られている。凡《あら》ゆる人間の姿態と、あらゆる色彩の閃きと、また凡ゆる国籍の違った言葉の抑揚とが、框の区切りの中にぎっしり詰っている。出どころの判らない匂《にお》いと笑いと唄《うた》とを引き切るように掻《か》き分けて、物売りと、分別顔のギャルソンが皿を運んだり斡旋《あっせん》したりしている。
「しまった、お母さん、いい場所を先に取られちゃった」
 かの女をモンパルナスのキャフェ・ド・ラ・クーポールに導いて入ったむす子は、ダブル鈕《ボタン》の上着のポケットから内輪に手を出し、ちょっと指してそういった。
 そこは靠れ壁の枡目《ますめ》の幾側かに取り囲まれ、花の芯《しん》にも当る位置にあった。硝子《ガラス》と青銅で作られた小さい噴水の塔は、メカニズムの様式を、色変りのネオンで裏から照り透す仕掛けになっている。噴水は三四段の棚に噴き滴って落ち、最後の水受け盤の中には東洋の金魚が小鱒と一しょに泳いでいた。
「いいの、いいの、こんやは、こっちが晩《おそ》いのだから」    
 かの女は、ちっとも気にしない声でそういった。そして別の場所を探すよう、やや撫肩《なでがた》ながら厚味のあるむす子の肩の肉を押した。
 噴水のネオンの光線の加減のためか、水盤を取り巻いて、食卓を控えた靠れ壁の人々の姿はハッキリ[#「ハッキリ」に傍点]しなかった。しかし、向うは、もう気がついたらしく、西洋人の訛《なま》ったアクセントで呼びかけるのが聞えた。
「イチロ、イチロ」
「イチロ」
 息子の名を呼びかけるそれらは女の声もあるし、男の声もあった。クックという忍び笑いを入れて囁《ささや》くように呼ぶ声は、揶揄《からか》い交りではあるが、決して悪意のあるものではなかった。
「まあ、誰」
 かの女は首を低めて、むす子の肩からネオンの陰を覗《のぞ》き込んだ。むす子はそれに答えないで吃《ども》った。
「ああ、あいつ等が占領しているのか、だいぶ豊かと見えるな」
 そして、声のする噴水のかげの隅に向って、のびのびした挨拶《あいさつ》の手を挙げていった。
「子供等よ、騒ぐでないぞ、森の菌霊《こびと》が臼《うす》搗《つ》くときぞ」
 むす子は、おかしさが口の端から洩《も》れるのをそのまま、子供等に対する家長らしい厳しい作り声をあっさり唇に偽装して、相手の群に発音し終ると、くるりと元の方向に踏み直って歩き出した。
「やったな、やったな」という声や、またも、「イチロ、イチロ」という叫び声が爆笑と混って聴えた。五六人、西洋人らしい無造作な立ち上り方をして拍手した。
 靠れ壁の隅に無精らしく曲げた背中をもたせて笑ってばかり居る若い娘と、立ち上った群の中に、もう一人長身の若い娘が、お出額《でこ》の捲髪《カール》を光線の中に振り上げ振り上げ、智慧《ちえ》のない恰好《かっこう》で夢中に拍手しているのを、かの女は第一にはっきり見て取った。かの女はちょっと彼等に微笑しながら目礼したけれど、妙な一種の怯《おび》えが、むす子を彼等から保護するような態度を、かの女にさせた。かの女は思わず息子の身近くに寄り添った。そのくせかの女はまたすぐあとから、彼等に好感を覚えてのろのろと彼等の方を見返した。
「おかあさん、何してるんです、どうせあいつら、あとで僕たちの席へ遊びに来ますよ」
「あんた、とても、大胆ね、こんな人中で、よく平気であんな冗談云えるのね」
 そういいながら、かの女は却《かえ》って頼母《たのも》しそうにむす子の顔をつくづく瞠入《みい》った。
 むす子のこんなことすら頼母しがるお嬢さん育ちの甘味の去らない母親を、むす子はふだんいじらしいとは思いながら、一層|歯痒《はが》ゆがっていた。自分達は、もっと世間に対して積極的な平気にならなければならない。
「また癖が」、むす子はかの女の自分に感心するいつもの眼色を不快そうに外ずして向うをむきながら、かの女の手をぐっと握り取った。
「怯えなくとも好い……何でもないです。誰でも同じ人間です」
「すると、あの中の女たちは、やっぱり遊び女」
「遊び女もいますし、芸術家もいます。中には、ひどい悪党もいます」
 むす子は母親の眼の前に現実を突きつけるように意地悪く云い放ちながら、握った手では母親の怯えの脉《みゃく》をみていた。かの女には独りで異国に残るむす子の悲壮な覚悟が伝わって来て身慄《みぶる》いが出た。かの女は自分に勇気をつけるように、進んでむす子の腕を組みかけながらいった。
「ほんとに誰でも同じ人間ね。さあみんなと遊ぼう」
 この夜は謝肉祭の前夜なので、一層込んでいた。人々に見られながらテーブルの間の通路を、母子は部屋中歩き廻《まわ》った。
 通り過ぎる左右の靠《もた》れ壁《かべ》から、むす子に目礼するものや、声をかけるものがかなりあった。美髯《びぜん》を貯え、ネクタイピンを閃《ひらめ》かした老年の紳士が立ち上って来て礼儀正しく、むす子に低声で何か真面目《まじめ》な打合せをすると、むす子は一ぱしの分別盛りの男のように、熟考して簡潔に返事を与えた。老紳士は易々として退いて行った。その間かの女は、むす子がふだんこういう人と交際《つきあ》うならお小遣が足りなくはあるまいか、詰めた生活をして恥を掻《か》くようなことはあるまいか、胸の中でむす子が貰う学資金の使い分けを見積りしていた。しかし、それよりも、むす子に向って次の靠れ壁から声をかけた一人の若い娘に考えは捉《とら》えられた。その娘は病気らしく、美しい顔が萎《しな》びていて僅《わず》かに片笑いだけした。
「ジュジュウ! 病気悪いか」
 娘はまた片笑いしただけだったが、かの女は、むす子がその娘に対する挨拶《あいさつ》に、ただの男らしい同情だけ響くのを敏く聞き取って、その女は遊び女に違いないにしろ、もっとむす子は優しく云ってやればいいのに、と思った。
「イチロ。空いたところがある」
 鳶色《とびいろ》の髪をフランス刈りにしたマネージャーが、人を突きのけるようにして、かの女等親子を導いて、いま食卓の卓布の上からギャルソンが、しきりにパン屑《くず》をはたき落している大テーブルへ連れて行った。そこでマネージャーは無言でぱっと両手を肩のところで拡《ひろ》げ、首をかしげて、今夜は忙しくて忙しくてという身振りをする。ギャルソンは新しい卓布を重ねて、花瓶の位置をかの女の方向へ置き直した。かの女はしばらく、薄紅色のカーネーションの花弁に、銀灰色の影のこまかく刻み入ってるのを眺め入った。
 小広いテーブルに重ねられた清潔な卓布は、シャンデリヤを射反《いかえ》して、人を眠くする雪明りのような刺戟《しげき》を眼に与える。その上に几帳面《きちょうめん》に並べられている銀の食器や陶器皿や、折り畳んだナフキンは、いよいよ寒白く光って、催眠術者の使う疑念の道具の小鏡のように、かの女の瞳《ひとみ》をしつこく追う。
「ああ、わたし、眠くなった。疲れた」かの女はこういって、体を休ましたい気持にも、ちょっとなったが、むす子と一緒と思えば、それを押し除《の》けて生々した張合いのある精神が背骨を伝って、ぐいぐい堕気を扱《しご》き上げるので、かの女は胸を張ったちゃんとした姿勢で、むす子と向い合った。そして眩《まぶ》しい瞳を花瓶の花の塊やパンの上に落着けた。
 焦茶色で絞り手拭《てぬぐい》の形をしているパンは、フランス独得の流儀で、皿にのせず、畳んだナフキンの上にじかに置いてあった。それが却《かえ》ってうまそうに見えた。
 かの女はときどき眼を挙げて、花を距《へだ》てたむす子の顔を見た。ギャルソンに註文を誂《あつら》えた後のむす子は画家らしい虚心で、批評的の眼差《まなざ》しで、柱の柱頭に近いところに描いてある新古典派風の絵を見上げていた。鳶色に薄桃色をさした小づくりの顔は、内部の逞《たくま》しい若い生命に火照《ほて》ってあたたかく潤っていた。情熱を大事に蔵《しま》ってでもいるように、またむす子は、両手を上着のポケットに揃《そろ》えて差し込んでいた。
 新古典派風の絵のある柱の根で、角を劃切られたこの靠れ壁は、少し永く落着く定連客が占めるのを好む場席であった。隅近くではあったが、それだけ中央の喧騒《けんそう》から遠去かり、別世界の感があった。中央の喧騒を批評的に見渡して自分たちの場席を顧みると、頼母《たのも》しい寂しい孤独感に捉えられた。
 かの女は、むす子が眼をやっている間近の柱の絵を見上げて、それから無意識的にその次の柱、また次の柱と、喧騒の群の上に抽《ぬき》んでて近くシャンデリヤに照らされている柱の上部の絵を、眼の届くまで眺めて行った。その絵はまちまちの画風であった。女が描いたように描いた表現派風の絵もあった。ここへ来る古い定連の画家に頼んで勝手に描いて貰ったこれ等の絵は、統一もなく、巧《うま》いのも拙《つたな》いのもあった。かの女はむす子に案内されて画商街へモダンの画を見に通った幾日かを思い起した。それらは、むす子が素性のいい恋人と逢うのに立ち会うように楽しかった。
 かの女の眼が引返してむす子に戻り、今更しみじみ不思議な世界でわが子と会った気持になっていると、かの女はむす子の育った大人らしさを急に掻き乱し度《た》くなる衝動に駆られた。
「よして頂戴《ちょうだい》よ、大人になってさ。お願いだから、もとの子供になりなさいよ」
 かの女は胸でこう云って無精にむす子に手をかけ度い気持を堪えていると、一種の甘い寂しい憎しみが起る。むす子の上ポケットの鳶色のハンケチにかの女の眼が注がれる。「まあ、なんというお巧者な子だろう。憎らしい。忘れないでハンケチなど詰めて」ふと気がつくと、むす子もいつか絵を見ていた眼を空虚にして、心で何か噛《か》み躙《にじ》っているらしい。
 かの女の眼とむす子の眼とが、瞠合《みあ》った。二人は悲しもうか笑おうかの境まで眼を瞠合ったまま感情に引きずられて行ったが、つい笑って仕舞った。二人は激しく笑った。
「どうして笑うのよ」
「おかあさん、どうして笑うんです」
「あんたがいつか言ったこと想《おも》い出したからよ」
「どんなことです」
「あんた、いつか、こういったわね。僕、おかあさんにそっくりな小さい妹を一人得られたら、ぐいぐい引張り廻して僕の思う通りにリードしてやるって、あれをよ」
「ふんそんなことか。けど僕やめにしますよ。なにしろ、おかあさんという人はスローモーションで、どうにも振り廻しにくいですからねえ」
 むす子は唇をちょっと噛んで、面白そうに、かの女を額越しにちょっと見た。
「ついでにおかあさんに云っときますがね、いくら僕が寂しかろうといって、むやみに、お嫁さんの候補者なんか送りつけたりするのはご免《めん》蒙《こうむ》りますよ。やり兼ねないからね。いくらお母さんの世話でも、全くこれだけは断りますよ」それからはじめて手を出して卓の上へ組み合せて、
「僕、おかあさんに対する感情の負担だけでも当分一人前はたっぷりあるのだからなあ」むす子は言葉尻《ことばじり》を独り言のようにいってのけた。
 むす子が面と向ってこういう真実の述懐を吐くとき、かの女には却ってむす子から、形の上の子供子供した点だけが強く印象づけられた。
「そんなに、おかあさんの方ばかり気にしないで、ご自分が幸福《しあわせ》になるよう、しっかりなさいよ。ほんとうですよ」
 こういって、はじめてかの女は母親の位を取り戻した。
 ギャルソンがスープを運んで来た。星がうるんで見える初夏の夕空のような浅い浅黄色の汁の上へギャルソンはパラパラと焦したパン片を匙《さじ》で撒《ま》いて行った。
「香ばしくておいしい。掻餅《かきもち》のようね」とかの女はいった。
 むす子はかの女の喰《た》べ方を監督しながら自分も喰べていった。
「パパ、今晩は、トレ・コンタンでしょう。支那めしが喰べられて」
「久し振りに日本の方と会って大いに談じてますよ」
「パパもいいが独逸《ドイツ》の話だけはして呉《く》れないといいなあ、ベルリンのことを平気でペルリン、ペルリンというんだもの、傍で気がさしちまう」
「おなかじゃベルリンと承知してて、あれ口先だけの癖よ」
 母子は逸作への愛に盛り上って愉快に笑った。
 かの女とむす子は静かに食事を進まして行った。外国の食事の習慣に慣らされて、食事中は込み入った話をしない癖がついている二人は、滑かにあっさり話を交した。
 かの女は最初|巴里《パリ》につき、それから主人の用務でイギリスへしばらく滞在するため巴里を出立するとき、むす子に言葉を慣らすため一人で残して置いたのであるが、かの女はむす子の慰めになるかも知れないと、上海《シャンハイ》の船つきで買い入れたカナリヤの鳥籠をもむす子に残していった。むす子はそのカナリヤの餌を貰うのに寄宿の家のものに何といったらいいのか困り果てたという話は、かの女がむす子から度々聞いた経験談だが、観察の角度を代えていままた話されると、相変らず面白かった。
 むす子が、だいぶ経験も積んで、巴里郊外の高等学校の予備校の寄宿舎に、たった一人日本人として寄宿した経験談も出た。むす子はそこでフランスの学生と同等に地理や歴史を学んだ。
「画描きだって、こっちに長くいるなら、それそうとう常識的な基礎知識は必要ですからねえ」
 いくらか、かの女の性質の飛躍し勝ちなロマン性に薬を利かしたという気味も含めて、
むす子は落着いて語った。 
「あんたには、そういう順序を立てた考え深いところもあるのね。そういうところは、あたし敵《かな》わないと思うわ」
 かの女は言葉通り尊敬の意を態度にも現わし、居住いを直すようにしていった。しかし、こういう母親を見るのはむす子には可哀《かわい》そうな気がした。それで、その気分を押し散らすようにしてむす子はいった。 
「なに、僕だって、おかあさんと同じ性分なんです。そしておかあさんだってずいぶん考え深い方でなくはありませんさ。けれどもおかあさんは女ですから、それを感情の範囲内だけで働かして行けばすみますが、僕は男ですからそうは行きません。そうとう意志を強くして、具体的の事実の上にしっかり手綱を引き締めて行かなければ、そこが違うんでしょうねえ」
 けれども、一たんむす子へ萌《きざ》した尊敬の念は、あとから湧《わ》き起るさまざまの感傷をも混えて、昇り詰めるところまで昇り詰めなければ承知出来なかった。かの女は感心に堪え兼ねた瞳《ひとみ》を、黒く盛り上らせてつくづくいった。 
「なるほど一郎さんは男だったのねえ。男ってものは辛《つら》いものねえ。しかし、男ってものは矢張り偉いのねえ」
 これには流石《さすが》にむす子の鋭い小さい眼も眩《まぶ》しく瞬いて、「こりゃどうもそう真面目《まじめ》に来られちゃ挨拶《あいさつ》に困りますねえ」
と、冗談らしく云って、この問題の討議打切りを宣告した。
 かの女が、ほのかに匂《にお》っているオレンジに塗られたブランデーの揮発性に、けへんけへん噎《む》せながら、デザートのスザンヌを小さいフォークで喰《た》べていると、むす子がのそっと立ち上って握手をして迎える気配がした。かの女が振り向くと、さっきの片頬《かたほお》だけで笑う娘が靠《もた》れ框《がまち》の外に来ていた。
「お邪魔じゃなくって」 
「いいでしょう、おかあさん、この女《ひと》」 
「いいですとも。さあここがいい」かの女は自分の席の傍を指した。かの女に握手をして素直にかの女の隣に坐《すわ》った娘は、 
「お姉さま?」とむす子に訊《き》いた。 
「ママン」むす子は簡単に答えて、その娘が気だるげにかの女に対して観察の眼を働かしている間に、むす子は母親に日本語で話した。 
「この女はね。よく捨てられる女なんですよ。面白いでしょう」
 今度はかの女の方が好奇の目を瞠《みは》って娘を観察していると、娘はむす子に訊いた。 
「あなた、ママンに何てあたしを紹介したのです?」 
「よく捨てられる女って」
 それを聞くと娘は、やや興を覚えた張合いのある顔になっていった。
「それは、まだ真実を語っていない。もう一度、ママンに紹介しなさい。よく男を捨てる女って」
 そして、彼女はうれしそうに笑った。神秘的に悧巧《りこう》そうな影を、額から下にヴェールのように持っているこの若い娘が、そうやって笑うとき、口の中に未だ発育しない小さい歯が二三枚|覗《のぞ》かれた。その歯はもう永遠に発育しないらしく、小さいままでひねこびた感じを与えた。
 むす子は笑いながら娘の抗議を母親に取次いでこういった。 
「こんなこといってますがね。この女は決して一ぺんでも自分から男を捨てた事はないんですよ。惚《ほ》れた男はみんなきっと事情が出来て巴里から引上げなくちゃならなくなるんです」 
「どうしてなんだろう」 
「どうしてですかね」
 むす子は、ただしばしば男に訣《わか》れねばならなくなる運命の女であるというところに、あっさり興味を持っているようだった。
 ジュジュと仲間呼びされるその娘は、だんだんむす子の母に興味を感じて来た。娘は持前のフランス語に、やや通用出来る英語を混えて、かの女と直接話すようになった。娘は相当知識的で、かの女に日本の女性の事を訊くにつけても、「ゲイシャ、それからヨシハラ、そんなもの以外にちゃんとした女がたくさんあるんでしょう」といったり、「日本の女は形式的には男から冷淡にされるけれども、内容的にはたいへん愛されるんだそうですね」といったりした。
 娘は「猫のお湯屋」の絵草紙を見たことがあって、「あれがもし、日本の女たちの入る風呂の習慣としたら、同性たちと一緒に話したり慰め合ったりしながら湯に入れて、こんな便利な風呂の入り方はない」と羨《うらや》ましそうにいった。
 時計は午前二時を過ぎた。攪《か》き廻《まわ》されて濃くなった部屋の空気は、サフランの花を踏み躙《にじ》ったような一種の甘い妖《あや》しい匂いに充《み》ち、肉体を気だるくさす代りに精神をしばしば不安に突き抜くほど鋭く閃《ひらめ》かせた。人と人との言葉は警句ばかりとなり、それも談話としてはほんの形式だけで、意味は身振りや表情でとっくの先に通じてしまう。廻転《かいてん》ドアの客の出入りも少くなり、その代り、詰めに詰め込んだという座席の客は、いずれもこの悪魔的の感興の時間に殉ずる一種の覚悟と横着とを唇の辺にたたえ、その気分の影響は、広間全体をどっしりと重いものに見せて来た。根のいいロシア人の即席似顔画描きが、隣のキャフェ・ル・ドームを流した後らしく、入って来て、客の気分を見計いながら、鉛筆の先と愛想笑いで頼み手を誘惑しているが、誰も相手にしない。 
「さあ、とうとう、やって来た」
 満腹するとすっかり子供に返ってしまって、誰とでもじゃれて遊びたい仔犬《こいぬ》のように、さっきから身体中に弾力の渦巻を転々さして、興味の眼を八方に向け放っていたむす子は、そういって、おかしさに堪え兼ねるように肩を慄《ふる》わして笑った。
 さっき室内噴水のそばに席を取っていた男女の一群が、崩れかかるようにして寄って来た。
 額に捲髪《カール》のあるロザリが先に立って、その次に男と腕を組んで、少し狡《ず》るそうな美しい娘のエレンが、気取って済ましてついて来た。その後に牛のような青年がまた一人いた。
 かの女は、すっかりうれしくなって、全く子供の遊び友達を迎える気持で、彼等の席をつくった。 
 どっちも緑の褶《ひだ》が樺色《かばいろ》に光る同じ色の着物を着ていたジュジュとエレンは、むす子の左右に坐《すわ》った。そして、捲髪《カール》のロザリをかの女自身の右の並びに置き、自分の左側には小ザッパリした青年を隔てに置いて、その向うに牛のような男を坐らした。
 牛のような青年は、女がたくさんいるテーブルに、同性とタブって並ばされたので、無意識にも手持無沙汰《てもちぶさた》らしく、ときどきかの女とロザリと並んでいるのを少し乗り出して横眼で見た。しかし彼女の気持からは、その男は垢《あか》っぽい感触を持ってるので、なるべく一人垣を隔てた向うへどうしても置きたかった。
 そんな末梢的《まっしょうてき》なショックはあっても、来た男女に対してかの女は、全部的の好意と親しみを平等に持って仕舞った。鬼であれ蛇であれ、むす子の相手になって呉《く》れるものに、何で好感を持たずにいられようか。大家族の総領娘として育ったかの女には、いざというとき、こんな大ふうな呑《の》み込んだ度胸が出た。
「イチローさん、この方たちになんでも好きな飲みものでも取ってあげなさい」
 むす子がかの女の言付けを取次ぐと、めいめいおとなしく軽いアルコール性の飲みものを望んだ。
 遠慮の幕一重を距《へだ》てながら、何か共通の気分にうち溶けたい願いが、めいめいの顔色に流れた。そして夜ふかしで腫《はれ》ぼったくなっためいめいの眼と眼を見合しては、飲みものの硝子《ガラス》の縁に薄く口を触れさしていた。折角、口が綻《ほころ》びかけていたジュジュも、仲間の一人に入り混ってしまうと、通り一遍の遊び女になってしまって、ただ、空疎な微笑を片頬《かたほお》に装飾するに過ぎなかった。
 ちょっと広間の周囲の空気からは、ここはエアポケットに陥ったように感ぜられつつある。数分間のうちにかの女は、この群の人々とむす子との間に対蹠《たいせき》し、或は交渉している無形な電気を感じ取った。
 かの女の隣にいる小ざっぱりした芸術写真師は、見かけだけ快く、内容はプーアなので、むす子に案外|嘗《な》められているのかも知れない。牛のような青年は、巨獣が小さい疵《きず》にも悩み易《やす》いように、常に彼もどろんとした憂鬱《ゆううつ》に陥っている。それでむす子は、何か憐愍《れんびん》のような魅力をこの男に感ずるらしい――。
 むす子は男性に対しては感受性がこまかく神経質なのに、女性に対しては割り合いに大ざっぱで、圧倒的な指揮権を持っていた。
 女たちは、何かいうにも、むす子に対して伏目になり、半分は言訳じみた声音で物を云った。それに対してむす子は、何等情を仮さないと云った野太い語調で答えた。それは答えるというよりも、裁く態度だ。裁判官の裁きの態度よりも、サルタンの熱烈で叱責的《しっせきてき》な裁き方だ。そういえば、かの女は思い起したことがある。日本にいる時から、この子供は女性から一種の怯《おび》えをもって見られていた。かの女の周囲に往来する夫人や娘たちは云った。
「イチローさんは、何だか女の気持を見抜いているような眼をした子供さんね。子供さんでも、あのお子さんに何か云われると、仕舞いに泣かされちまうわ。怖いわ」
 そう云いながら、彼女達は家へ来るとイチローさんイチローさんとしきりに探し求めた。
 なぜだろうか。それはかの女にも原因があるのではないかと、かの女は考えた。
 かの女は、むす子が頑是ない時分から、かの女の有り剰《あま》る、担い切れぬ悩みも、嘆きも、悲しみも、恥さえも、たった一人のむす子に注ぎ入れた。判っても、判らなくても、ついほかの誰にも云えない女性の嘆きを、いつかむす子に注ぎ入れた。頑是ない時分のむす子は、怪訝《けげん》な顔をして「うん、うん」と頷《うなず》いていた。そしてかの女の泣くのを見て、一緒に泣いた。途中で欠伸《あくび》をして、また、かの女と泣き続けた。
 稚純な母の女心のあらゆるものを吹き込まれた、このベビー・レコードは、恐らく、余白のないほど女心の痛みを刻み込まれて飽和してしまったのではあるまいか。この二十歳そこらの青年は、人の一生も二生もかかって経験する女の愛と憎みとに焼け爛《ただ》らされ、大概の女の持つ範囲の感情やトリックには、不感性になったのではあるまいか。そう云えば、むす子の女性に対する「怖いもの知らず」の振舞いの中には、女性の何もかもを呑み込んでいて、それをいたわる心と、諦《あきら》め果てた白々しさがある。そして、この白々しさこそ、母なるかの女が半生を嘆きつくして知り得た白々しさである。その白々しさは、世の中の女という女が、率直に突き進めば進むほど、きっと行き当る人情の外れに垂れている幕である。冷く素気なく寂しさ身に沁《し》みる幕である。死よりも意識があるだけに、なお寂しい肌触りの幕である。女は、いやしくも女に生れ合せたものは、愛をいのちとするものは、本能的に知っている。いつか一度は、世界のどこかで、めぐり合う幕である。むす子の白々しさに多くの女が無力になって幾分|諛《へつら》い懐しむのには、こういう秘密な魔力がむす子にひそんでいるからではあるまいか。そしてこの魔力を持つ人間は、女をいとしみ従える事は出来る。しかし、恋に酔うことは出来ない。憐《あわ》れなわが子よ。そしてそれを知っているのは母だけである。可哀相《かわいそう》なむす子と、その母。
「サヴォン・カディウム!」とエレンが、小さい鋭い声で反抗した。
 むす子はエレンが内懐から取出して弄《もてあそ》び始めようとしたカルタを引ったくって取上げて仕舞ったのである。
「サヴォン・カディウム! サヴォン・カディウム!」ロザリも、おとなしいジュジュまでが立ちかかって手を出した。
 むす子は可笑《おか》しさを前歯でぐっと噛《か》んで、女たちの小さい反抗を小気味よく馬耳東風に聞き流すふりをしている。
「何ですの。サヴォン・カディウムって」とかの女はちょっと気にかかって左隣の芸術写真師に訊《き》いた。
「ママンにサヴォン・カディウムを訊かれちゃった」明朗な写真師の青年は、手柄顔に一同に披露した。
 女たちは、タイラントに対する唯一の苛めどころが見付かったというように、
「さあ、ママンに話そうかな、話すまいかな」と焦《じ》らしにかかった。
「ひょっとしてそれがむす子の情事に関する隠語ではあるまいか」こういう考えがちらりと頭に閃《ひらめ》くと、かの女は少し赫《あか》くなった。
「訊かない方がよかった」「しかし訊き度《た》い」「何でもないじゃないか」とむす子はフランス語で女たちを窘《たしな》めて置いて、今度はかの女に日本語でいった。
「カディウム・サヴォンというシャボンの広告が町の方々に貼《は》ってあるでしょう。あれについてる子供の顔が僕に似てるというんです。随分僕を子供っぽく見てるんですね」
 それから、むす子は女たちの方を向いて同じ意味の事をフランス語でいって、付け足した。
「こうママンに説明したんだが、誰か異議があるか」
 女たちは詰らない顔をした。かの女も詰らない顔をした。
「サヴォン・カディウム!」今度はかの女が突然、むす子に向ってこう呼びかけた。それは確にこの場の打切りになった感興の糸目を継ぐために違いなかったが、かの女は無意識に叫び出して仕舞ったのである。そこにはもう、何も彼も忘れて、子供をからかえる素朴な母になって、春の一夜を過したいかの女が在るばかりだった。
 すると憂鬱に黙っていた牛のような青年が、何を感じたか、むっつりした声で怒鳴った。
「ママン、万歳!」
「この男はアルトゥールと云って、独逸《ドイツ》が混ってるフランス人ですがね」
とむす子は日本語がみんなに判らぬのを幸い、かの女に露骨に説明した。
「いい思いつきを持ってる店頭建築の意匠家ですがね。何か感激したものを持たないと決して仕事をしないのです。つまり恋なのですが、随分七難かしい恋愛を求めてるんです。僕のみるところでは、姉とか母とかの愛のようなものを恋愛によそえて求めてるようなのですが、当人は飽くまでもただの恋愛だといって頑張ってるんです。西洋人の中には随分独断の奴が多いのです。自分の考えていることを一々実際にやってみて、行き詰って額をぶつけてからでないと承知しないのです。このアルトゥールもその一人ですが、そんな理ですから、また、この男くらい恋愛を簡単に女に投げかけてみて、そして深刻に失敗した奴も少いでしょう。つまり、こいつぐらい恋愛の場数を踏みながら、まだ恋愛の一年生にとまっている奴も少いでしょう」
「じゃ、一郎はもう卒業生なの」
「まあ、黙って。そこで、おかしい事があるんです。このアルトゥールがどこで女に失敗するかというと、その熱心さがあんまり気狂い染《じ》みているというんです。ここにいるロザリもエレンも、一度はその気狂い染みた恋愛の相手になったのですが、女たちの話を訊《き》くと、甘えて卑《へ》り下ってしようがないというんです。恋人を実際生活の上でほんとの女神扱いにするんだそうです。希臘神話《ギリシアしんわ》に出て来るようなへんな着物を拵《こしら》えて女に着せて、バラの冠を頭に巻かして自分はその傍に重々しく坐《すわ》っている。まあ、そんな調子です」
「それから奇抜なのは、そういう恋愛を得た時、この男のインスピレーションは高められて、しっしと、引受けた店頭建築の意匠を捗《はかど》らせて見事な仕事をするのですが、出来上った店頭装飾建築には、一々そのときの恋人の名前をつけるんです。エレンのポーチとか、ロザリのアーチとか。そして、その完成祝いには恋人の女神を連れて来て初入店の式をさせるのです。その希臘神話風の服装で」
「女は、殊に西洋人の女は、決してそういう扱いを嫌いなわけではありません。大好きです。それで、暫時は有頂天になっていますが、結局は空虚の感じに堪えられなくなるというんです。なぜでしょう」
「それは総てを与えても、結局は男が女に与うべきものを与えないからでしょう」かの女は即座に答えた。エゴイズムの男。そして自分でもそのエゴイズムに気がつかない男。かの女の結婚生活の前半の嘆き苦しみの原因もまた、そこに在ったのではなかったか……。
「そうでしょうか、そうかも知れませんね」
「パパとアルトゥールとまるっきり違うけど……私思い出したわ。ほらあんた子供のとき、パパと新しく出来た船のお客に二人だけで呼ばれてって、二三日ママと訣《わか》れてたことがあったでしょう。帰って来て、矢庭にママにぶら下がって泣き出したね。何故だか人中でパパと暮すと、とても寂しくてやり切れないって……」
 むす子は遠い過去の実感に突き当って顔が少し赫《あか》くなったのを、ビールを口へ持って行って和めた。
「パパは、はやりっ子になりたてでしたね。あの時分、世間だの仕事だのが珍しくって面白くって堪《たま》らない一方だったんですね……あの時分からみると、パパは生れ代ったような人になりましたね」
「ほんとうに、あなたにも私にも勿体《もったい》ないようなパパ……今のようなパパだと、昔のことなんか気の毒で云えないね」こう云い乍《なが》らかの女は、仕事の天分ばかりあって人間同志の結び目を知らないで恋人に逃げられてばかりいるアルトゥール青年を、悲喜劇染みた気持で見返した。
「あの青年はどういう育ちの人」
「さあ、そいつはまだ聞きませんでしたが、ときどき打っても叩《たた》いても自分の本当の気持は吐かないという依估地《いこじ》なところを見せることがありますよ。そして僕がそれをそういってやっても、はっきりは判らないらしいんです。つまり単純な天才なんですね。そこへ行くとパパは話せる。あんな天才生活時代の前生涯と、今のプライヴェート生活のような親密な性情と両面持っている……」
 かの女とむす子がプライヴェートな会話に落ちこんでいると見たらしく、アルトゥールは非常に軽快なアクセントで、他の連中に講演口調で喋《しゃべ》っていた。
「白のニッケル、マホガニー材、蝋色《ろういろ》の大理石、これだけあれば、俺はどんな感情でも形に纏《まと》めてみせるね。どんな繊細な感情でもだぞ」
「恋愛はその限りに非《あら》ずか」
 芸術写真師は傍から揶揄《からか》った。
「そんなことはない」とアルトゥールは写真師を噛《か》むように云ったが、すぐ興醒《きょうざ》め声になっていった。
「だが恋愛に関する限り、たとえば、嫉妬《しっと》だとか憎みだとかいうものは、生活に暇があって感情を反芻《はんすう》する贅沢《ぜいたく》者たちの取付いている感情だ。おれたち忙しい人間は感情は一渦紋で、収支決算をつけて、決して掛勘定にしとかない。感情さえ現金《キャッシュ》払いだ。現実から現実へ飛び移って行くんだ。嫉妬だとか、憎みだとかいうものは、感情に前後の関係を考える歴史趣味だ」
 アルトゥールの云うこととは別の中味は、もう二重になっていて、云ってる意味と違ったものを隠しているようだった。心に臆《おく》したものがあって、そういう他人と深い交渉をつける膠質の感情は、はじめからこの男には芽も無いらしい。
 大広間一面のざわめきが精力を出し切って、乾き掠《かす》れた響を帯び、老芸人の地声のように一定の調子を保って、もう高くも低くもならなくなった。天井に近く長い二流三流の煙の横雲が、草臥《くたび》れた乳色になって、動く力を失っている。
 靠《もた》れ框《がまち》の角の花壺《はなつぼ》のねむり草が、しょうことなしに、葉の瞼《まぶた》を尖《さき》の方から合せかけて来た。
 壁の前に、左の腕にナフキンをかけて彫刻のように突立っているギャルソンの頭が、妙に怪物染みて見える。
「みんな、この子と仲好くしてやって下さいね」かの女はグループを見廻《みまわ》してそういった。
「たのみますよ」
 時に、かの女のいるテーブルの反対側の広間から、俄《にわか》に鬨《とき》の声が挙って、手擲弾《てなげだん》でも投げつけたような音がし出した。かの女はぴくりとして怯《おび》えた。同じくびっくりした壁の前のギャルソンは、急いでその方へ駆けて行ったが、すぐ一抱えにクラッカーの束を持って来て、テーブルの上へ投げ出した。
 謝肉祭《カルナヴァル》
 もう、そのとき、クラッカーを引き合って破裂させる音は、大広間一面を占領し、中から出た玩具の鳴物を鳴らす音、色テープを投げあうわめき、そしてそこでも、ここでも、※[#「※」は「口+喜」、第3水準1-15-18、637-下-13]々《きき》として紙の冠《かぶ》りものを頭に嵌《は》めて見交し合う姿が、暴動のように忽《たちま》ち周囲を浸した。
「おかあさん、何? 角笛《ホーン》、これ代えたげる冠りなさい」
 うねって来る色テープの浪。繽紛《ひんぷん》と散る雪紙の中で、むす子は手早く取替えて、かの女にナポレオン帽を渡した。かの女は嬉《うれ》しそうにそれを冠った。ジュジュ以外のものも、銘々当った冠りものを冠った。ジュジュには日本の毛毬《けまり》が当った。
 活を入れられて情景が一変した。広間は俄《にわか》に沸き立って来た。新しい酒の註文にギャルソンの駆《は》せ違う姿が活気を帯びて来た。
 かの女はすっかりむす子のために、むす子のお友達になって遊ばせる気持を取戻し、ただ単純に投げ抛《う》ったりしているジュジュの手毬《てまり》を取って、日本の毬のつき方をして見せた。

  ほうほうほけきょの
  うぐいすよ、うぐいすよ
  たまたま都へ上るとて上るとて
  梅の小枝で昼寝して昼寝して
  赤坂|奴《やっこ》の夢を見た夢を見た。

 かの女はこういうことは案外器用であった。手首からすぐ丸い掌がつき、掌から申訳ばかりの蘆《あし》の芽のような指先が出ているかの女のこどものような手が、意外に翩翻《へんぽん》と翻《ひるがえ》って、唄《うた》につれ毬をつき弾ませ、毬を手の甲に受け留める手際は、西洋人には珍しいに違いなかった。
「オオ! 曲芸《シルク》!」
 彼等は厳粛な顔をしてかの女のつく手を瞠《みい》った。
 かの女はまた、毬をつき毬唄を唄っている間に、ふと、こんなことを思い泛《うか》べた。毬一つ買ってやれず、むす子を遊ばせ兼ねたむかし、そして、むす子が二十になって、今むす子とその友達のために毬唄をうたう自分。憎い運命、いじらしい運命、そしてまたいつのときにかこの子のために毬をつかれることやら――恐らく、これが最後でもあろうか。すると、声がだんだん曇って来て、涙を見せまいとするかの女の顔が自然とうつ向いて来た。
 むす子は軽く角笛に唇を宛《あ》て、かの女を見守っていた。
 女たちが代って覚束《おぼつか》なく毬をつき習ううち、夜は白々と明けて来た。窓越しにマロニエの街路樹の影が、銀灰色の暁の街の空気から徐々に浮き出して来た。
 室内の人工の灯りが徐々に流れ込んで、部屋を浸す暁の光線と中和すると、妙に精の抜けた白茶けた超現実の世界に器物や光景を彩り、人々は影を失った鉛の片《きれ》のようにひらぺたく見える。
 かの女は今ここに集まった男女が遊び女であれ、やくざ男であれ、自分の巴里《パリ》を去った後に、むす子の名を呼びかけて呉《く》れるものは、これ等の人々であるのを想《おも》えば、なつかしさが込み上げて来る。かの女は儚《はかな》い幻影に生ける意志を注ぎ込むような必死な眼差《まなざ》しで、これ等の人々を見渡した。


 或る夜のかの女――今夜もかの女は逸作と銀座に来てモナミのテーブルに坐《すわ》っていたが、三四十分で椅子《いす》から立ち上った。
「さあ、行きましょう。外が大ぶ賑《にぎ》やかになりましたわ」
 逸作は黙って笑いながら、かの女のだらしなく忘れて行く化粧鞄を取って後に従《つ》いて出た。
 瞬き盛りの銀座のネオンは、電車通の狭谷を取り籠《こ》めて四方から咲き下す崖《がけ》の花畑のようだ。また、谷に人を追い込めて、脅かし誑《たぶら》かす妖精群のようにも見えた。
 目をつけるとその一人一人に特色があって、そしてまた、特にこれが華やかとも思えない男女が、むらな雨雲のように押し合って塊ったり、意味なく途切れたりしつつ、大体の上では、町並の側と車道の側との二流れに分れて、さらさらと擦れ違って行く。すると、それがいかにも歓《よろこ》びに溢《あふ》れ、青春を持て剰《あま》している食後の夜の町のプロムナードの人種になって、特に銀座以外には見られぬ人種になって、上品で綺羅《きら》びやかな長蛇のような帯陣をなして流れて行く。
「やあ」
「よう!」
「うまくやってる」
「どうしたん?」
「しばらく」
 きれぎれに投げ散らされるブールヴァル言葉が、足音のざわめきにタクトされつつ、しきりなしに乱れ飛ぶ。扇屋、食料品店、毛皮店、組紐屋《くみひもや》、化粧品屋、額縁店等々の店頭の灯が人通りを燦めかせつつ、ときどきの人の絶え間に、さっとペーヴメントの上へ剰り水のように投げ出される。
 いつか、人混の中へ織り込まれていたかの女は、前後の動きの中に入って却《かえ》って落着いた。「藻掻《もが》いてもしようがない。随《つ》いて行くまでだ」都会人に取って人混は運命のような支配力を持っていた。薄靄《うすもや》を生海苔《なまのり》のように町の空に引き伸して高い星を明滅させている暖かい東南風が一吹き強く頬《ほお》に感ずると、かの女は、新橋際まで行ってそこから車に乗り、早く家へ帰り度《た》いというさっきからの気持は、人ごとのように縁の遠いものとなり、くるりと京橋の方へ向き直り、風の流れに送られて、群衆の方向に逆いながらまたそろそろ歩き出した。
 思考力をすっかり内部へ追い込んでしまったあとの、放漫なかの女の皮膚は、単純に反射的になっていて、湿気《しっけ》た風を真向きに顔へ当てることを嫌う理由だけでも、かの女にこんな動き方をさせた。
 本能そのもののようにデリケートで、しかし根強い力で動くかの女の無批判な行動を、逸作はふだんから好奇の眼で眺め、なるべく妨げないようにしていた。それで、かの女の転回を注意深く眼で追いながら、柳の根方でポケットから煙草《たばこ》を取り出して火を喫《す》いつけ、それから游《およ》ぐ子を監視する水泳教師のように、微笑を泛べながら二三間後を離れて随いて行った。
 無意志で歩いているかの女も、さすがにときどきは人に肩を衝《つ》かれ、またぱったり出会って同じ除《よ》け方をして立竦《たちすく》み合う逆コースを、だんだん煩わしく感じて来た。いつか左側の店並の往きの人の流れに織り込まれていた。すると同じ頃合いに、逆コースから順コースの人込みに移ったらしい学生の後姿が五六のまばらの人を距《へだ》てて、かの女の眼の前にぽっかり新しく泛んだ。
「あっ、一郎」
 かの女は危く叫びそうになって、屹《きっ》と心を引締めると、身体の中で全神経が酢を浴びたような気持がした。次に咽喉《のど》の辺から下頬が赫《あか》くなった。
 何とむす子の一郎によく似た青年だろう。小柄でいながら確《しっか》りした肉付の背中を持っていて、稍々《やや》左肩を聳《そび》やかし、細《ほっ》そりした頸《くび》から顔をうつ向き加減に前へ少し乗り出させながら、とっとと歩いて行く。無造作に冠《かぶ》った学生帽のうしろから少しはみ出た素直な子供ぽい盆の窪《くぼ》の垂毛まで、一郎に何とよく似た青年だろう。すると、もう、むす子特有のしなやかで熱いあの体温までが、サージの服地にふれたら直《す》ぐにも感じられるように思われた。
 かの女の神経は、嘘《うそ》と知りつつ、自由で寛闊《かんかつ》になり、そしてわくわくとのぼせて行った。
「パパ、一郎が……ううん、あの男の児が……そっくりなの一郎に……パパ……」
「うん、うん」
「あの子にすこし、随いてって好い?」
「うん」
「パパも来て……」
「うん」
 かの女は忙しく逸作に馳け寄ってこういう間も、眼は少年の後姿から離さず、また忙しく逸作から離れ、逸作より早足に少年の跡を追った。
 美術学校の帰りにむす子は友達と、ときどきモナミへ来て、元気な画論なぞした。そして出て行ったあと、偶然すぐかの女たちがそこへ入って行くと、馴染《なじみ》のボーイは急いで言った。
「坊ちゃんが、坊ちゃんが、いますぐ、出て行かれました。間に合いますよ」
 むす子の気配が移ったように、ボーイ達も明るく元気な声を出した。
 格別呼び返すほどのことも無いと思いながら、やっぱりかの女は駆けて往来へ出て見る。友達と簡単な挨拶《あいさつ》を交して、とっとと家路へ急ぐ、むす子の後姿が向うに見えた。かの女はあわてて呼び返した。
 むす子は表通りの人中で家の者に会うと、ちょっと気まりの悪い顔をして、ろくな挨拶もしなかった。それでいて、なつかしそうな眼つきをちらりと見せた。
 わけて彼女と人中で会うのは苦手らしかった。かの女の方もどうかしてか、とても気まり悪かった。それで、「へへん」と田舎娘のような笑い方をして、まじまじむす子を見入っていると、むす子は眼を外らし、唇の笑いを歯で噛《か》んでいった。
「また、羽織を曲げて着てますね。だらしのない」
 これがかの女に対する肉親の情の示し方だった。
 むす子はかの女と連れ立って歩くときに、ときどき焦《じ》れて「遅いなあ、僕先へ行きますよ」と、とっとと歩いて行く。そして十間ばかり先で佇《たたず》んで知らん顔で待ち受けていた。
 むす子は稍々《やや》内足で学生靴を逞《たくま》しくペーヴメントに擦《こす》り叩《たた》きながら、とっとと足ののろい母親を置いて行く。ラッパズボンの後襞《うしろひだ》が小憎らしい。それは内股から外股へ踏み運ぶ脚につれて、互い違いに太いズボン口へ向けて削《そ》ぎ下った。
「薄情、馬鹿、生意気、恩知らず――」
 こんな悪たれを胸の中に沸き立たせながら、小走りになってむす子を追いかけて行くとき、かの女の焦《いら》だたしくも不思議に嬉《うれ》しい気持。
 今一二間先に行く青年の足は、それほどの速さではないが、やはりかの女がときどき小走りを加えて歩かなければ、すぐ距離は延びそうだった。そして小走りの速度がむす子を追うときのピッチと同じほどになると、不思議にむす子を追うときの焦々した嬉しさがこみ上げて来て、かの女は眼に薄い涙を浮べた。
 かの女は感覚に誑《たぶらか》されていると知りつつも、青年のあとを追いながら明るい淋しい楽しい気持になるのをどうにも仕様がなかった。
 その青年は、むす子が熱心に覗《のぞ》くであろう筈《はず》の新しい縞柄《しまがら》が飾ってある洋服地店のショウウインドウや、新古典の図案の電気器具の並んでいるショウウインドウは気にもかけずに、さっさと行き過ぎた。その代り食物屋の軒電灯の集まっている暗い路地の人影を気にしたり、カフェの入口の棕梠竹《しゅろだけ》を無慈悲に毟《むし》り取ったりした。それがどうやら田舎臭い感じを与えて、かの女に失望の影をさしかけた。高い暗い建物の下を通るときは、青年はやや立ち止って一々敵対するように見上げた。横町を越す度毎に、人の塊と一緒に待ち合して通らず、一人ゆっくり横柄に自動車のヘッドライトの中を歩いて自動車の警笛を焦立たせた。かの女はその度に、
「よして呉《く》れればいいに、野蛮な」
と胸で呟《つぶや》き、そしてそのあとに、一郎とわざと口に出して呟いた。その人でない俤《おもかげ》をその人として夢みて行き度《た》い願いは、なかなか絶ち難い。
 左右の電車線路を眺め渡して、越すときだけ彼女を庇《かば》うように片手を背後に添えていた逸作は、かの女がまるで夢遊病者のようになって「似てるのよ、あの子一郎に似てるのよ」などと呟きながら、どこまでも青年のあとに随《つ》き、なおも銀座東側の夜店の並ぶ雑沓《ざっとう》の人混へ紛れ入って行くのを見て、「少し諄《くど》い」と思った。しかし「珍しい女だ」とも思った。そして、かの女のこのロマン性によればこそ、随分|億劫《おっくう》な世界一周も一緒にやり通し、だんだん人生に残り惜しいものも無くなったような経験も見聞も重ねて、今はどっちへ行ってもよいような身軽な気持だ。それに較《くら》べて、いつまでも処女性を持ち、いつになっても感情のまま驀地《まっしぐら》に行くかの女の姿を見ると、何となく人生の水先案内のようにも感じられた。そこでまた柳の根方に片足かけ、やおら二本目の煙草《たばこ》を喫《す》ってから、見残した芝居の幕のあとを見届ける気持で、半町ほど距《へだた》った人混の中のかの女を追った。
 銀座の西側に較《くら》べて東側の歩道は、東京の下町の匂《にお》いが強かった。柳の青い幹に電灯の導線をくねらせて並んで出ている夜店が、縁日らしいくだけた感じを与えた。込み合う雑沓の人々も、角袖《かくそで》の外套《がいとう》や手柄《てがら》をかけた日本髷《にほんまげ》や下町風の男女が、目立って交っていた。
 人混を縫って歩きながら夜店の側に立ち止ったり、青年の進み方は不規則で乱調子になって来た。そして銀座の散歩も、もう歩き足り、見物し足りた気怠《けだ》るさを、落した肩と引きずる靴の足元に見せはじめた。けれども青年はもっと散歩の興味を続け、又は、より以上の興味を求め度いらしく、ズボンのポケットへ突込んだ両手で上着をぐっとこね上げ、粗暴で悠々した態度で、街を漁《あさ》り進んだ。
 歩き方が乱調子になって来た青年の姿を見失うまいとして、かの女は嫌でも青年に近く随いて歩かねばならなかった。そして人だかりのしている夜店は意地になっても見落すまいとして、行き過ぎたのを小戻りさえする青年の近くにうろうろする洋装で童顔のかの女が、青年にだんだん意識されて来た。青年は行人を顧みるような素振りを装いながら、かの女の人柄や風態を見計うことを度々繰り返すようになった。
 離れて彼女を援護して行く逸作の方が、先に青年の企《たくら》みある行動を気取って、おかしいなと思った。しかし、かの女はすっかり青年の擬装の態度に欺かれて、人事のようにすましてただ立ち止っていた。たまたま閃《ひらめ》きかける青年の眼差《まなざ》しに自分の眼がぶつかると、見つけられてはならないと、あわてて後方へ歩き返した。
 青年のまともの顔が見られる度に、かの女は一剥《ひとは》ぎずつ夢を剥がれて行った。それはむす子とは全然面影の型の違った美青年だった。蒸気《むしけ》の陽気に暑がって阿弥陀《あみだ》冠《かぶ》りに抜き上げた帽子の高庇《たかびさし》の下から、青年の丸い広い額が現われ出すと、むす子に似た高い顎骨《あごぼね》も、やや削げた頬肉《ほおにく》も、つんもりした細く丸い顎も、忽《たちま》ち額の下へかっちり纏《まとま》ってしまって、セントヘレナのナポレオンを蕾《つぼみ》にしたような駿敏《しゅんびん》な顔になった。張って青味のさした両眼に、ムリロの描いた少女のような色っぽい露が溜《たま》っていた。今は唇さえ熱く赤々と感じられて来た。
「なんという間違いをしたものだろう」
 むす子に対する憧れが突然思いもかけぬ胸の中の別の個所から厳粛というほどの真率さでもって突き上げてきた。そしてその感情と、この眼の前の媚《なまめ》かしい青年に対する感覚だけの快さとが心の中に触れ合うと、まるで神経が感電したようにじりり[#「じりり」に傍点]と震え痺《しび》れ、石灰の中へ投げ飛ばされたような、白く爛《ただ》れた自己嫌悪に陥った。
 かの女は目も眩《くら》むほど不快の気持に堪えて歩いて行くと、やがて二つの感情はどうやら、おのおのの持場持場に納まり、沖の遠鳴りのような、ただうら悲しい、なつかしい遣瀬《やるせ》なさが、再びかの女を宙の夢に浮かして群衆の中を歩かした。
 ぱらぱらと雨が降り出して来た。町角の街頭画家は脚立をしまいかけていた。いや、雨気はもっと前から落ちて居たのかも知れない。用意のいい夜店はかなり店をしまって、往来の人もまばらに急ぎ足になっていた。
 灯という灯はどれも白蝋《はくろう》のヴェールをかけ、ネオンの色明りは遠い空でにじみ流れていた。
 今度は青年の方から距離を調子取って行くので、かの女は青年にはぐれもせず、濡《ぬ》れて電車線路の強く光る尾張町を再び渡った。
 慾も得もない。ただ、寂しい気持に取り残され度くない。ただそれだけの熱情にひかれて、かの女は青年のあとについて行った。後姿だけを、むす子と思いなつかしんで行くことだ。美青年に用はない。
 新橋際まで来て、そこの電車路を西側に渡った。かの女は殆《ほとん》どびしょ濡《ぬ》れに近くなりながら、急に逸作の方を振り向くと、いつもの通り少しも動ぜぬ足どりで、雨のなかを自分のあとから従《つ》いて来る。その端麗な顔立ちが、雨にうっすりと濡れ、街の火に光って一層引締って見える。彼女は非常な我儘《わがまま》をしたあとのような済まない気持になりながら、ペーヴメントの角に靴の踵《かかと》を立てて、逸作の近づいて来るのを待つつもりでいると、もう行き過ぎて見えなくなったと思った青年が、角の建物の陰から出て来てかの女にそっと立ち寄って来た。そして不手際にいった。
「僕に御用でしたら、どこかで御話伺いましょう」
 かの女は呆《あき》れて眼を見張った。まだ子供子供している青年の可愛気《かわいげ》な顔を見た。青年は伏目になって、しかし、意地強い恥しげな微笑を洩《もら》した。かの女は何と云い返そうかと、息を詰めた途端に、急に得体も知れない怯《おび》えが来た。
 かの女は「パパ!」といって折よく来た逸作の傍へ馳け寄った。


 あなたはO・K夫人でいらっしゃいましょう。僕は一昨夜あなたに銀座であとをつけられた青年です。僕は初め、何故女の人が僕について来るのかと不思議だったのです。それが更に世に名高いO・K夫人らしいのに驚き、最後にあれだけでお別れして仕舞うのが惜しくて堪《たま》らなくなったはずみ[#「はずみ」に傍点]で、思わず言葉をおかけしました。するとあなたは恰《あたか》も不良青年にでもおびやかされた御様子で、逸作先生(僕はあの方があなたの御主人で画家丘崎逸作先生だと直《す》ぐ判りました)の方へお逃げになりました。僕には何もかも不思議なのです。しかもあなたがお逃げになったあと、僕は一人で家へ帰りながら、どうしてもまたあなたにお目にかかりたくて仕方がなくなり、今でもその気持で一ぱいです。僕はあなたが有名な女流作家であるからとか、年長の美しい婦人に興味を持つとか、単なるそんな意味ばかりではなし、何故あなたのような方が、あの晩、あんな態度で僕をおつけになり、最後に僕を不良青年かなぞのように恐れてお逃げになったか、その意味が伺い度《た》いのです。
 こんな意味の手紙。これは銀座でそのことがあって一日おいて来た、あのナポレオン型の美青年からの手紙であった。かの女はその手紙に対してどういう返事を出して好いか判らなかった。何となく懐しいような、馬鹿らしいような、煩わしいような恥らわしい自己嫌悪にさえかかって、そのまま手紙を二三日放って置いた。
 いくらか習わされた良家的の字には違いないが、生来の強い我《が》が躾《しつけ》の外へはみ出していて、それが却《かえ》って清新な怜悧《れいり》さを表わしているといった字体で、それ以後五六本の手紙がかの女に来た。字劃《じかく》や点を平気で増減していて、青年期へ入ったばかりの年齢の現代の若ものに有り勝ちな、漢字に対する無頓着《むとんちゃく》さを現わしていたが、しかし、憐《あわ》れに幼稚なところもあった。名前は春日規矩男と書いてあった。
 書面の要求は初めの手紙と同じ意味へ、返事のないのに焦《じ》れた為か、もっと迫った気持の追加が出来て、銀座で接触したのを機縁として、唯《ただ》むやみにもう一度かの女に会い度いという意慾の単独性が、露骨に現われて来ていた。
 文筆を執ることを職業として、しじゅう名前を活字で世間へ曝《さ》らしているかの女は、よくいろいろな男女から面会請求の手紙を受取る。それ等を一々気にしていては切りがない――と、かの女は狡《ずる》く気持の逃避を保っていた。けれども青年の手紙の一つより一つへと、だんだんかの女の心が惹《ひ》かれてはいた。かの女はあの夜の自分の無暗な感情的な行為に自己嫌悪をしきりに感じるのであるけれど、実際は普通の面会請求者と違って、これはかの女の自分からアクチーヴに出た行為の当然な結果として、かの女としてもこの手紙の返事を書くべき十分の責任はある。かの女はやがてそこに気づくと、青年に対する負債らしいものを果す義務を感じた。けれども、それはやや感情的に青年に惹かれて来ているかの女の自分に対する申訳であって、なにもかの女がほんとうに出し度くない返事なら出さなくて宜い、本当に逢《あ》い度くないなら逢わなくても好いものをと、かの女の良心への恥しさを青年に対する義務にかこつけようとするのを意地悪く邪魔する心があり、かの女はまた幾日か兎角《とかく》しつつ愚図愚図していた。するとまた或日来た青年の手紙は強請的な哀願にしおれて、むしろかの女の未練やら逡巡《しゅんじゅん》やらのむしゃむしゃした感情を一まとめにかき集めて、あわや根こそぎ持ち去って行きそうな切迫をかの女に感じさせた。それが何故かかの女を歯切れの悪い忿懣《ふんまん》の情へ駆り立てた。 
「馬鹿にしてる。一ぺんだけ返事を出してよく云って聞かしてやりましょうか」
 縺《もつ》れ出しては切りのないかの女の性質を知っている逸作は言下に云った。
「考えものだな。君は自分のむす子に向ける感情だけでも沢山だ。けどこないだ[#「こないだ」に傍点]の晩は君の方から働きかけたんだから逢ってやっても好いわけさね」
 彼女は結局どうしようもなかった。こだわったまま妙な方面へ忿懣を飛ばした。――少くともかかる葛藤《かっとう》を母に惹起《じゃっき》させる愛憐《あいれん》至苦のむす子が恨めて仕方がなかった。何も知らずに巴里《パリ》の朝に穏かに顔を洗っているであろうむす子が口惜しく、いじらしく、恨めしくて仕方なかった。 
 半月ばかりたった。かの女はあまり青年の手紙が跡絶《とだ》えたので、もうあれが最後だったのかと思って、時々取り返しのつかぬ愛惜を感じ、その自分がまた卑怯《ひきょう》至極《しごく》に思われて、ますます自己嫌悪におちいっているところへ、ひょっこりとまた手紙が来た。
「僕だけでお目にかかれないとなれば、僕の母にも逢ってやって下さい。僕等は親子二人であなたから教えて頂き度いことがあるんです。頼みます」
 この手紙には今までと違って、何か別に撃たれるところのものがあった。それに遠く行き去った愛惜物が突然また再現したような喜悦に似た感情が、今度は今迄のすべての気持を反撥《はんぱつ》し、極々単純に、直ぐにも逢う約束をかの女にさせようとした。逸作も青年の手紙を一瞥《いちべつ》して、
「じゃまあ逢って見るさ。字の性質《たち》も悪くないな」
 急にかの女の眼底に、銀座の夜に見たむす子であり、美しい若ものである小ナポレオンの姿が、靉靆朦朧《あいたいもうろう》と魅力を帯びて泛《うか》び出して来た。かの女はその時、かの女の母性の陰からかの女の女性の顔が覗《のぞ》き出たようではっとした。だが、さっさと面会を約束する手紙を青年に書きながら、そんな気持にこだわるのも何故かかの女は面倒だった。
 フリジヤがあっさり挿されたかの女の瀟洒《しょうしゃ》とした応接間で、春日規矩男にかの女は逢った。かの女の手紙の着いた翌晩、武蔵野の家から、規矩男は訪ねて来たのであった。部屋には大きい瓦斯《ガス》ストーヴがもはやとうに火の働きを閉されて、コバルト色の刺繍《ししゅう》をした小布を冠《かぶ》されていた。かの女が倫敦《ロンドン》から買って帰ったベルベットのソファは、一つ一つの肘《ひじ》に金線の房がついていた。スプリングの深いクッションへ規矩男は鷹揚《おうよう》な腰の掛け方をした。今夜規矩男は上質の薩摩絣《さつまがすり》の羽織と着物を対に着ていた。柄が二十二の規矩男にしては渋好みで、それを襯衣《シャツ》も着ずにきちんと襟元を引締めて着ている恰好《かっこう》は、西洋の美青年が日本着物を着ているように粋《いき》で、上品で、素朴に見えた。かの女は断髪を一筋も縮らせない素直な撫《な》でつけにして、コバルト色の縮緬《ちりめん》の羽織を着ている。――何という静かな単純な気持――そこには逢わない前のややこしい面倒な気持は微塵《みじん》も浮んで来なかった。一人の怜悧《れいり》な意志を持つ青年と、年上の情感を美しく湛《たた》えた知識婦人と――対談のうちに婦人は時々母性型となり、青年はいくらかその婦人のむす子型となり――心たのしいあたたかな春の夜。そうした夜が三四日おきに三四度続くうち、かの女は銀座で規矩男のあとをつけた理由を規矩男に知らせ、また次のような規矩男の身の上をも聞き知った。
 外交官にしては直情径行に過ぎ、議論の多い規矩男の父の春日越後は、自然上司や儕輩《さいはい》たちに好かれなかった。駐在の勤務国としてはあまり国際関係に重要でない国々へばかり廻《まわ》されていた。
 任務が暇なので、越後は生来好きであった酒にいよいよ耽《ふけ》ったが、彼はよく勉強もした。彼は駐在地の在留民と平民的に交際《つきあ》ったので、その方の評判はよかった。国際外交上では極地の果に等しい小国にいながら、目を世界の形勢に放って、いつも豊富な意見を蓄えていた。求められれば遠慮なくそれを故国の知識階級へ向けて発表した。この点ジャーナリストから重宝がられた。任官上の不満は、彼の表現を往々に激越な口調のものにした。
 国々を転々して、万年公使の綽名《あだな》がついた頃、名誉大使に進級の形式の下に彼は官吏を辞めさせられた。二三の新聞雑誌が彼のために遺憾の意を表した。他のものは、彼もさすがにもう頭が古いと評した。
 彼は覚悟していたらしく、特に不平を越してどうのこうのする気配もなかった。それよりも、予《かね》て意中に蓄えていた人生の理想を果し始めにかかった。
「人生の本ものを味わわなくちゃ」
 これが父の死ぬまで口に絶やさなかった箴銘《しんめい》の言葉でしたと、規矩男は苦笑した。
 父の越後は日本の土地の中で、一ばん郷土的の感じを深く持たせるという武蔵野の中を選んで、別荘風の住宅を建てた。それから結婚した。
「ずいぶん、晩婚なんです。父と母は二十以上も年齢が違うのです。父はそのときもう五十以上ですから、どう考えたって、自分に子供が生れた場合に、それを年頃まで監督して育て上げるという時日の確信が持てよう筈《はず》は無かったのに――その点から父もかなりエゴイズムな所のある人だったし、母も心を晦《くら》まして結婚したとも考えられます」と規矩男は云った。
 母の鏡子は土地の素封家《そほうか》の娘だった。平凡な女だったが、このとき恋に破れていた。相手は同じ近郊の素封家の息子で、覇気のある青年だった。織田といった。金持の家の息子に育ったこの青年は、時代意識もあり、逆に庶民風のものを悦《よろこ》ぶ傾向が強くて、たいして嫌いでもなかった鏡子をも、お嬢さん育ちの金持の家の娘という位置に反撥《はんぱつ》して、縁談が纏《まとま》りかかった間際になって拒絶した。そして中産階級の娘で女性解放運動に携わっている女と、自分の主義や理論を証明するような意気込みの結婚をした。
 平凡な鏡子が恋に破れたとき、不思議に大胆な好奇的の女になった。鏡子は忽《たちま》ち規矩男の父の結婚談を承知した。父は鏡子の明治型の瓜実顔《うりざねがお》の面だちから、これを日本娘の典型と歓《よろこ》び、母は父が初老に近い男でも、永らく外国生活をして灰汁抜《あくぬ》けのした捌《さば》きや、エキゾチックな性格に興味を持ち、結婚は滑らかに運んだ。
 松林の中の別荘《ヴィラ》風の洋館で、越後のいわゆる、人生の本ものを味わうという家庭生活が始まった。
「しかし人生の本ものというものは、そんな風に意識して、掛声して飛びかかって、それで果して捉《とら》えられて味わえるものでしょうか。マアテルリンクじゃありませんが、人生の幸福はやっぱり翼のある青い鳥じゃないでしょうか」
と規矩男は言葉の息を切った。
 父はさすがにあれだけの生涯を越して来た男だけに、エネルギッシュなものを持っていた。知識や教養もあった。その総《すべ》てを注いで理想生活の構図を整えようとした。
「いまにきっと、あなたにお目にかけますが、あの家の背後へ行ってごらんなさい。小さいながら果樹園もあれば、羊を飼う柵《さく》も出来ています。野鳥が来て、自由に巣が造れる巣箱、あれも近年はだいぶ流行《はや》って一般に使われていますが、日本へ輸入したのは父が最初の人でしょう」
 父のいう人生の本ものという意味は、楽しむという意味に外ならなかった。自分は今まであまりに動き漂う渦中に流浪し過ぎた。それで何ものをも纏って捉え得なかった。静かな固定した幸福こそ、真に人生に意義あるものである。彼の考えはこうらしかった。彼は世界中で見集め、聞き集め、考え蓄《た》めた幸福の集成図を組み立てにかかった。妻もその道具立ての一つであった。彼はこういう生活図面の設計の中に配置する点景人物として、図面に調和するポーズを若き妻に求めた。
 鏡子ははじめこれを嫌った。重圧を感じた彼女は、老いた夫であるとはいえ、たとえ外交官として復活しなくとも、何か夫の前生の経験を生かして、妻としての自分の生活を華々しく張合いのあるものにして呉《く》れることを期待した。その点によって夫と自分との年齢の差も償えると思っていた。だが夫は毎朝飲むコーヒーだけは、自分で挽《ひ》いて自分でいれる器用な手つきだけのところに、文化人らしい趣を遺《のこ》すだけで、あとは日々ただの村老に燻《くす》んで行った。彼女は従えられ鞣《なめ》されて行った。
「おかしなことには、この都会近くの田舎というものは、市場へ運ばれて売られる野菜や果物同様、住む人間までも生気を都会へ吸い取られて、卑屈に形骸的にならされてしまうのですね」
 規矩男は父を斯《こ》うも観察した。女の子が生れてすぐ死に、二番目の規矩男が生れたときは、父親は既にまったく老境に入って、しかも、永年の飲酒生活の結果は、耄《ぼ》けて偏屈にさえなっていた。女盛りの妻の鏡子は、態《わざ》と老けた髪かたちや身なりをして、老夫のお守りをしなければならなかった。(母の幾分|僻《ひが》んだ、ヒステリックな性格も、この頃に養われたらしい)
「父は死ぬ間際は、書斎の窓の外に掘った池へ、書斎の中から釣竿《つりざお》を差し出して、憂鬱《ゆううつ》な顔をして鮒や鮠《はえ》を一日じゅう釣っていましたよ。関節炎で動けなくなっていました。母はもう父に対して癇《かん》の強い子供に対するような、あやなし方をしていました。食事のときに、一杯ずつ与える葡萄酒《ぶどうしゅ》を、父はもう一杯とせがむのを、母は毒だと断るのにいつも喧嘩《けんか》のような騒ぎでした」
 中学校から帰って規矩男が挨拶《あいさつ》に行くと、老父はさすがに歓んでにこにこした。そして、「おまえは今から心がけて人生の本ものの味わいを味わわなくちゃいかん」と口癖にいった。それは人生を楽しめという意味に外ならなかった。規矩男には老ぼけて惨な現在の父がそれをいうと、地獄の言葉とよりしか響かなかった。
 父が死んで荷を卸した感じに見えた母親は、一方貞淑な未亡人であり乍《なが》ら、いくらか浮々した生活の余裕を採り出した。
「面白いことは」と規矩男は云った。その昔の母の失恋の相手の織田や、いわば彼女の恋仇《こいがたき》である織田の妻が、今は平凡に年とって子供の二三人もあるのと、母は家庭的な交際を始めていることだった、もっとも織田は、その後、財産をすっかり失《な》くしてしまって、土地に自前の雑貨店を営んで、どうやら生活している。彼の知識的の妻も、解放運動などはおくびにも出さなくなり、克明に店や家庭に働いている。規矩男の母は、規矩男の養育の相談相手に、僅《わず》かに頼れる旧知の家として、度々織田の家庭を訪ねるのであった。
 規矩男自身と云えば、規矩男は府立×中学を出て一高の×部へ入り、卒業期に肺尖《はいせん》を少し傷めたので、卒業後大学へ行くのを暫《しばら》く遅らして、保養かたがた今は暫く休学しているのだという。だがもう肺尖などとうに治っている。保養とは世間の人に云う上べの言葉で、……と規矩男は稚純に顔を赫《あか》らめながら、やや狡智《こうち》らしく鼻の先だけで笑った。
「ではお父さまの云われた人生の本ものとかを、今からあなたも尋ね始めなさったの」
と、かの女も口許《くちもと》で笑って云えば、規矩男は今度は率直に云った。
「僕は父のように甘い虫の好い考えは持っていませんが……然《しか》し知識慾や感情の発達盛り、働き盛りの僕達の歳として、そう学校にばかりへばりついて行ってても仕方がありませんからね」
「でも大学は時間も少いし呑気《のんき》じゃありませんか」
「それが僕にはそうは行かないんです。僕という奴は、学校へ行き出せば学校の方へ絶対忠実にこびりつかなけりゃいられないような性分なんです。僕自身の性格は比較的複雑で横着にもかなり陰影がある癖に、一ヶ所変な幼稚な優等生型の部分があって……嫌んなっちゃうんで」
 規矩男はいくらか又不敵な笑い方をしたが、一層顔を赫らめて、
「ですから自分では、学校なんか三十歳までに出れば好いと思ってるんですが、母や織田達がいろいろ云うんで、或いは今年の秋か来年からまた始め出そうとも思っているんです」


 母と一緒に逢《あ》って呉《く》れと規矩男は手紙に書いたこともあったが、その後また一ヶ月ばかりの間に三四回もかの女と連れ立って、武蔵野を案内がてら散歩し乍《なが》ら、たびたび自分の家の近くを行き過ぎるのに、規矩男は自分の家へまだ一度もかの女を連れて行かず、母にも逢せなかった。かの女は規矩男に何か考えがあるのだろうし、かの女も別だん急に規矩男の母に逢い度《た》いとも思わなかったが、ある時何気なく云ってみた。
「あなたいつかの手紙で私にお母さんを逢せるなんて云ってね」
 規矩男は少し困って赫くなった。
「あなたが逢って呉れないものですから、僕のような生意気な人間でも、あんな通俗的な手法を使わなくっちゃならなくなったんですね」
「ははあ」
「嫌だ。今ごろあんなことでからかっちゃ。だけれどあなただって、婦人雑誌なんかで、よく、どうしてあなたはあなたのお子さんを教育なさいましたか、なんて問題に答えていらっしゃるじゃありませんか。僕はあれを覚えてていざとなったら母もだし[#「だし」に傍点]につかいかねなかった……」
「そんなに私に逢わなけりゃならなかったの」
「嫌だ。そんなこと、そんなにくどく云っちゃ」
 規矩男がますます赫くなるので、かの女はもっとくどくからかい度くなった。
「かりによ。あの時、ではお母さんとご一緒にお出下さい、是非お母さんと……と、私がどうしてもお母さんと一緒でなければお逢いしないと云って上げたらどう?」
「事態がそうなら僕は母と一緒に伺ったかも知れないな」
「そして子供の教育法をお母さんに訊《き》かれるとしたら、規矩男さんの教育係みたいに私はなったのね」
「わははははあ」規矩男は世にも腕白者らしく笑った。
「それも面白かったなあ、わははははあ」
「何ですよ、この人は……そんな大声で笑って」
 規矩男は今度は大真面目《おおまじめ》になって、
「だけど運命の趨勢《すうせい》はそうはさせませんね。僕は世の中は大たい妥当に出来上っていると思うんです」
「では妥当であなたと私とはこんなに仲好しになったの」
「そうですとも。僕だってあなただから近づいて来たかったんです……誰が……誰が……あなたでない、よそのお母さんみたいな人に銀座でなんかあとからつけて来られて……およそ気味の悪いばかりだったでしょうよ。或いはぶんなぐってたかもしれやしねえ」
「おやおや、まるで不良青年みたいだ」
「自分だって不良少女のように男のあとなんかつけたくせに」
「じゃあ、私不良少女として不良青年に見込まれた妥当性で、あなたと仲好しにされたわけなのね」
 その時、眼路の近くに一重山吹の花の咲き乱れた溝が見えて来た。規矩男はその淡々しく盛り上った山吹の黄金色に瞳《ひとみ》を放ったが、急に真面目な眼をかの女に返して、「あの逸作先生は、そんなお話のよく判る方ですか」とかの女に聞くのであった。
「ええ、判る人ですとも」
「あなた先生を随分尊敬していらっしゃるようですね」
「ええ、尊敬していますとも」
「先生は見たところだけでも随分僕には好感が持てますね……僕、先生が感じ悪い方だったら、あなたもこんなに(と云って規矩男はまた赫くなった)好きになれなかったか知れませんね」
「ではうちの先生も、あなたが私と仲好しになった妥当性の仲間入りね」
「序《ついで》にむす子さんも」
「まあ、ぜいたくな人!」
「ええ、僕あ、ぜいたくな人間……ぜいたくな人間て云われるの嬉《うれ》しいな。どんなに僕の好きな顔や美しい情感や卓越した理智をあなたが持ってたって、嫌な夫や馬鹿な子供なんかの生活構成のなかで出来上っているあなただったら、或いは僕は……」
 かの女はそういう規矩男が、自分の愛する夫や子供をまるでその心身の組織に入れているようで、規矩男に対して急に不思議な愛感に襲われた。そして次に、ふっとむす子を思い出し、一瞬ひらめくような自分達の母子情の本質に就《つ》いて考えて見た。「私の原始的な親子本能以上に、私のむす子に対する愛情が、私の詩人的ロマン性の舞台にまで登場し、私の理論性の範囲にまで組織され込んでいる。ぜいたくな母子情だ。この私の母子情が、果して好いものか悪いものか……だが、すべて本質というものは本質そのもので好いのだ。他と違っているからと云って好いも悪いもありはしない」こう考えながらかの女は何故か眼に薄い涙を泛《うか》べていた。規矩男は見てとって、
「僕あんまり云い過ぎました?」
「ううん、云い過ぎたから好かったの、あははははは」
 規矩男も「あはははははあ」と笑っちまうと、あとは二人とも案外けろり[#「けろり」に傍点]として、さっさと歩き出した。非常に脱し易そうでそれを支えるバランスを二人は共通に持ち合っているとかの女には思えた。その自覚が非常にかの女を愉快にし、爽《さわや》かにした。かの女は甘く咽喉《のど》にからまる下声で、低くうたを唄《うた》いながら歩いた。規矩男は暫く黙って歩いた。


 そのうちに二人はまたいつか規矩男の家の近所に来ていた。黙っていた規矩男は、急にはっきりした声で云った。
「いや、いまにきっと逢せます。然し、僕はあなたに母を逢せる前に聞いて頂きたいことがあるんですけれど……僕が云い出すまで待ってて下さい」
「そう? 優等生型の身辺事情には、いろいろ順序が立っているでしょうからねえ」
「からかわれる張り合いもないような事なんです」
 規矩男の家は松林を両袖にして、まるで芝居の書割のように、真中の道を突き当った正面にポーチが見え、蔦《つた》に覆われた古い洋館である。

「感じのいいお家じゃなくって」
「古いのが好いだけです。いまにご案内します」
 そういって何故か規矩男は去勢したような笑い方をした。その笑い方はやや鼻にかかる笑い方で、凜々《りり》しい小ナポレオン式の面貌とはおよそ縁のない意気地のなさであった。
「規矩男さん、あなたを見ていると、時々、いつの時代の青年か判らないような時もあってよ」
 すると規矩男は、さっと暗い陰を額から頬《ほお》へ流し去って、それから急いでふだんの表情の顔に戻った。
「たぶんそうでしょう。自分でもそう感じる時がありますよ」規矩男は艶々《つやつや》した頬を掌で撫《な》でて、「僕はあなたのむす子さんとは違った母に育てられたんですから」
「と云うと?」
「僕の積極性は、母の育て方で三分の一はマイナスにされてますから」
 かの女はこの青年のこれだけ整った肉体の生理上にも、何か偏ったものがあるのではないかと考えてみた。これだけつき合った間に気がついただけでも、飯の菜、菓子の好みにも種類があった。酸味のある果物は喘《あえ》ぐように貪《むさぼ》り喰《く》った。道端に実っている青梅は、妊婦のように見逃がさず※[#「※」は「手へん+宛」、第3水準1-84-80、648-中-4]《も》いで噛《か》んだ。
「喰ものでも変っているのね、あなたは」
「酸っぱいものだけが、僕のマイナスの部分を刺戟《しげき》するロマンチックな味です」
 規矩男には散歩の場所にもかたよった好みがあった。
 規矩男は母の命令で食料品の買付けに、一週一度銀座へ出る以外には、余所《よそ》へ行かないといっているとおり、東京の何処のこともあまり知らない様子。武蔵野のことは委《くわ》しかったが、それにも限度があった。彼の家のある下馬沢を中心に、半径二三里ほど多少|歪《ゆが》みのある円に描いた範囲内の郊外だけだった。武蔵野といってもごく狭い部分だった。それから先へ踏み出すときは、
「僕には親しみが持てない土地です。引返しましょう」とぐんぐんかの女を導き戻した。
 そんな時、規矩男の母にもこういう消極的な我儘《わがまま》があるのかしら……などと、かの女はいくらかの反感を、まだ見ぬ規矩男の母に持ったこともあったが、かの女はここにもまた、幾分母の影響を持つ子の存在を見出して、規矩男もその母もあわれになった。それに規矩男の好みの狭い範囲には、まったく美しい部分があった。そしてかの女は規矩男と共に心楽しく武蔵野を味わった。躑躅《つつじ》の古株が崖《がけ》一ぱい蟠居《ばんきょ》している丘から、頂天だけ真白い富士が嶺を眺めさせる場所。ある街道筋の裏に斑々《はんぱん》する孟棕藪《もうそうやぶ》の小径《こみち》を潜《くぐ》ると、かの女の服に翠色が滴り染むかと思われるほど涼しい陰が、都会近くにあることをかの女に知らした。
 二人はある時奥沢の九品仏《くほんぶつ》の庭に立った。
「この銀杏《いちょう》が秋になると黄鼈甲《きべっこう》いろにどんより透き通って、空とすれすれな梢《こずえ》に夕月が象眼したように見えることがあります」
 おっとりとそんな説明をする時の規矩男の陰に、いつも規矩男から聞いたその母の古典的な美しい俤《おもかげ》も沁々《しみじみ》とかの女に想像された。
 これ等の場所は普通武蔵野の名所と云われている感どころより、稍々《やや》外れて、しかも適確に武蔵野の情趣を探らせて呉《く》れるだけに、かの女には余計味わい深かった。こうして歩いているうちに、かの女はもう可成り規矩男に慣れてしまって、規矩男をただよく気のつく、親切な若い案内者ぐらいの無感覚に陥り易《やす》くなった。銀座でむす子の面影をどうしてこの青年の上に肖《に》せて看《み》て取ったのか、不思議に思った。それももう遠い昔の出来事で、記憶の彼方に消えて行って仕舞ったように思えた。だが規矩男は今だにときどきかの女のむす子のことを訊《き》きたがった。
「僕には判る気がしますよ。あなたを妹のように可愛《かわい》がるむす子さん。あなたと性質が似て居て、しかもすっかり表面の違っているむす子さんでしょう」
 かの女はむす子のことをこの青年に話すことは、何故かこの頃むす子に対する気持を冒涜《ぼうとく》するように感じて、好まなくなっていた。それを訊かれると同時に、何か違った胸の奥の場所から不安が頭を擡《もた》げて来て、訊《たず》ねられた機会を利用し、逆に規矩男から、少しずつ規矩男の身の上を訊き溜《た》めようとした。
「それよりあなたお母さんに私を逢《あわ》す前に、私に話すことがあると云ったわね。あれ何のこと」彼女は暫《しばら》く考えて、「あれことによったらあなたのラブ・アフェヤーにでも就《つ》いてではなくって」
「なぜ云い当てたんです」
「だってあなたくらい、ませた[#「ませた」に傍点]人、この年までラブ・アフェヤーのない筈《はず》はないもの。それを、今まで私に話さなかったもの。あなたの事情という事情は大がい聞いたあとに、残っているのはそればかりでしょう。しかも一番重大なことだからあとに残したってような、逆順序にしたんでしょう」
「やり切れないな。だがまあ、そうしときましょう。処でその事あんまり貧弱なんで僕恥しいんです」
 規矩男は本当に恥じているように見えた。
「それよりも、今日はあなたのその靴木履《くつぽっくり》で、武蔵野の若草を踏んで歩く音をゆっくり聴かして頂くつもりです」
 規矩男はわざと気取ってそういうのか、それとも繊細なこういう好みが、元来、彼に潜んでいるためか、探り兼ねるような無表情な声で云って、広い往還を畑地の中へ折れ曲った。其処の蓬若芽《よもぎわかめ》を敷きつめた原へ、規矩男は先にたって踏み入った。長い外国生活をして来てまだ下駄《げた》に馴《な》れないかの女は、靴を木履のように造らせて日本服の時用いるための履きものにしていた。そのゴム裏は、まるで音のないような滑らかな音をひいて、乙女の肌のような若芽の原を渡るのだった。
 規矩男が進んで話さない恋愛事件を、あまり追及するのも悪どいと思って、かの女は規矩男が靴木履と云った自分の履きものを、右の足を前に出して、ちょっと眺めた。
「なるほど、靴木履。うまい名前をつけましたね」
 台は普通の女用の木履|爪先《つまさき》に丸味をつけて、台や鼻緒と同じ色のフェルトの爪覆《つまおお》いを着せ、底は全部靴形で踏み立つのである。「この履きものおかしいですか。人からじろじろ見られて、とても恥しいことがあるのよ」
「いえ、そんなことありません。だが、あなたは必要上から何事でも率直にやられるようですね、そのことが普通の世間人にずいぶん誤解され勝ちなんでしょう」
 かの女は、それは当っていると思った。しかし、真面目《まじめ》に規矩男の洞察に今更感謝する気にもなれなかった。かの女は誤解されても便利の方がいいと思うほど数々受けた誤解から、今や性根を据えさせられていた。かの女は、同情の声にはただ意志を潜めて、ふふふと小さく笑うだけだった。
「オリジナリティがあって立派なものですよ。威張って穿《は》いてお歩きなさいよ。春の郊外の若草の上を踏むのなんかには、とりわけ好いな」
 規矩男は一寸《ちょっと》考えてまた云い続けた。「そういうオリジナリティが僕の母なんかにはまるでない」
「なまじいオリジナリティなんかあるのは自分ながら邪魔ですよ」
「そうだ。あなたはご自分の天分でもなんでも、一応は否定して見る癖があるんだな……癖か性質かな。それがあなたをいつも苦しめてるんでしょう。けどそれが図破抜《ずばぬ》けたあなたの知性やロマン性やオリジナリティに陰影をもたせて、むしろ効果を挙げているのではありませんか」
「でもうちの先生は、それが私にどれ程損だかって、いつも云っているのよ」
「先生は実は一番あなたのその内気な処を愛していらっしゃるんじゃないですか……むす子さんも……」
 かの女はむす子が巴里《パリ》の街中でも、かの女を引っ抱えるようにして交通を危がり、野呂間《のろま》野呂間《のろま》と叱《しか》りながら、かの女の背中を撫《な》でさするのを想《おも》った。かの女は自分の理論性や熱情を、一応否定したり羞恥心《しゅうちしん》で窪《くぼ》めて見るのを、かの女のスローモーション的な内気と、どこ迄一つのものかは、はっきり判らなかったが、かの女は自分の稚純極まる内気なるものは、かの女の一方の強靱《きょうじん》な知性に対応する一種の白痴性ではないかとも思うのである。かの女が二十歳近くも年齢の違う規矩男と歩いていて殆《ほとん》ど年齢の差も感ぜず、また対者にもそれを感ぜしめない範囲の交感状態も、かの女の稚純な白痴性がかの女の自他に与える一種の麻痺状態《まひじょうたい》ではなかろうかと、かの女は酷《きび》しく自分を批判してみるのである。かの女の肉体(かの女の肉体も事実年齢より十歳以上も若いのだと、かの女の薬にいつも小児散を盛り込む或る医者が云った)か精神のはげしい知性のほかの一個所に非常に白痴的な部分があり、その部分の飛躍がかの女の交感の世界から或る人々を拉《らつ》し来《きた》って、年齢の差別や階級性を自他共に忘れさせる――或る時期からの逸作は、かの女を妻と思うより娘のように愛撫《あいぶ》し、むす子は妹のように労《いたわ》り、現に規矩男という怜悧《れいり》な意志を持つこの若者までが、恰《あたか》も同年輩か寧《むし》ろあるときは年少の女性に向うような態度をかの女にとって当然としている。その他の友達。そしておかしなことにはかの女自身まで――かの女には二十四五歳位からの男女を見ると、むしろ自分より実世界に於ける意志も生活能力も偉《すぐ》れた人のように往々見える。この普通常識から批判すれば痴呆《ちほう》のような甘いお人好しの観念が、時にかの女の知性以上に働いて、かの女を非常に謙遜《けんそん》にしたり、時には反対に人を寛大に感じさせ過ぎてかの女を油断に陥れる……
 かの女が黙って考えているのを規矩男は気づかった。
「僕があれ[#「あれ」に傍点]を隠しているのが悪いかしら」
「そうじゃないの。私、時々飛んでもないよそ[#「よそ」に傍点]事をふっと考え込んじまう癖があるのよ」と云っても規矩男はその事とばかり思い込んで、彼の許嫁《いいなずけ》に就《つ》いて語り出した。
「つまり僕のあれは[#「あれは」に傍点]――始めは親達が決めて、あとで恋人同志のような気持になり、今はまた恋がなくなって(僕の方だけで)普通の許嫁と思ってるんですけれど――その女はオリジナリティも熱情もないくせに、内気な所も皆目なくって、その上熱情がある振りをしたがるという風な女です。唯《ただ》取柄なのは、家庭や団体なんかが牛耳《ぎゅうじ》れそうな精力的なところなんですが……僕あそんなもの欲しくないんです」
「そうお。だけど誰のどんな取柄だって、よく見てれば好いものでしょう」
「でも、そう云ってたらきりもありません。人間の好きも嫌いもなくなっちまう」
「まあそれはそうだけど」
 往還のアスファルトに響いて多摩川通いのバスが揺れながら来た。かの女等はそれを避けて畑道へそれた。畑地には、ここらから搬出する晩春初夏の菜果が充《み》ちていた。都会人のまちまちな嗜好《しこう》を反映するように、これ等の畑地のなりもの[#「なりもの」に傍点]や野菜は一定していなかった。茄子畑《なずばたけ》があると思えば、すぐ隣に豌豆《えんどう》の畑があった。西洋種の瓜《うり》の膚が緑葉の鱗《うろこ》の間から赤剥《あかむ》けになって覗《のぞ》いていた。畦《あぜ》の玉蜀黍《とうもろこし》の一列で小さく仕切られている畑地畑地からは甘い糖性の匂《にお》いがして、前菜の卓のように蔬菜《そさい》を盛り蒐《あつ》めている。見廻《みまわ》す周囲は松林や市街のあふれらしい人家に取囲まれていて、畑地の中のところどころに、下宿屋をアパート風に改造した家が散在し、二階から人の頭が覗いていた。


 散歩の日によって、かの女と規矩男とは気持の位置が上下した。かの女の方が高く上から臨んでいたり、規矩男の方が嵩《かさ》にかかったり――今日は×大学の前で車を乗り捨てて、そこで待ち合せていた規矩男にかの女は気位をリードされ勝ちだった。経験によると、こういう日に規矩男の心は何か焦々と分裂して竦《すくま》って居り、何か分析的にかの女に突っかかるものがあった。何かのはずみでまた許嫁の話になると、規矩男はまるでかの女が無理にその女性を規矩男に押しつけてでもいるような、云いがかりらしい口調を洩《も》らしたり、少しの間かの女がむっつりと俯向《うつむ》いて歩いていると、規矩男はだしぬけに悪党のような口調で云った。
「あなたは一本気のようでそうとう比較癖のある方らしい。僕の女性と巴里のむす子さんのと較《くら》べて考えてらっしゃるんじゃありませんか」
 これはかなり子供っぽい権柄《けんぺい》ずくだ。
「どうしたの。そんな云い方をして」
 かの女は不快になってたしな[#「たしな」に傍点]めた。
「較べて考えるとすれば、私はあなたの好みとむす子の好みと女性の上では実によく似てると思っていたのよ」
 すると規矩男はぽかんとした気を抜いた顔をして、鼻を詰め口を開《あ》けて息をした。
「怒るならあやまりますよ。どうも自分でも今日は気分の調子が取りにくい気がします」規矩男は駄々児《だだっこ》のように頭を振った。
「むす子に女性が出来てるかどうかまだ知らないけれど、私むす子の好きそうな女性を道ででも何処ででも見つけるとみんな欲しくなっちまうの。だけどそのなかに女特有の媒介性が混っているんじゃないかと思って、時々いやあな[#「いやあな」に傍点]気もするのよ」
 かの女はむす子ばかりにこだわってるようで規矩男に少し気の毒になり、わざと終りを卑下して云った。
 畑のなりもので見えなかったが、近寄ると新しく掘った用水があって、欄干《らんかん》のない橋がかかっていた。水はきれいで薄曇りの空を逆に映して居り、堀の縁には桜の若木が並木に植付けてあって、青年団の名で注意書きの高札が立っていた。
「みんな几帳面《きちょうめん》だなあ」規矩男は女性の問題はもう振り落したように独言を云った。
 水を見て、桜木の並木を見て、高札を読んで、空を仰いでから、ちょっと後のかの女を振り返って、規矩男は更に導くように右手の叢《くさむら》の間の小径《こみち》へ入った。そこにはかの女が随《つ》いて行くのを躊躇《ちゅうちょ》した位、藪枯《やぶがら》しの蔦《つた》が葡《は》い廻っていた。
 規矩男は小戻りして、かの女から預っているパラソルで残忍に草の蔓《つる》を薙《な》ぎ破り、ぐんぐん先へ進んだ。かの女はあとを通って行った。
 雑木林の傾斜面を削り取って、近頃|拓《ひら》いたらしい赤土の道が前方に展開された。午後三時頃と覚える薄日が急にさして、あたりを真鍮色《しんちゅういろ》に明るくさせ、それが二人をどこの山路を踏み行くか判らないような縹緲《ひょうびょう》とした気持にさせた。
「まあこんなところがあるの」かの女は閃《ひらめ》く感覚を「猫の瞳《ひとみ》」だの「甘苦い光の澱《よど》み」だのと手早くノートしていると、規矩男は浮き浮きした声で云った。
「何? インスピレーション採っているの? 歌のですか」
「ふふふふ、歌のよ」
 かの女はこのプラスフォーアを着たナポレオン型の美青年と歌の話をするのもどうかと無関心な顔をして、今日の規矩男の気勢を避けるため、さっきから持ち出していた小ノートに尚《なお》自分勝手な目前の印象を書き続けて行った。
「僕はあなたの歌を一昨夜母から見せられましたよ」
「あなたお母さんに私の事話しましたか」
「話しました」
「どうして知り合いになったって?」
「そんなこと気にかけないで下さい。僕だって文学青年だったこともあるもの、何も不思議がりはしませんよ。母はむしろ嬉《よろこ》んでいる様子でした。二三ヶ月前の雑誌から目つかったあなたの歌なんか僕に見せるくらいですもの。或はそれとなく心がけて見つけたんじゃないかな」
「…………」
「やっぱり巴里《パリ》のむす子さんへの歌だったな。『稚《おさ》な母』って題で連作でしたよ」
「…………」
「沢山あった歌のなかで一つだけ覚えてて僕暗記してます――鏡のなかに童顔写るこのわれがあはれ子を恋ふる母かと泣かゆ――ねえ、そうでしたね」
 突然、かの女は規矩男と若い男女のように並んで歩いている自分に気がついた。つぎ穂のないような恥しさがかの女を襲った。それからかの女は突飛《とっぴ》に言って仕舞った。
「あなたの許嫁《いいなずけ》にも逢《あ》わしてよ」
 かの女は立ち停《どま》って眼を閉じた。が、やがて何もかも取りなすような逸作のもの分りの好い笑顔が、かの女の瞼《まぶた》の裏に浮ぶと、かの女は辛うじて救われたように、ほっと息をして歩き出した。
「どうかしましたか」
と規矩男が傍へ寄って来るのを、かの女は押しのけてどんどん歩き出した。


 規矩男の家は武蔵野の打ち続く平地に盛り上った一つの瘤《こぶ》のような高まりの上に礎石を載せていた。天井の高い二階建ての洋館は、辺りの日本建築を見下すように見える。赤い煉瓦《れんが》造りの壁面を蔦蔓《つたづる》がたんねんに這《は》い繁ってしまっている。棲家として一番落着きのある風情を感じさせるものは、イギリスの住宅建築だということを、規矩男の父親は、その外国生活時代に熟々《つくづく》感じたので、辺りの純日本風景にはそぐわないとも考えたが、そんな客観的の心配は切り捨てて、思い切り純英国式の棲家を造らせ、外国で使用した英国風の調度類を各室にあふれるように並べて、豊富で力強い気分を漂わせた。建築当初は武蔵野の田畑の青味に対照して、けばけばしく見え、それが却《かえ》ってこの棲家を孤独な淋しい普請のようにも見させたが、武蔵野の土から生えた蔦が次第にくすみ行く赤煉瓦の壁を取り巻き、平地の草の色をこの棲家の上にも配色すると、大地に根を下ろした大巌《おおいわ》のように一種の威容を見せて来た。
 正面の石段を登ると、細いバンドのように閂《かんぬき》のついた木扉が両方に開いて、前房《ヴェルチビュル》は薄暗い。一方には二階の明るさを想《おも》わせる、やや急傾斜の階梯《かいてい》がかっちりと重々しく落着いた階段を見せている。錆《さ》びた朱いろの絨緞《じゅうたん》を敷きつめたところどころに、外国製らしい獣皮の剥製《はくせい》が置いてあり、石膏《せっこう》の女神像や銅像の武者像などが、規律よく並んでいる。
 かの女を出迎えて、それからサロンへ導いた規矩男の母親は、
「毎度、規矩男がお世話さまになりますことで」
と半身を捩《ね》じらして頭を下げた。もっともその拍子にかの女の様子をちらりと盗《ぬす》み視《み》したけれども、かの女はどこの夫人にもあり勝ちな癖だからと、別にこれをこの夫人の特色とも認めることは出来なかった。
 かの女は普通に礼を返した。
 話はぽつんとそれで切れた。好奇心で一ぱいのかの女には却って何やかや観察の時間が与えられ都合がよかったが、常識的の社交の儀礼に気を使うらしい夫人は、ひどく手持ち無沙汰《ぶさた》らしく、その上茶を勧めたり菓子を出したりして、沈黙の時間を埋めることを心懸けているように見えた。
 かの女は、まず第一に夫人を美人だなと思った。それは昔風の形容の詞句を胸のうちに思い泛《うか》べさせる美人だなと思った。いわゆる瓜実顔《うりざねがお》に整った目鼻立ちが、描けるように位置の坪に嵌《はま》っていて、眉《まゆ》はやや迫って濃かった。かの女は逸作の所蔵品で明治初期の風俗を描いた色刷りの浮世絵や単色の挿画を見て知っていた。いわゆる鹿鳴館時代《ろくめいかんじだい》と名付ける和洋混淆《わようこんこう》の文化がその時期にあって、女の容姿にも一つタイプを作った。江戸前のきりりとして、しかも大まかな女形男優顔の女が、前髪を額に垂らしたり、束髪に網をかけたりしていた。そして襟の詰った裾《すそ》の長い洋装をしていた。
 いま夫人は髪や服装を現代にはしているが、顔立ちは鹿鳴館時代の美人の系統をひくものがあった。土着の武蔵野の女には元来こういうタイプがあるのか、それともこの夫人だけが特にこういう顔立ちに生れついたのか、かの女は疑いながら、しかし無条件に通俗な標準の眼から見たら、結局こういうのが美人と云えるのではないかと思ったりした。蔦の葉の単衣《ひとえ》が長身の身体に目立たぬよう着こなされていた。
「この辺は藪《やぶ》がありますので、春の末からもう蚊が出ますのでございますよ。お気をつけ遊ばせ」
と、ちょっと何か払うようなしなやかな手つきをして、更に女中の持って来た果物を勧めたりした。
 始終七分身の態度で、款待《もてな》しつづけ、決してかの女の正面に面と向き合わない夫人の様子に、かの女は不満を覚えて来た。
「奥さま、もう結構でございますわ。勝手に頂戴《ちょうだい》いたしますから」かの女はなおもシトロンの壜《びん》の口をあけて、コップの口に臨ませて来る夫人を軽く手で制してそう云った。「それよりか、奥さまにもお楽にして頂いて、何かお話を承りとうございますわ」
「恐れ入ります」
 夫人はやっとソファの端に膝《ひざ》を下ろした。しかし、両手で袖口《そでぐち》を引っぱってから畏《かしこ》まるように膝を揃《そろ》え、顎《あご》を引いて、やっぱり顔を伏せ気味にしている。
 かの女はすこし焦《じ》れて来た。ひょっとしたら自分の息子と交際のある年上の女性というところをおかしく考え、一種の反意をこういう態度によって示すのではないかしらと、僻《ひが》みをさえ覚えた。かの女は何とか取做《とりな》さねばならぬと考えた。かの女は、
「規矩男さんは、なかなかしっかりしていらっしゃいますね」と云って、あまり早く問題を提議したような流暢《りゅうちょう》でない気持がした。
 夫人は息子のことを云われて、何故かぎょっとしたようであった。はじめて正面にかの女を見た。
「そうでございましょうか。なにしろ父の死後女親一人で育てたものでございますから、万事行き届かぬ勝ちでございまして」
 夫人の整った美しい顔に憐《あわ》れみを乞《こ》うような縋《すが》りつき度《た》いような功利的な表情が浮んで、夫人の顔にはじめて生気を帯ばした。
 はじめからこの顔のどこが規矩男に似てるのだろうかと疑っていたかの女は、はじめて相似の点を発見した。それは規矩男が、一番平凡になって異性に物ねだりするときの顔付きであった。この相似を示す刹那《せつな》を通じて、規矩男の眼鼻立ちの切れ目に母親の美貌《びぼう》の鮮かさが伝っているのがはっきり観《み》て取れた。
 夫人は心安からぬ面持ちを続けながら、
「なにしろわざと大学へは入学をおくらせて、ただぶらぶら遊んで居りますし、ときどき突拍子もないことを云い出しますし、私一人の手に負えない子でして、奥さまのようなお偉い方とお近付きになりましたのを幸い、あれに意見して頂き、また今後の教育の方法に就《つ》いてもお伺いもして見たいとは思って居りましたのですが、あんまり無学なお訊《たず》ね方をするのも失礼でございますし」夫人は両袖《りょうそで》を前に掻《か》き合せた。
 かの女は夫人をあわれと思い乍《なが》ら頓《とみ》に失望を感じた。あれほどの複雑な魂を持つ青年の母としては、あまりに息子の何ものをも押えていない母。ただ卑屈で形式的な平安を望むつまらない母親である。なるほど規矩男が、かの女に母を逢《あ》わせることを躊躇《ちゅうちょ》したのも無理はないと、かの女は思った。
「そんなことごさいませんわ。むす子を持ちます母親同志としてなら、何誰とどんなお話でも出来ますわ」
 かの女はそう云って、相手に対する影響を見ているうちに微《かす》かな怒りさえこみ上げて来た。もしこの上、この母親に不甲斐《ふがい》ない様子を見続けるなら、
「ぐずぐずしているなら、あなたのあんないいむす子さん奪《と》っちまいますよ」と云ってやり度《た》い位だった。
 だか夫人は、かの女のそういう心の張りを外の方へ受けて行った。
「失礼ですけれど、あなたはそんなむす子さんがおありのようにお見受け出来ません。あんまりお若くて」
 かの女はこの際「若い」と云われることに甘暖かい嫌悪を感じた。
 今までの款待《もてなし》の上に女中がまたメロンを運んで来た。すると夫人は、またその方に心を向けてしまって、これは近所で自慢に作る人から貰ったとか、この片が種子が少いとか、選《よ》り取るのに好意を見せて勧めにかかった。
 そんなことにばかりくどくかかずらっている母親にかの女は落胆して、もうどうでもいいと思った。自分の息子が大事だ。人のむす子やその母親のことなど、心配する贅沢《ぜいたく》はいらないと思った。しかし規矩男のぶすぶす生燃えになっているような魂を考えると、その母をも、もう少し何とかしてやりたいと諦《あきら》め兼ねた。窓の外の木々の葉の囁《ささや》きを聴き乍《なが》ら、かの女は暫《しばら》く興醒《きょうざ》めた悲しい気持でいた。すると何処かで、「メー」と山羊《やぎ》が風を歓《よろこ》ぶように鳴いた。
 さっきから、かの女の瞳《ひとみ》を揶揄《やゆ》するように陽の反射の斑点《はんてん》が、マントルピースの上の肖像画の肩のあたりにきろきろして、かの女の視線をうるさがらしていた。窓外の一本太い竹煮草《たけにぐさ》の広葉に当った夕陽から来るものらしかった。かの女はそのきろきろする斑点を意固地《いこじ》に見据えて、ついでに肖像画の全貌《ぜんぼう》をも眺め取った。幸い陽の斑点は光度が薄かったので、肖像画の主人公の面影を見て取ることが出来た。金モールの大礼服をつけた額の高い、鼻が俊敏に秀でている禿齢の紳士であった。フランス髭《ひげ》を両顎《りょうあご》近くまで太く捻《ひね》っているが、規矩男の面立ちにそっくりだった。
 かの女はつと立ち上り、その大額面の下に立ってやや小腰をかがめ、
「これ、規矩男さんの、おとうさまでいらっしゃいましょうか」と云った。
 釣り込まれたようにかの女のそばへ寄って来て、思わず並んで額面を見上げた夫人は、無防禦《むぼうぎょ》な声で、
「はあ」と云ったが、次にはもう意志を蓄えている声で、「これはあんまりよく似ちゃおりません。少し老けております」
と云った。規矩男から彼の父親の晩年の老耄《ろうもう》さ加減を聞いて知っているかの女は、夫人が言訳しているなと思った。年齢に大差ある結婚を、夫人がまだ身に沁《し》みて飽き足らず思っているのを感じた。
「お立派な方ですこと」かの女はしんから云った。
「いえ、似ちゃおりません」
 重ねて云った夫人の言葉は、かの女がびっくりして夫人の顔を見たほど、意地強い憎みの籠《こも》った声であった。そしてなおかの女が驚きを深くしたことは、夫人の面貌や態度に、今までに決して見かけなかった、捨て鉢であばずれのところを現わして来たことだった。夫人は、
「あは、はははは」
 何ということなしに笑ったようだが、その顔や声は夫人が古風な美貌であるだけに、ねびた嫌味があった。
 夫人は自分の変化をかの女に気取られたのを知って、ちょっとしまったという様子を見せ、指を旧式な「髷《まげ》なし」という洋髪の鬢《びん》と髱《たぼ》の間へ突込んで、ごしごし掻《か》きながら、しとやかな夫人を取り戻す心の沈静に努める様子だったが、額の小鬢には疳《かん》の筋がぴくりぴくり動いた。小鼻の皮肉な皺《しわ》は窪《くぼ》まった。
 かの女は目前の危急から逃れ度いような気もちになって、何か云い紛らしたかった。
「規矩男さんは、ご主人に似ていらっしゃいますこと」
「規矩男は主人に似てるといっても形だけなんでございますよ。あれはとても主人のようにはなれますまい」
 ここでまた夫人は白く笑った。
 夫人が云ってる様子は、かの女に云っているのか、独白なのかけじめのつかないような云い方だった。
「奥さま、あなたはさっき規矩男を、なかなかしっかりしてると仰《おっしゃ》って下さいましたが、そう云って下さるお心持は有難うございますけれども、実際規矩男はやくざ[#「やくざ」に傍点]で、世間の評判もよくありません。中学や高等学校はよく出来たんですけれども、それからが一向|纏《まと》まらないんです。多分、老後の父親が、つまらないことを死ぬまで云い聞かせて置いたためでしょう」
「それは規矩男さんからもうかがいました。でも、規矩男さんはいまそういうことに就《つ》いてだいぶ考えていらっしゃるようでございますが」漸《ようや》くかの女は言葉を挟む機会を捉《とら》えた。「大丈夫だと存じますが……」
「そうでございましょうか。わたしはあれが、どうせ主人のようにはなれませんでも、わたくしは何とかしてあの子を、勤め先のはっきりした会社員か何かにして、素性のいい嫁を貰って身を固めさしてやり度いと思うのでございます。それには大学だけは是非出て貰わねばなりません」
 かの女は夫人が、妻の自分にも子の規矩男にも夫の与えた暴戻なものに向って、呪いの感情を危く露出しそうになったのに、どうなることかとはらはらしていた。それもだんだん平板に落着いて来たが、あの規矩男にこういう母親の平凡な待望がかけられているとは、あまり見当違いも甚しく、母子ともに気の毒な感じがする。
 かの女はふと「あの規矩男さんのお嫁さんは、もうお決りのがございますの」と訊《き》いてみる気になった。それはいかにも、互のむす子を持つ母親同志の心遣いらしい会話であるのを思いついたので。
 すると夫人は可成り得意の色を見せて来て、
「はあ。少し義理のある知合いの娘で、気質もごくさっぱりしてますのがございますので、大体親達の間では決めてはいるんですけれども、これも、当人同志の折合い第一ですから、それとなく交際させて見ております」
 夫人はちらとかの女の顔色を見て、
「当人同志も、どうやら気に入り合ってるようでございます」
 そう云って夫人は、またかの女をもてなすために部屋を出て、女中に何かいいつけに行った。昔の恋人の娘をむす子の許嫁《いいなずけ》にした御都合主義も、客に茶菓ばかりむやみにすすめにかかる夫人の無智と同列なのではなかろうか、といよいよかの女は興覚めてくると、其処へ規矩男が、ふざけた子供のようなとぼけた顔をして入《はい》って来た。規矩男はかの女を自分の家へ案内して置いて、
「どうも女の人同志の初対面の挨拶《あいさつ》なんかへ、恥しくって立ち合えませんね」
 と狡《ずる》くはにかんで、書斎の方へ暫く逃げていたのだ。かの女には、それがもう十分規矩男が自分に馴《な》れて甘えて来た証拠のように思えた。かの女はあの母を見たあとにこの規矩男を見、切ない自分の「母子情」を仲介にして自分に近づく運命を持ち、そして自分の心をこれほど捉え、これ程自分に馴れ甘える青年を、自分はもう何処までも引き寄せて愛撫《あいぶ》し続けてやり度い心が、胸の底からぐっとこみ上げて来るのを感じた。 
 

 今日は規矩男の書斎に案内された。二階の一番後方に当った十五畳敷位の洋間である。浅緑のリノリュームが、室の二方を張った硝子窓《ガラスまど》から射《さ》し入る初夏近い日光を吸っている。高い天井は、他の室と同じ英国貴族の邸宅に見るような花紋の浮彫りがしてあり、古代ギリシヤ型の簡素な時計が一個、書籍を山積した大デスクの上壁に、ボタンで留めたようにペッタリと掛っている。その他に装飾らしい何物もない。その室内で非常に目立つ一つのものは、ちょっと見ては何処の国の型かも判らない大型で彫刻のこんだ寝椅子《ねいす》が室の一隅に長々と横はり、その傍の壁を切ったような通路から稍々《やや》薄暗い畳敷きの日本室があり、あっさりと野菊の花を活《い》けた小さな床があった。
 西洋室の二方にはライブラリ型の棚があり、其処には和洋雑多な書籍が詰っていた。だが、机の上の山積の書物にも書架の書物にも、紗《しゃ》のような薄い布が掛けてあって、書物の題名は殆《ほとん》ど読み分けられなかった。かの女がやや無遠慮にその布を捲《まく》ろうとすると、規矩男は手を振って「今日は書物なんかにかかわり度《た》くはないですよ」と止めた。
「だけどあなたは随分読書家なんでしょう」
「まあね」
 規矩男はにやにや笑って、
「それだけに堪《たま》らなく嫌になって、幾日も密閉して、書物の面見るのも嫌になるんですよ。今はその時期です」
「人間にもそんなんじゃない」
「まあそんな傾向がないとは云えませんがね。しかし、人間に対しちゃ責任があるもの、いくら僕だってそんな露骨なことしやしません」
「だって一度恋人だったものがただの許嫁《いいなずけ》に戻ったりして……」
「あのことですか、だって僕は女性がまだあの頃判らなかったし、ただちょっと珍しかったからですよ」
「では、今は珍しくなくって、そして女性が判って来たとでもいうのですか」
「そんなこと云われると、僕はあれ[#「あれ」に傍点]のこと打ち明けなければ好かったと思いますよ。あなたは偉いようでも女だなあ。何も人間の判る判らないのに、順序や年代があると決らないでしょう。本を読んだり年を取ったり、体が育ったりするだけでも、その人の感情や嗜好《しこう》や興味は変って来るでしょう」
「それはそうね。でもその人を貫く大たいの情勢とか嗜好とかの性質は、そう変らないでしょう」
「そうです。それだけに大たいを貫くものにぶっ突からないものは、じきはずれて行くんです」
「それで判ったわ」
「ほんとうですか。書物にだってそうです。自分がその中に書いてあることにむしろ悩まされながら、執着したりかかずらわずにはいられない書物があるでしょう」
「近頃そんな書物に逢《あ》って?」
「シェストフですね。シェストフの虚無を随分苦しみながら噛《か》み締めました。だが、西洋人の虚無は、すでに『否定』という定義的な相手があっての上の虚無です。ですから感情的で痛快ですが、徹底した理智的なものとは云えません。と云って東洋人の虚無は、自然よりずっと冷い虚無です。石か木かに持たすべき思想です。そこで僕等は『何処へ行くべき』です」
「あなたの云うそれは、東洋の老荘思想の虚無よ。大乗哲学でいう『空』とか『無』とかはまるで違うのよ。あらゆるものを認めてそれを一たん無の価値にまで返し、其処から自由性を引き出す流通無碍《りゅうつうむげ》なものということなのよ。それこそ素晴しく闊達《かったつ》に其処からすべての生命が輝き出すということなの。ところが青年というものは、とかく否定好きなものなのよ。肯定は古くて否定は何か新鮮なように思うのね。生命の豊富な資源を使い分けるよりも、否定に片付いている方がむしろ単純で楽なんじゃない?」
「そう云われれば、僕なんか嫌でやり切れないくせに、シェストフの著書に引っぱられているわけが自分でも判るんです」
 女中が紅茶を二つ運んで来て、規矩男の大デスクの上の書籍の空間へ置いて行った。規矩男は一つをかの女に与え、自分も一つを飲みながら、
「今日は母が居ないからご馳走《ちそう》がないな。だけどご馳走攻めされなくて煩わしくないでしょう」
 でもそう云われればかの女は、それが規矩男の母の美点だとさえ思えて来るのである。煩わしいのはそれが形式で、その他の気持の上での分量を何も相手に与えないから、一方の形式が目立ち過ぎて煩わしく感じられるのだ。
「規矩男さんのお母さんは……」
とかの女が云いかけると、
「まあ僕の母のことは好いです」と抑えて、「あなたゴルキーの母という小説を読みましたか」
「ええ、読んでよ」
「あの母は感心というより可愛《かわ》ゆいな」
「ほんとう。母が始めから子供の理論を理解して共鳴したりしない処がむしろ可愛ゆいわね。子供に神様を取り上げられて悄気《しょげ》ながらも、子供の愛と同時にあの思想に引き入れられちまったのね」
「それはそうと、あなたはむす子さんのいいつけ[#「いいつけ」に傍点]通りの着物の色や柄を買って着ると仰有《おっしゃ》ったね。その襟の赤と黒の色の取り合せも?」
「ええ」
「ふーむ、ユニークな母子叙情の表現法だなあ」


 かの女は、枕元《まくらもと》のスタンドの灯を消し、自分の頬《ほお》に並べて枕の上に置いてあった規矩男の手紙を更に夜闇《よやみ》のなかに投げ出した。規矩男の手紙を読み終えてから今までじっと悲しく見つめ考えていたスタンドの灯影の一条が、闇のなかで閉じたかの女の眼の底に畳まり込み、それが規矩男の手紙の字画の線の印象と同じ眼底で交り合い、なかなか眠りに入れそうもない。
 規矩男の手紙には、かの女と逢わなくなったこの短時日の間に経た苦難の後の気持から出た響きがあった。
[#ここから1字下げ]
 ……(前略)あなたが、あなたの母子情を仲介にして若い男に近づいていることが無意識にもせよ、あなたの母子情を利用しているようで堪えられないと仰有《おっしゃ》れば、僕とても、僕に潜在していた不満な恋愛感を、あなたに接触することで満足させようとしたと云われても――否むしろ僕自身そう僕を観察さえするようになりました。あなたの潔癖があなたの母子情を汚涜《おとく》することとして、それをあなたに許さないように、僕もあなたのその潔癖を汚しては済まないと思います。で、あなたとの御交際をこれ切りで打ち切らなければならないことも諒解《りょうかい》出来ました。しかし茲《ここ》で僕に少しく云わして頂き度い。あなたと僕と「性」の対蹠的《たいせきてき》な要素を無視して交響し合うことが出来なかったのは、かえりみて僕にもはっきりと判って来ましたが、僕は負け惜しみではありませんが、それを直《す》ぐフロイドのように性慾の本能というハッキリしたものへ持って結び付けることは浅はかだと思います。なぜなら、その本質はどこ迄も一元より更に基本性を帯びた根元の人間感覚では、空虚という絶対感に滅入してしまうより仕方のない奥深いところで結び合う――あのいつぞやあなたと話し合いましたね、ローレンスの文学を構成している性――あれですね。ローレンスの性の根本的意義はもちろん一方に性慾も含まれているには違いないが、もっと両性の細胞の持つ電子のプラスとマイナスの配合の問題として考え度《た》いと、あなたは仰有《おしゃ》いましたね。今にして思えば、僕等は僕等の性のおつき合いをあの解釈にあてはめ度いと思うのです。あたりまえのようで不思議なのは、あなたも僕も同じ熱情的であり自我的でありながら、それが空虚の心境にまで進んでいたことです。しかし、違うところ――つまりプラスとマイナスの相違となったのは、あなたのは何処までも教養で得た虚無であり、僕のは自我と熱情で強引に押し進めて行った結果のコチコチの殻を背負った虚無なのです。                
 僕は仄《ほの》かに力強いものをあなたに感じました。これ以上説明しにくいですが強いて云えば、あなたの空虚は――照らしているものの空虚――存在の意識を確めさせる空虚――夢中で弾ませる空虚――自然に在っては、微《かす》かな風に吹かれているときの花の茎に認められ――人間に在っては、一種の独断的な無心な状態に於けるとき湛《たた》えられている、あの何とも知れない無限で嫋《たお》やかな空虚――(後略)
[#ここで字下げ終わり]

 かの女は自分を虚無の殻に押し込め乍《なが》ら、まだまだ其処から陽の目を見よう見ようと※[#「※」は「足へん+宛」、第3水準1-92-36、658-上-27]《もが》いている規矩男の情熱の赤黒い蔓《つる》を感じる。そしてその蔓の尖《さき》は、上へ延びようとして却《かえ》って下へ深く潜って行く……かの女は自分を潔くするためにそれを見殺しする自分の行為が、勝手がましくも感ぜられて悲しい。かの女は自分の娘時代の寂しくも熱苦しかった悶《もだ》えを想《おも》い出した。
(山に来て二十日経ぬれどあたたかくわれをいたはる一樹だになし――娘時代のかの女の歌より)精神から見放しにされたまま、物足りなさに啜《すす》り泣いていた豊饒《ほうじょう》な肉体――かの女が規矩男のその肉体をまざまざ感じたその日、かの女は武蔵野へ規矩男を無断で置いて来た。それが最後で規矩男からかの女は訣《わか》れ去って来て仕舞ったのであった。
 その日規矩男の書斎から出た二人は、また武蔵野の初夏近い午後をぶらぶら歩き出した。一度日が陰って暗澹《あんたん》としたあたりの景色になったが、それを最後に空は全体として明るくなって来た。木々の若芽の叢《くさむら》が、垂れた房々を擡《もた》げてほのかに揮発性の匂《にお》いを発散する。山中の小さい峠の下り坂のようになって来た小径《こみち》は、赤土に湿りを帯びていて、かの女の履きものの踵《かかと》を、程よい粘度で一足一足に吸い込んだ。
 規矩男はまだシェストフについて云い続けていた。そして彼が衷心の感想を話す時のてれ[#「てれ」に傍点]隠しに、わざと昂然《こうぜん》とした態度を採る。その癖で今日も彼独得の陰性を帯びた背の反らし方をして、右手を絶えずやけに振り廻《まわ》していた。
「虚無でなければ無限絶対でないにしても嫋やかで魅力が無ければ僕たち人間には訴えて来ません」
 規矩男の云うことはだんだん独語的になって、何の意味か、かの女にも判らなくなって来た。しまいには規矩男はナポレオンの晩年の悲運を思わせる、か細く丸く尖《とが》った顎《あご》を内へ引いて苦笑した。稚気を帯びた糸切歯の根元に細い金冠が嵌《はま》っている。かの女は急に規矩男が不憫《ふびん》で堪《たま》らなくなった。かの女の堰《せ》きとめかねるような哀憐《あいれん》の情がつい仕草に出て、規矩男の胸元についているイラクサの穂をむしり取ってやった。高等学校の制服を、釦《ボタン》がはち[#「はち」に傍点]切れるほどぴったり身につけている。胸の肉は釦の筋に竪の谷を拵《こしら》えるほどむっちり盛り上っている。紺サージの布地を通して何ものかを尋ね迫りつつ尋ねあぐんでいる心臓の無駄な喘《あえ》ぎを感ずると、何か優しい嫋やかなものに覆い包んで、早くこの若者を靉靆《あいたい》とした気持にさせてやりたい薄霧のような熱情が、かの女の身内から湧《わ》きあがった。

 ……かの女は無言で規矩男の手を…………ただそれだけであったけれど……。

 かの女は唐突として規矩男から逃げ、武蔵野のとある往還へ出るまでのかの女は、ほとんど真しぐらに馳けた。その間雑木林の下道のゆるやかな坂を曲り、竹煮草《たけにぐさ》の森のような茂みの傍を通り、仄白い野菊の一ぱい咲いている野原の一片が眼に残り、やがて薄荷草《はっかそう》がくんくん匂って里近くなってきた往還で、かの女はタクシーを拾って、東京の山の手の自宅へ帰って来た。かの女の顔色は女中に見咎《みとが》められる程真青だった。かの女は自分の部屋へ入って半病人のように机の前に坐《すわ》ると「もう逢《あ》わない。もう逢わない」こう独言を云ってから規矩男に簡単な絶交状めいた手紙を書いた。
 その夜、かの女は晩《おそ》く、こんなことを話し合える夫と妻とについて内心不思議がりながら、逸作に規矩男と自分との経過のあらましを話した。
「はははは……。そんなことだったのか、そうかははは……。だけどお蔭で君の一郎熱が近頃余程緩和されてたね。なあに規矩男君にも時々逢うさ。そして一郎熱を緩和しながら、君ももうすこし落着いて仕事にかかりたまえ」
 逸作はこう云って莨《たばこ》に火をつけ、軽く笑い続け乍らかの女をまじまじと視《み》ていたが、
「きみい(君)、規矩男君の許嫁《いいなずけ》や僕に済まないと思わないで、一郎にばかり済まないって面白いなあ……ははは……」
「……その済まなさも私の何処かに漠然と潜んでいたには違いないのよ。でもそれは単なる道徳上の済まなさになるんだから、そんなに強いもんじゃないでしょう。こっちはしんからびりびりッと本能の皮膚にさわって来たのよ、もっともこの問題はむす子を仲介にして始まったんですから、むす子への済まなさが中心になったのがあたり前でしょうけど」
 かの女はそう云って仕舞って、ふっと涙ぐんだ。かの女が何と云い訳しようとも、道徳よりも義理よりも、そしてあんなにも哀切な規矩男への愛情よりも、もっと心の奥底から子を涜《けが》したくなかった母の本能、しかく潔癖に、しかく敏感に、しかく本能的にもより本能的なる母の本能――それには、「むす子に済まない」そんなまだるい一通りな詞が結局当て嵌るべくもないのに、今更かの女は気がついた。むす子の存在の仲介によって発展した事情に於て××××……それを母の本能が怒ったのだ、何物の汚涜《おとく》も許さぬ母性の激怒が、かの女を規矩男から叱駆《しっく》したのだ。


 四五年の日月が経過した。
 むす子の画業は着々進んでいるらしく、ラントランシジャンとかそう云った手堅い巴里新聞《パリしんぶん》の学芸欄に、世界尖鋭画壇《せかいせんえいがだん》の有望画家の十指の一人にむす子の名前が報じられて来るようになって来た。むす子はその中でも最年少者で唯一の日本人であるだけに、特別の期待の眼を向けられている様子だった。
「まあ一郎が、まあ嘘《うそ》みたいな話ね。でも有難いわ。やっぱり真面目《まじめ》にやって呉《く》れたのね」
 かの女には僥倖《ぎょうこう》という気持と、当然という自信に充《み》ちた気持とが縺《もつ》れ合った。
 芸術という難航の世界、夫をそれに送りつけ、自分もその渦中に在る。つくづくその世界の有為転変を知るかの女は、世間の風聞にもはや動かされなくなっているにしても、しかし、それを通じて風浪の荒い航行中に、少くともかの女のむす子は舵《かじ》を正しく執りつつあるのを見て取った。健気《けなげ》なむす子よ、とかの女は心で繰り返した。
「やっぱり君の子だ」
 夫の逸作は、彼もうれしさを抑え乍ら、はたで鷹揚《おうよう》に見ている態度だった。年少の画学生時代に貧困で巴里留学を遂げられなかった理想の夢を、彼は今やむす子に実現さしている。運命に対する復讐《ふくしゅう》の快さを味わっている。それだけで満足している。
 だのにむす子は真摯《しんし》な爪を磨いて、堅い芸術の鉄壁に一条の穴を穿《うが》ちかけている。彼は僥倖《ぎょうこう》というよりも、これをむす子の本能と見るよりしか仕方がなかった。
「やっぱり君のむす子だ」
 逸作は、はじめかの女にいった言葉の意味と違った感慨をもって同じ言葉を二度云った。
「なにしろ、芸術餓鬼の子だからね」
 するとかの女はからからと笑った。
 芸術餓鬼といわれて、怒りも歓《よろこ》びもしないで、かの女のただ笑うだけである笑いには、寒白いものがあった。
 兄弟の中で、二人までこの道に躓《つまず》いて生命を滅したものを持つかの女は、一家中でこの道に殉ずる最後唯一の人間と見なければならなかった。木の芽のような軟《やわらか》い心と、火のような激情の性質をもった超現実的な娘が、これほど大きくなったむす子を持つまでに、この世に成長したのは不思議である。そして、芸術という正体の掴《つか》み難いものに、娘時代同様、日夜、蚕が桑を食《は》むように噛《か》み入っている。
 逸作には、人間の好みとか意志とかいうもの以上に、一族に流れている無形な逞《たくま》しいものが、かの女を一族の最後の堡塁《ほるい》として、支えているとしか思えなかった。それは既に本能化したものである。盲目の偉大な力である。今や、はね散って、むす子の上に烽火を揚げている。逸作は実に心中|讃嘆《さんたん》し度《た》いような気持もあり乍《なが》ら、口ではふだんからかの女に「芸術餓鬼」などとあだ名をつけてからかって居る。


 或る日勤め先から帰って来た逸作がかの女に云った。
「おいおい、この間|巴里《パリ》から帰って来た社(逸作の勤め先)の島村君が態々《わざわざ》僕に云いに来たんだ。一郎君によく巴里で逢《あ》いました。実にしっかりやっておいでです。僕が何よりも嬉《うれ》しく思ったのは、一郎君が僕は僕をこんなに暮させていて呉《く》れるあんな親を持って仕合せです。否仕合せと思わなければならないといつも思ってますって、一郎君が云われたことです、とさ」
 かの女は手を合わせて拝み度くなった。それは何処へかわからない、ただ有難い。徒《いたず》らに大きな理想を持っても万人は愚か、自分自身でさえ幸福になり得ない非力な人間が、ともかくもわが子とは云え、一人立派に成長した男子を今や完全な幸福感に置いている――それでまた親の責務の一端が肩から降りた気もするのである。かの女はいつも思っている。こんな生きる責務の重い世の中へ親あればこそ生れ来たった子。この世に出ようという意志が子にあって、自ら進んで出て来たわけでもないものを、親は先《ま》ず本能愛以外の明瞭《めいりょう》な責任観念からも、この世に於ける子の運命の最大責務者とならなければならない。その子に仕合せと一言でも感謝されるまでには、幾多の親の責任感と切実な哀憐《あいれん》が子に送られた結果なのである。そしてそれはまた、子に責任感を十分感じる親の報いられたる幸福でもあらねばならぬ。


 数年間に巴里のむす子からかの女に宛《あ》てて寄越した手紙は百通以上にもなる。自分の現状を報じ、芸術の傾向を語り、ちょっとした走り書きの旅行便りからも、かの女はむす子がこの稚純晩成質の母である自分を強くし、人生の如何なる現実にも傷まず生きられるよう、しっかりした性根と、抵抗力のある心の皮膚を鍛えしむるよう心懸けている本能的なものが感じられた。
 かの女はそれを読む度に、涙ぐんで笑いながら、
「それは、また、お前がお前自身に対する註文なのじゃないか。親子は共通の弱点を持っている。お前はよくも、そこに気がついた」
 そしてさすがは男の子だ。むす子は孤独の寂しみと、他人の中の苦労によって、見事その弱点を克服しつつある。そして遥《はる》かに母を策動する。いや味ということの嫌いな男の子は、策動するにもわざと感情を見せないで、つけつけ物を云う。かの女を手荒そうに取り扱って、その些細《ささい》な近況からも、実人生の試験をするように細心な見張りを隠しながら、秘《ひそ》かに母の力を培わしている。かの女は、よくむす子と連れ立って巴里の街を歩くときのむす子の態度を思い出した。
「馬鹿だなあ」「僕もう知りませんよ」
 かの女が、ともすれば何事かを空想しながら、車馬轢轆《しゃばれきろく》たる往還を、サインに関らずふらりふらり横切ったり、車道に斜にはみ出したりする迂闊《うかつ》に対して、むす子は、こんな荒い言葉で叱《しか》りながら、両手は絶えず軟くかの女の肩を持ち抱え、幼稚園のこどもにするような労《いたわ》り方をした。
「まるでむら[#「むら」に傍点]だ」そう云って、かの女の顎《あご》に固まった白粉《おしろい》を洋服の袖口《そでぐち》で擦《こす》って呉れたりした。いちばん困ったのは、かの女がよく××××をずり下げることだった。
「一郎さん、だめだめ」かの女は顔を赫《あか》くしながらそういうと、
「ちょっ、こんなお母さんて世界にありますかい。僕絶望しちゃうなあ」そう云いながら、そっと自分の陰にかくまって、カフェの××へ人に見つからぬよう送り込んで呉れた。
 その気持は手紙を通じて年々に変らぬのみか、ますます濃くなって来る。
 
 むす子の手紙の一――今お母さんの手紙受取りました。お母さんが自分の書いたものの世評に(たとえば先々月号の××に載ったような)超然としていると聞いて、すっかり安心しました。自分の中にある汗、垢《あか》、膿《うみ》、等を喜んで恥とせずに出して行くことが出来れば万々です。僕の書いた意味は、それによって受ける反動が、お母さんを苦しめて、ますます苦境に陥れることを心配したので、今となって超然とした、はっきりした態度を持っているお母さんなら心配しません。僕は巴里でお母さんと一緒に居た時も、「世評にくよくよするお母さんが一番嫌だ、ケチくさくって、女くさくって」とよく云いましたね。しかし、その汗や垢が余りくだらないうちは到達だとは云えませんよ。
 兎《と》に角《かく》、そういう心境に到ったということは祝福すべきことです。でも、本当にそうなれましたか?
 すべての自己満足を殺さねばなりません。まだまだお母さんは弱い。うちの者の愛に頼り過ぎるということは自己満足です。お父さんがお母さんに対する愛は大きいですが、お父さんの茫漠性《ぼうばくせい》が、かなりお母さんに害を与えていると思います。お父さんの茫漠性は長所であり短所であると思います。
 真当に今しまって貰わなければ困ります。
 小児性も生れつきでしょうが、やめにして下さい。自分の持っている幼稚なものを許して眺めていることは、デカダンです。自分の持っていないものこそ、務めて摂取すべきです。一度自分のものとなったら、そこから出る不純物、垢は常に排泄《はいせつ》するのです。

 むす子の手紙二――(前略)……お母さんは余りに自分流のカテゴリーを信じようとしすぎるような気がします。だから苦しみ迷うだろうと思います。
 人生はさとるのが目的ではないです。生きるのです。人間は動物ですから。(後略)

 むす子の手紙三――(前略)ですからもうあんな作品を書かないで下さい。僕がお母さんを攻撃するのは、実に悪い半面をたたきつぶすのが僕の愛された子としてのつとめだと思っているからです。(お母さん、あなたは実に好い半面と悪い半面を持っています。第一義的から云ったら好いも悪いもないけれど、僕の知る厳しい人生や芸術に当てはめて見てですよ)
 いくら僕が云っても、わかって呉《く》れなかったら、お母さんは自分の子のいうことさえ耳に入らないということになるのです。
 今読んで打たれているコント・ド・ロートレアモン(本名イジドル・デュカス)作の「マルドロールの唄《うた》」を送ります。お母さんに読んで貰い度《た》いのです。
 お母さんの、僕が不安に思う半面が、それで多少なおされやしないかと希望を持って居ります。(後略)

 むす子の手紙四――(前略)僕はいわゆる××と芸術と云うものの間に大きな溝があると思うのです。芸術家にとっては芸術というものしかなく、それは道徳的でも非道徳的でもないのです。
 これからの芸術家は芸術を信ずるので、××を信ずるものではないと思うのです。芸術家として××よりもっと科学的な××××だって信じ切ることは出来ないのです。芸術家が自分の眼の前に××よりも優れた芸術の姿が見えないのは、意気地のない貧弱な芸術家としか思えないのです。××より崇高な芸術が見えたら、それがすぐ××だなんて××のような理窟を云い出したら、僕は逃げ出しちゃいます。其処から又××にこだわり出して仕舞うのです。一口に云えば芸術家には人の作った××などはいらないのです。××を通して芸術を見たり、××的精神をもった生活から、果してよく芸術が生れるでしょうか。 
 アンドレ・ジードなんか一生××と戦って来たではないですか。
 今まで人間として又芸術家として××を持っていなかったものは、歴史的にないでしょう。それは勿論《もちろん》社会制度、つまりトラディションのためだったらしい。偉い芸術家はみんな最後まで××に拘泥してはいないように思うのです。彼等の芸術はあまりに大きくて、××は姿を完全に消しているのです。(略)
 芸術家は飽くまでも革命家でなければならない。創造でなければならない。ここで××の科学性を引き出されるかも知れませんが、××の科学的理窟は××を汚すものなのではないでしょうか。お母さんが僕に曾《かつ》て小さい時説明して呉れたことは、もっと抜道なくベルグソンが彼のエヴォリューション・クレアートリスに説いています。万物は創造しつつ常に変形しているということです。(略)
 芸術家は芸術のみしか信じないでいいのです。芸術量の少いものが××や×××に行けばいいのです。お母さん、あなたはそんなに芸術家でいながら何をくよくよと迷っているのです。(然《しかし》し茲《ここ》にはっきり云って置くことは、××を打ち壊せということではないのです。良き社会人としての生活には、××は立派な意義や生命を持っているのです。×××の意義もそこにあるのです。すべての人の幸福のために戦うと云うところにあれら[#「あれら」に傍点]の意義はあるのです)
 しかし芸術家となった以上、そこにいわゆる社会人のおつとめ[#「おつとめ」に傍点]以外、もっと大変な芸術というすべてのモラルやカテゴリーや時代を超越したものにぶつかって行くのです。
 ジードは人間として×××になったけれど、彼の芸術までを×××に渡そうとはしません……(略)
 美のための美はいけない。
 芸術は××も×××美も何にもない処の、切実な現実を現わすのです。(略)
 この手紙を書いて仕舞って我ながら驚いたのです。何故ならお母さんの本当のところは××思想を解している。あの天地間の闊達無碍《かったつむげ》な超越的な思想からすれば、今更僕が以上のような手紙を書かなくてもいいわけなのです。こんな煩雑なことを誰がさせるのですか。お母さん、やっぱりあなたがさせるのです。お母さんはあんな立派な思想を研究し了解し得る素質を持っているくせに、お母さんの個人的にそれに添わない幼稚な到らない処が残っているのです。で、ともすれば子の僕にさえ、ただの××だなとお母さんを思わせ、こんな手紙も書かせるのです。お母さんの一方は余り偉過ぎます。一方は余り偉くなさ過ぎます。生憎《あいにく》なことには偉くない方がお母さん自身にも他にも多く働き掛けるのです。両方がよく調和した時がお母さんの本当の完成を見る時なのです。(後略)

 かの女はむす子が曾て、あれだけの感情家である自分の感傷を一言も手紙に書いて来たためしのないのを想《おも》い出しながら、書きかけの原稿紙にいつかこんな字を書いていた。
 むす子は厳しい、母は弱い。
母は女で、むす子は男で。――
「そりゃ、なんだい」
と逸作が笑いながら覗《のぞ》いて行った。
 あとでかの女はまた書いた。
 母は女で、むす子は男、むす子は男、むす子は男、男、男、男――男だ男だと書いていると、其処に頼母《たのも》しい男性という一領土が、むす子であるが為に無条件に自分という女性の前に提供された。凡《およ》そ女性の前に置かれる他の男性的領土――夫、恋人、友人、それらのどれ一つが母に与えられたむす子程の無条件で厳粛清澄な領土であり得ようか。かの女はそれを何に向って感謝すべきか。また自分よりも逞《たくま》しい骨格、強い意志、確乎《かっこ》とした力を備えた男性という頼母しい一領土が、偶然にも自分に依《よ》ってこの世界に造り出された。その生命の策略の不思議さにも、かの女はつくづくうたれて仕舞うのである。
 かの女と逸作が用事の外出から帰って来ると、取次のものが少し興奮した調子で、
「巴里《パリ》の坊っちゃんのお知合いの画家がいらっしゃいました。なにしろ東京駅へ着き立てに直《す》ぐ来られたので、鞄《かばん》もそのまま持っていられました」
 かの女の胸に、すぐそれが巴里前衛画派中今は世界的大家であるK・S氏であることが判明した。
「一人で? それとも奥さんと………」
「女の方もご一緒でした」K・S氏は新婚旅行の筈《はず》である。
 取次のものは、K・S氏が携帯した巴里のむす子からの紹介状を差し出した。
 それには態《わざ》と公式めいた簡潔な文で、先頃お知らせしたK・S氏をよろしくと書いてあった。
「で、その方達をどうしたのよ」
「よく運転手にそう云ってTホテルへお送りさしときました。只今《ただいま》、ご主人も奥さまもお留守のことをよく申し上げて」
 何となく機嫌のよくなった逸作が、持前《もちまえ》の癖を出して若者を揶揄《からか》いかけた。
「よく申し上げたとはどうかと思うね。辛うじて申し上げた程度だろう。なにしろ初等科のフランス語ではね」
「いえ、お二人とも英語でお話しでした。ですから僕も久し振りに英語のおさらいだと思って雄弁にやりました」若者は笑いながら舌で唇を嘗《な》めた。
 この上取次を揶揄う材料もなくなり、逸作は今度は、K・S氏の日本画壇への紹介方法について直ぐに考え出した。
「彼、展覧会をするような作品を持って来ただろうか」
 かの女は、
「兎《と》に角《かく》今夜は銀座でも見せてあげて、日本食を上げましょう。直ぐホテルへ電話かけてあげて下さい」
「よし、君は新夫人に花でも持って行ってあげたらいい」
 かの女は早速着物を着換えた。K・S氏は巴里画壇の大家の中でも、特にむす子に親しくして呉れている人であり、先輩というより、兄分といった程に寛《くつろ》いでむす子が交際《つきあ》っていることは、かの女によく知れていた。それ程むす子に与えられている知遇に親が報いてやるための奔走はもちろんのことながら、もし自分がむす子の母として、K・S氏に悪い印象を与えるような婦人であったら、K・S氏が今後むす子に対する思惑《おもわく》にも影響しまいものでもない。わけて女である新夫人も一緒にいることではあり、これは十分心遣いが要るとかの女は思った。母思いのむす子は、母の前では母に厳しく、母の陰では母が自慢であった。どんなにか、なつかしさに熱して、母を讃《たた》え、母をこの画家夫妻に立派に話しているかも判らない。かの女は身づくろいをしながら、どうかむす子がK・S氏の脳裡に与えているむす子の母の像を、自分は裏切り度《た》くないものだと、しきりに念じた。
 傲岸不屈《ごうがんふくつ》の逸作も、同じようなことを感じているらしく、珍しく自分の方から、かの女の支度を促しに来ながら云った。
「いやになっちゃう。子供が世話になってる人というと、何だか急所を掴《つか》まえられているようで、一目置いちまう。人間もから[#「から」に傍点]意気地がなくなっちゃう」


 K・S氏は思ったより若く、才敏な紳士であった。身なりも穏当な事務家風であった。しかし、神経質に人の気を兼ねて、好意を無にすまいと極度に気遣いするところは、世俗に臆病《おくびょう》な芸術家らしいところがあった。若夫人はわきに添って素直に咲く花のように如才なく、微笑を湛《たた》えていた。
 ホテルから早速案内した銀座の日本料理屋では、畳に切り込んであるオトシ[#「オトシ」に傍点]に西洋人夫妻と逸作は足を突込み、かの女一人だけ足を後へ曲げて坐《すわ》って、オトシ[#「オトシ」に傍点]の上の食台に向っていた。窓からは柳の梢越《こずえご》しに、銀座の宵の人の出盛りが見渡された。
「イチロは、私たちが旅行に出かける前の晩も、私のうちへ送別に来て、夜遅くまで話して行って呉《く》れました」
 K・S氏はまず何事より、むす子の話こそ、両親への土産という察しのよさを示して、頻《しき》りにむす子のことを話した。
 K・S氏は何度も繰り返して「彼はとても元気です」
 箸《はし》をあやしげに操っていた若い夫人が傍から、
「イチロ、ふふふ」と笑った。
 かの女はぎょっとして、むす子に何か黙笑によって批判される行動でもあったのかと胸をうたれた。そして夫人の笑の性質によって、それが擯斥《ひんせき》されるべきものであったのか看《み》て取りたく思った。だが、かの女が夫人を凝視したとき、夫人はもう俯向《うつむ》いて、箸で吸物椀《すいものわん》の中を探っていた。
「一郎が何かいたしましたの」
 かの女は思わず声高になった。
 すると、K・S氏が懸念を速かに取消すように簡略に話して呉れた。
「私たちが結婚して間近い頃でした。イチロが来たので、ビールを飲みながら夜遅くまで芸術論を闘わせました。一口に巴里《パリ》の新しい画派を抽象派《アプストレー》と云いますが、その中で個人個人によって、随分主張傾向は違っているのです。まあそういったことに就《つ》いての議論ですな。するうち、イチロは眠くなって椅子《いす》によりかかったまま眠って仕舞いました。私たちは日本の美術家に敬意を表して、私たちのベッドを譲りました。つまり彼を二人で運んでベッドへ寝かせてやり、私たちはソファや椅子を並べて寝たわけですな」
 かの女は「まあ」と云った。
「まだ先があるんです。朝、彼は眼を覚ましました。勝手が違ったところにいるので、彼は妙な顔をしていました。しかし、一部始終が判ると、彼は真面目《まじめ》な顔を作って云いました。どうも君たちの新婚の夢を妨げて相済まんと。それから帰って行きました」  
 ここで、夫人はまた、「イチロ、ふふふふ」と、かの女の顔を見て好意の籠《こも》った笑いを贈った。
 かの女は、再び「あ」と云って笑いに誘われた。逸作は、むす子の仕方を想像して、健気《けなげ》な奴と云った表情で笑っている。
 しかし、かの女は笑いに巻き締められるような想《おも》いが胸に泛《うか》んだ。自分がともすれば誤解を受け易い性質から、強い味方が出来ると思う一方、強い敵の出来る厄介な運命に引きかえて、むす子は到るところで愛され、縦横に振舞って、到るところで自由な天地が構えられる。何という無造作な生活力だろう。わが子ながら嫉《ねた》ましく小憎い。だがしかし、彼は見た通りの根からの無造作や自然で、果して今日のような生き方が出来ているだろうか。いや、あれにはあれだけの苦労があって、いまも底には随分|辛《つら》いものをも潜めているのではあるまいか。そういう悲哀の数々が自ずと泌《し》み出るので、たとえ、縦横に振舞い、闊達《かったつ》に処理するようでも、人の反感を買わないのではあるまいか。一郎はずっと幼時、かの女が病弱であったある一時期、小児寄宿舎にやられていた。そこで負けず嫌いな一郎は友達と喧嘩《けんか》するときよく引掻《ひっか》くので「猿」というあだ名をつけられていると聞いて「男の子やもいとけなけれど人中に口惜《くちを》しきこと数々あらん」とかの女は切なく詠《うた》ったこともあった。子供のときの苦労は身につく。しかし、その苦労を生《なま》で出さずに、いのちの闊色《かっしょく》にしたところは、わが子ながらあっぱれである。やっぱり根に純枠で逞《たくま》しいものを持って生れついて呉れたせいであろうか。
 かの女は何とも知らず感謝のこころが湧《わ》き上って、それを表現するために、誰に向っていうともなく、
「有難うございます」
 西洋人の前で不器用な日本流に頭を下げた。逸作も釣り込まれて、ちょっと頭を下げた。 
 食後に銀座通りの人ごみの中を一巡連れ立って歩いて見せた。人形《にんぎょう》蒐集熱《しゅうしゅうねつ》にかかっている若い夫人は、おもちゃ人形店を漁《あさ》った。
 K・S氏は往来を眺め見渡しながら、
「イチロも日本に居るときは、始終ここを散歩したのですね」と云った。かの女はむす子が一緒だったらどんなに楽しかろうと思って見るのだが、客を疎外するように取られる懸念から口に出しては云わなかった。


 展覧会場の交渉、刊行物や美術団体への紹介、作品の売約口など闊達の勢いで取り計った。逸作に云わすと、画家が作品を携帯している以上、これを発表し度いのは山々のことであり、出来るだけ売って金を作ってやることは、旅中の画家に対して一番親切な仕方であるというのである。逸作は、ふだん放漫で磊落《らいらく》なように見えるが、処世上の経済手段は、臆病と思えるほど消極的で手堅く、画なども自分から売ったことがない。その点で美術関係の諸方面にかなり信用が蓄積されていた。そういう下地がある上に、彼は一旦物事を遣《や》り出すと、その成績に冴《さ》えて凄味《すごみ》が出るほど徹底した。
 そんなことでK・S氏の作品展覧会は、逸作の奔走により、来着後数日ならずして、市中の最も枢要な場所に在るデパートに小ぢんまりした部屋を急造させて賑《にぎ》やかに開催された。
「こんな性急なことは、巴里のどんな有力な画家でも出来ないことです。巴里ではどんなに早くても三月はかかります」
 K・S氏はむしろ呆《あき》れながら、歓《よろこ》びにわくわくして云った。何度も何度も礼を云った。
 ホテルの一室で、立続けに電話をかけたり、紹介の文案を書いたり、訪問記者と折衝したりして、深い疲労と、極度な喫煙で、どろんとした顔付きになっている逸作は、強いて事もなげに言った。
「いや、お気遣いなさるな。あなた方はむす子の友人です」それから沈痛な唇の引き締め方をして、また事務に取りかかった。
 かの女は、今こそこの父はむす子の幼時に負うた不情の罪を贖《あがな》う決心でいるのだと思った。ときどき眼を瞑《つむ》って頭を軽く振っているのは、出そうになる涙を強情に振り戻しているのではあるまいか、それとも脳貧血を起しかけて眩暈《めまい》でもするのではあるまいか。父はあまりによき父になり過ぎた。
「パパ。少し翻訳を代りましょうか。休んで下さい」
 すると、逸作は珍しく瞳《ひとみ》の焦点をかの女の瞳に熱く見合せて云った。
「僕が満足するまでやらせろ」


 かの女と逸作は、星ヶ岡の茶寮を出て、K・S氏夫妻と共に、今日で終りの展覧会場へ寄ってみようと、ぶらぶら虎の門まで歩いて来た。春もやや準備が出来たといった工合《ぐあい》に、和やかなものが、晴れた空にも、建物を包む丘の茂みにも含みかけていた。
 かの女と逸作の友人の実業家が招いて呉《く》れたK・S氏夫妻の招待は、茶寮の農家の間が場席だった。煤《すす》けた梁《はり》や柱に黒光りがするくらい年代のある田舎家の座敷を、そっくりそのまま持ち込まれた茶座敷には、囲炉裏《いろり》もあり、行灯《あんどん》もあった。西洋人に日本の郷土色を知せるには便利だろうという実業家の心尽しだった。稚子髷《ちごまげ》に振り袖《そで》の少女の給仕が配膳《はいぜん》を運んで来た。
 K・S氏はそこで出た料理の中で、焼蛤《やきはまぐり》の皿に紅梅の蕾《つぼみ》が添えてあったことや、青竹の串《くし》に差した田楽の豆腐に塗ってある味噌《みそ》に木の芽が匂《にお》ったことを想《おも》い出して話した。
「日本人は実に季節の自然を何ものにも取り入れることがうまい」
 逸作はまた彼の友が、K・S氏はさすがに芸術家だけあって、西洋人にしては味覚や嗅覚がデリケートなことに感心していたと告げた。
 かの女はまた夫人に、稚子髷をはじめ日本の伝統の髪の型を説明していた。
 一行四人の足は日比谷公園に踏み込んだ。K・S氏は沁々《しみじみ》とした調子でかの女に云った。
「いろいろ見せて頂いたり、味わわせて頂いたりしましたが、こちらへ来てはじめてイチロのことが判ったような気がします。彼はやっぱりこの国柄を背景に持った芸術家です。
「お世辞でなく、彼は私などよりよい素質を持って生れた画家です。なるほど私は、彼より世才もあり金儲《かねもう》けの術も知っています。だが、素質に於ては到底年少の彼に及びません。
「奥さまは、私に彼を助ける何物かがあるとお想いかも知れませんが、彼はそんな必要のない立派な画家です。ただ、今のところ彼は絵を売らないだけです。
「私が私の持っている才能や経験で、彼に金になるような仕事の方法を教えてやるのは造作もないことです。彼はまたそれを立派にやって除《の》けましょう。しかし、それは恐ろしいことです。彼は出来るだけ自由に働かして、金や生活のことに頭を使わせたくないんです」
 かの女は、自分がすでに感じていることを今更云い出されるような迂遠《うえん》さを感じた。しかし、長幼老若の区別や、有名無名の体裁を離れて、実際の力の上から物を云うモンパルナスの芸術家気質の言葉を、尊敬して傾聴した。場合によっては、このむす子を自分のむす子としてより、日本の誇として、世界の花として、捧げねばならない運命になるかも知れない。晴がましくも、やや寂しい。


 かの女は一行とゆるゆる日比谷公園の花壇や植込の間を歩きながら、春と初夏の花が一時に蕾をつけて、冬からはまるで幕がわりのように、頓《とみ》に長閑《のどか》な貌様《ぼうよう》を呈して来る巴里《パリ》の春さきを想い出した。濃く青い空は媚《こび》を含んでいつまでも暮れなかった。エッフェル塔は長い長い影を、セーヌ河岸の樹帯の葉の上や、密集した建物の上へはっきり曳《ひ》きながら、広く河波に臨んで繊細で逞《たくま》しい脚を驚くほど張り拡《ひろ》げていた。
 街を歩くと、紫色やレモン色の室内の灯を背景に、道路まで並べ出されたキャフェの卓で、大勢の客がアペリチーフを飲みつつ行人を眺めていた。それは仄《ほの》かで濃厚な黄昏《たそがれ》を味わうという顔付きに一致して、いくらか横着に構えた貪慾《どんよく》な落着きにさえ見えた。
 こういう夕暮に、かの女はよくパッシィの家を出て、あまり遠くないトロカデロ宮裏の広庭に行った。パッシィの町が尽きたところから左手へ折れ、そこからやや勾配《こうばい》を上る小路の道には、古風な石垣が片側の崖《がけ》を防いでいた。僅《わず》かな樹海を通して、セーヌ河の河面の銀波に光る一片や、夕陽に煙った幻のようなエッフェル塔が見渡された。かの女は、時代をいつに置くとも判らない意識にするこの場所に暫《しばら》く立ち停《どま》り、むす子のアトリエのあるモンパルナスの空を眺め乍《なが》ら、むす子を置いて日本へ去る親子の哀別の情を貫いて、もうあといくばくもない短い月日の流れの、倉皇《そうこう》として過ぎ行くけはいを感じるのであった。
 トロカデロ宮前を通り過ぎると、小さいキャフェには昔風に床へ鋸屑《おがくず》を厚く撒《ま》いているのが匂った。トロカデロ宮を裏へ廻《まわ》った広庭はセーヌの河岸で、緩い傾斜になっていた。その広闊《こうかつ》な場面を、幾何学的造りの庭が池の単純な円や、花壇の複雑な雲型や弧形で、精力的に区劃《くかく》されていた。それは偶然規則的な図案になって大河底を流れ下る氷の渦紋のようにも見えた。傾斜の末に、青木に囲まれて瀟洒《しょうしゃ》なイエナ橋が可愛《かわい》らしく架っている。ここから正面に見るエッフェル塔はあまりに大きい。
 暮れるのを惜しむように、遊覧の人々は、三々五々|小径《こみち》を設計の模様に従って歩き廻り、眺め廻っていた。僅かに得た人生の須臾《しゅゆ》の間の安らかな時間を、ひたすら受け容《い》れようとして、日常の生活意識を杜絶《とぜつ》した人々がみんな蝶にも見える。子供にも見える。そして事実子供も随分多い。西洋の子供からあんまり泣き声が聞えない。
 かの女は花壇の縁に腰を下ろして、いつまでもいつまでもぼんやりしている。後から来る約束のむす子が勉強の仕事を仕舞って、絵具を洗い落した石鹸臭い手をして、ひょっこり傍の叢《くさむら》から現われ出るのを待ち受けているのであった。
むす子は太い素朴な声で、
「おがあさん」
と呼ぶ。それは永遠の昔に夢の中で聞いたような覚えもする。未来永遠に聴ける約束の声であるような気もする。そしていまそれを肉声で現実に聴くのだ。
 かの女は身慄《みぶる》いが出るほど嬉《うれ》しくなる。
 だが、このむす子はなぜこう大きくなってまで、「おかあさん」とちゃんといわないで、子供のときのまま「おがあさん」と濁って呼ぶのであろう。
「おまえさんが子供のときにね」とかの女はむす子に語る。むす子は来るのを急いだらしく、改めてネクタイを結び直しながら聴いている。
「鼻が詰って口で息をするものだから、小児科のお医者さんに診《み》せたのだよ。すると、喉《のど》にアデノイドがあるというのだよ。アデノイドがある子は暴れるということを聞いたので、入院して切ることになったのさ」
 ここでかの女はまず、くっくと笑った。
「その前からおまえは一通りならないやんちゃ[#「やんちゃ」に傍点]坊だった。親類の娘たちはおまえの活動には随分閉口していた。娘たちは小児科医の話を聞いて、なるほどおまえの腕白もみなそのアデノイドがさせるわざだと決めてしまった。おまえは手術が終って家へ帰って来た。どんなにかおとなしくなったろうと楽しみにして娘たちは、様子を見に来た。おまえの腕白はちっとも変らなかった。娘たちはつまらない顔をして帰って行った」
 かの女は娘たちの案に相違した顔を思い出すように、またくっくと笑った。
「何だ。そんな話ですか。親というものは、子供のちょっとしたことでも、いつまでも覚えていて興味を持つものですね」
 むす子は自分の幼時の話を聞くことは、嫌いではないらしいが、母がそれをあまり熱して興味がることは、母を平凡にし、母を年寄り臭くするので、その点を嫌がった。
「おかあさんもなるべく昔のことを忘れて、新しく出発するんですね」
「出発するってどんな風によ」
「おとうさんをご覧なさい。根が悧巧《りこう》だから、おかあさんのいのち[#「いのち」に傍点]を食って、今までの仕事をしました。今度はおかあさんの番ですよ。おとうさんのいい所を摂《と》って成長しなきゃ」
「たとえばどんなところよ」
「あのぬけぬけとしたところなど。おかあさんやこれからの僕には是非必要ですね」
「あたしはおとうさんにどんなところを与えたろうか」
「あれっ! 知らないんですか。おとうさんのあの気位だとか、純情だとかいうものは、みなおかあさんのいのち[#「いのち」に傍点]から汲み出したものじゃありませんか。うまく摂ってるからちょっと判らないが」
「おまえさんは鋭い子だねえ」
「そんなことをむす子の前で感心するのが、まだお嬢さんが抜けない証拠です。僕は賛成しませんね」


 K・S氏は一行と歩き乍《なが》ら話す。
「抽象派《アプストレー》という名前で巴里《パリ》の前衛画派を総括していますが、めいめい違った個性から出発する画論や成長に向っていることは、先日お話したと思いますが、私の唱えるネオ・コンクレチスムというのは、単に客観的分析主義でなく、その分析して得た結果のものを材料にして、人間のロマン性や創造性によって何かしら創造して行き度《た》いのです。だから従来の分析力も生かし、これに創造という活を入れることを連絡させる点を若《も》し画派の綜合《そうごう》というなら、私のネオ・コンクレチスムは綜合主義とも云えるのです。
「一郎君は一郎君で独自の路を歩いていられます。彼は自然現象中より芸術の力によって美の抽象ということに画論を立てていますが、基礎にはカントの美学が影響を持っているようです。彼はだいぶ永い間ソルボンヌ大学でそれを研究していました。だが彼の画風は、理窟っぽいぎすぎすしたところは毛頭ありません。彼の聡明《そうめい》な物象の把握力、日本人特異の単純化と図案化。それに何という愛憐《あいれん》の深い美の象徴の仕方でしょう。私はいつも彼の画を見て惚々《ほれぼれ》とします。何と云っても一番人を融かすところのものは、彼の詩人的素質です。この素質が、彼の酷《きび》しいリアリズムを神秘にまで高めます。彼は今前衛画派の花形のうちで一番年少でありながら、一番期待と興味を持たれています。彼を見ると全く芸術家はテンペラメント一つだという気がします」   
 かの女はこれを旅先の知友が、滞在地で世話をする父兄に向って云うお世辞ともお礼心とも思わなかった。事実かの女は、近年美術季節毎に、権威ある美術批評を載せるラントランシジャン紙上に掲載される十指ほどの画家の中にむす子の名も混っているし、抽象派の機関誌にアルプとかオーザンファン、セリグマンとかいう世界的な元老の作品の頁《ページ》と並んで載っているむす子の厳格な詩的な瑞々《みずみず》しい画に就《つ》いては何の疑いもなかった。あのむす子が、精力的な西洋人の間に入って押して行く体力のほどが気遣われた。
「あの子は相変らず身体は小さい方でしょうか」
 するとK・S氏は、やっぱり女親は女親だという風に見やって
「ご心配なさるな。イチロはもうあなたのお考えになっているような子供さんではありません。逞《たくま》しい立派な青年です」
 もしそうならばと、かの女はまた心配になった。今度|逢《あ》った時、取り付きにくくはあるまいか、はにかむような想《おも》いをさせられはしまいか。しかしすぐかの女は、やっぱり自分の求める通りむす子に踏み込めばいい、あの子はあの子であることに絶対に変りはないと、直《す》ぐ自信を取り戻した。公園の出口へ来た。かの女は夫人に云った。
「あまり歩いてはお疲れでしょう。もう車で参りましょう」


 展覧会場は満員だった。逸作の働いた紹介の方法も効果があったには違いないが、巴里の最新画派の作品を原画で観《み》るということは、人々には稀有《けう》の機会だった。 
 オリーブ色の壁に彩色画が七八点エッチングが三十点ほど懸け並べられてあった。その前には人々は折り重なって覗《のぞ》き込んでいた。夕刻近いシャンデリヤの仄白《ほのじろ》い光は、人いきれで乳白に淀《よど》んでいた。植木鉢の棕櫚《しゅろ》の葉が絶えず微動している。押し合って移って行く見物の列から離れて、室内には三々五々塊を作って画家らしい連中が立話をしていた。
 K・S氏夫妻は見物に来た滞在フランス人に捕まって、何かしきりに話している。逸作は入口に待ち合せていた美術記者と、雑誌に載せる作品の相談をして室内を歩き廻《まわ》っている。かの女は一人ぽつんとして中央の椅子《いす》に小さく蹲《うずく》まった。 
 見物群の肩と肩との間から、K・S氏の作品がちらちら覗ける。メカニズムのような規則的に表現された物象を押し上げるように、ロマンチックな強烈な陰影が、一種ねばねばする人間性を発散している彼の作品は、何となく新中世紀趣味と云ったような感じをかの女に与えて、先程説明を聴いた所謂《いわゆる》ネオ・コンクレチスムの理論とは、また別なものを感じられる芸術家の芸術家的矛盾にかの女は興味を覚えながら、この部屋に入って来た時から、ちらちら偸視《ぬすみみ》して胸を躍らしている壁の一場面の前の人の動きにも決して注意を怠らなかった。
 そこにはたった一枚、K・S氏が携えて来たかの女のむす子のデッサンの小品が並べられてあるのだ。
 かの女を不安にしたのは、いつもその前に人だかりがして群衆の囁《ささや》きの瘤《こぶ》を作っているに引きかえ、今日はさっさと人の列は越して行くのだ。かの女は洪水が橋台を押し流してしまったあとの、滑らかな流れを見るような極度の不気味さを、人の列に感じて来た。どうしたことだろう。むす子の絵はもう飽きられたのか。人々に対して魅力を失ったのであろうか。
 かの女は不安を抑え切れなくなって、思わず覗き加減に立ち上った。人の隙《すき》から空虚なオリーヴ色の壁だけが見えて、そこにむす子の絵はない、かの女はあわて気味に近寄った。錯覚ではない。むす子の絵は姿も形もない。張札だけが曲っている。
「どうしたんだろう、一郎の絵――」
 かの女は口に出して云いながら、部屋の中をぐるぐる尋ね廻った揚句、咄嗟《とっさ》に思いついて入口の横の売場へ来た。かの女は少し息を弾ませて訊《き》いた。洋服を着た若い店員は、びっくりして直ぐ弁解口調に云った。
「え、あれはお売りになるのではなかったんですか。でも、K・Sさんは、日本へ一枚でも残す方がいいと売価をおつけでしたが」
 かの女は冷水のあとにまた温かい湯をうちかけられたような気がした。驚きはそのまま、心の和みが取り戻せた。
「まあ、誰が買いましたの」
「今夜の汽車でお発《た》ちの方だそうですが、是非自分で持って行き度いと、そう仰《おっ》しゃるものですから、もう閉場間際だし、包んでお渡ししました。たった今。この方です」
と事務員の出した売約帳には、昔の字画もそのまま「春日規矩男」と書いてあった。かの女は思わず会場の外に走り出た。そのときかの女は、どやどやとエレヴェーターの前から階段へ移り動いて行く一塊りの人数を見た。降りる機台も機台も満員なので、待ちあぐねた人達らしい。
 人数の重なりがほぐれて階段へかかる、その中の一人に、ハトロン紙の包を抱えた外套《がいとう》の青年を見た。それは規矩男であった。
 規矩男の後姿を見たときにかの女は、規矩男もかの女に気が附いたらしいのを知ったが、かの女の足は一歩もそこから動かなかった。そしてかの女は突立ったままで「ははあ、規矩男も奇抜なことをするものだ」と単にこう思っただけだったが、直《す》ぐそのあとから、しんしんと骨身に痛みを覚え出した。


 かの女は、無事に日本の旅行を終ってフランスへ帰航するK・S氏夫妻を送って仕舞い、外人の送迎にやや疲労を感じたあとの心身を、久しぶりで自分の部屋のデスクの前に休めていた。そこへ郵便が来た。春日規矩男からである。
 その後ご無沙汰《ぶさた》しましたが、僕は今仙台市内のある住宅街に棲《す》んでいます。僕はあなたが仰言《おっしゃ》った『無』それ自身充足する積極的ないのちのあるということが気になり、これを研究立証してみたくて、普通なら哲学でしょうが現代の諸事情も参酌《さんしゃく》して、純枠科学理論の物理学を選びました。あなたにお訣《わか》れしたあの年の秋東北大学の理科に入り、今では研究室の助手をしています。今度は春の休みで一寸《ちょっと》上京しましたので直ぐにこちらへ引き返しました。研究の結果は卒業論文としました。それに尚《なお》研究を加えて一冊の書物に纏《まと》めますから、その時お送りいたしますとして今は申し上げません。それよりも僕は、三年前に母を失いましたことをお知せいたします。それからこれは余事ですが、僕はあの頃お話した許嫁《いいなずけ》とは、僕の意志から結婚しませんでした。そして今も独身です。
 K・S氏の展覧会の会場の銀座のデパートで、あなたが人中の僕を見て階段の上に佇《たたず》んでいらっしゃったのを知り、僕が何故むす子さんの絵を買ったかを云わなければ済まない気がしまして、絶えて久しい手紙を書きました。今後はまた今まで通り一切手紙を差し上げぬつもりで居りますが、僕の生活もとにかく軌道にだけは乗っていますからご安心下さい。
 僕は『世の中には奇蹟的《きせきてき》に幸福なむす子もあればあるものだ。そういうむす子の描いた絵が珍しいから僕の部屋へ掛けて眺めよう』
 こういう気持で一郎さんの絵を買ってかえりました。
[#下げて、地より1字あきで]春日規矩男
   O・K 夫 人 

 かの女もこの手紙へ今さら返事を書こうとはしなかった。しかし規矩男。規矩男。訣れても忘れている規矩男ではなかった。厳格清澄なかの女の母性の中核の外囲に、匂《にお》うように、滲《にじ》むように、傷むように、規矩男の俤《おもかげ》はかの女の裡《うち》に居た。
 今改めてかの女はかの女の中核へ規矩男の俤を連れ出してみようか――今やかの女のむす子を十分な成育へ送り届け、苦労も諸別もしつくしたかの女の母性は、むしろ和やかに手を差し延べてそれを迎え、かの女の夫の逸作の如く、
「君も若いうちに苦労したのだ。見遺《みのこ》した夢の名残りを逐《お》うのもよかろう」 
 斯《こ》うもかの女にもの分りよく云うであろうか。


  君が行手《ゆくて》に雲かかるあらばその雲に
  雪積まば雪に問へかしわれを。

  君行きて心も冥《くら》く白妙《しらたへ》に
  降るてふ夜の雪|黝《くろ》み見ゆ。



底本:「昭和文学全集 第5巻」小学館
   1986(昭和61)年12月1日初版第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
   1974(昭和49)年〜1978(昭和53)年
入力:阿部良子
校正:松永正敏
2001年5月7日公開
2003年7月27日修正
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