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為文学者経
三文字屋金平

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)棚《たな》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)其|職分《しよくぶん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)縊《く※[#二の字点、1-2-22]》らんとする

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)しん/″\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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棚《たな》から落《お》ちる牡丹《ぼた》餅《もち》を待《ま》つ者《もの》よ、唐様《からやう》に巧《たく》みなる三代目《さんだいめ》よ、浮木《ふぼく》をさがす盲目《めくら》の亀《かめ》よ、人参《にんじん》呑《の》んで首《くび》縊《く※[#二の字点、1-2-22]》らんとする白痴《たはけ》漢《もの》よ、鰯《いわし》の頭《あたま》を信心《しん/″\》するお怜悧《りこう》連《れん》よ、雲《くも》に登《のぼ》るを願《ねが》ふ蚯蚓《み※[#二の字点、1-2-22]ず》の輩《ともがら》よ、水《みづ》に影《うつ》る月《つき》を奪《うば》はんとする山猿《やまざる》よ、無芸《むげい》無能《むのう》食《しよく》もたれ総身《そうみ》に智恵《ちゑ》の廻《まは》りかぬる男《をとこ》よ、木《き》に縁《よつ》て魚《うを》を求《もと》め草《くさ》を打《うつ》て蛇《へび》に驚《をどろ》く狼狽《うろたへ》者《もの》よ、白粉《おしろい》に咽《む》せて成仏《じやうぶつ》せん事《こと》を願《ねが》ふ艶治郎《ゑんぢらう》よ、鏡《かゞみ》と睨《にら》め競《くら》をして頤《あご》をなでる唐琴屋《からことや》よ、惣て世間一切の善男子[#「惣て世間一切の善男子」に傍点]、若し遊んで暮すが御執心ならば[#「若し遊んで暮すが御執心ならば」に傍点]、直ちにお宗旨を変へて文学者となれ[#「直ちにお宗旨を変へて文学者となれ」に傍点]。
我《わ》が所謂《いはゆる》文学者《ぶんがくしや》とはフィヒテ[#「フィヒテ」に傍線]が“Ueber《ユーバル》 das《ダス》 Wesen《ウエーゼン》 des《デス》 Gelehrten《ゲレールテン》”に述《の》べたてし、七むづかしきものにあらず。内新好《ないしんかう》が『一目《ひとめ》土堤《づゝみ》』に穿《ゑぐ》りし通《つう》仕込《じこみ》の御《おん》作者《さくしや》様方《さまがた》一連《いちれん》を云ふなれば、其|職分《しよくぶん》の更《さら》に重《おも》くして且《か》つ尊《たふと》きは豈《あ》に夫《か》の扇子《せんす》で前額《ひたひ》を鍛《きた》へる野《の》幇間《だいこ》の比《ひ》ならんや。
夫《そ》れ文学者《ぶんがくしや》を目《もく》して預言者《よげんしや》なりといふは生《き》野暮《やぼ》一点張《いつてんばり》の釈義《しやくぎ》にして到底《たうてい》咄《はなし》の出来《でき》るやつにあらず。我《わ》が通《つう》仕込《じこみ》の御《おん》作者《さくしや》様方《さまがた》を尊崇《そんすう》し其|利益《りやく》のいやちこなるを欽仰《きんぎやう》し、其|職分《しよくぶん》をもて重《おも》く且《か》つ大《だい》なりとなすは能《よ》く俗物《ぞくぶつ》を教《をし》え能《よ》く俗物《ぞくぶつ》に渇仰《かつがう》せらるゝが故《ゆゑ》なり、(渠等《かれら》が通《つう》の原則《げんそく》を守《まも》りて俗物《ぞくぶつ》を斥罵《せきば》するにも関《かかは》らず。)然しながら縦令《たとひ》俗物《ぞくぶつ》に渇仰《かつがう》せらる※[#二の字点、1-2-22]といへども路傍《みちばた》の道祖神《だうろくじん》の如く渇仰《かつがう》せらる※[#二の字点、1-2-22]にあらす、又|賞《め》で喜《よろこ》ばるゝと雖《いへ》[#底本では、ルビが「いへど」]ども親《おや》の因果《いんぐわ》が子《こ》に報《むく》ふ片輪《かたわ》娘《むすめ》の見世物《みせもの》の如く賞《め》で喜《よろこ》ばるゝの謂《いひ》にあらねば、決して/\心配《しんぱい》すべきにあらす。否《い》な、俗物《ぞくぶつ》の信心《しん/″\》は文学者《ぶんがくしや》即ち御《おん》作者《さくしや》様方《さまがた》の生命《せいめい》なれば、否《い》な、俗物《ぞくぶつ》の鑑賞《かんしやう》を辱《かたじけな》ふするは御《おん》作者《さくしや》様方《さまがた》即ち文学者《ぶんがくしや》が一期《いちご》の栄誉《えいよ》なれば、之を非難《ひなん》するは畢竟《ひつきやう》当世《たうせい》の文学《ぶんがく》を知《し》らざる者といふべし。
此故《このゆゑ》に当世《たうせい》の文学者《ぶんがくしや》は口《くち》に俗物《ぞくぶつ》を斥罵《せきば》する事|頗《すこぶ》る甚《はなは》だしけれど、人気《じんき》の前《まへ》に枉屈《わうくつ》して其|奴隷《どれい》となるは少《すこ》しも珍《めづ》らしからず。大入《おほいり》だ評判《ひやうばん》だ四|版《はん》だ五|版《ばん》だ傑作《けつさく》ぢや大作《たいさく》ぢや豊年《ほうねん》ぢや万作《まんさく》ぢやと口上《こうじやう》に咽喉《のど》を枯《か》らし木戸銭《きどせん》を半減《はんまけ》にして見《み》せる縁日《えんにち》の見世物《みせもの》同様《どうやう》、薩摩《さつま》蝋※[#「燭」の「ひへん」に変えて「むしへん」、第4水準2-87-92、215-9]《らふそく》てら/\と光《ひか》る色摺《いろずり》表紙《べうし》に誤魔化《ごまくわ》して手拭紙《てふきがみ》にもならぬ厄介者《やくかいもの》を売附《うりつ》けるが斯道《しだう》の極意《ごくい》、当世《たうせい》文学者《ぶんがくしや》の心意気《こゝろいき》ぞかし。さりながら人気《じんき》の奴隷《どれい》となるも畢竟《ひつきやう》は俗物《ぞくぶつ》済度《さいど》といふ殊勝《しゆしよう》らしき奥《おく》の手《て》があれば強《あなが》ち無用《むよう》と呼《よ》ばゝるにあらず、却《かへつ》て之《こ》れ中々《なか/\》の大事《だいじ》決《けつ》して等閑《なほざり》にしがたし。俗人《ぞくじん》を教《をし》ふる功徳《くどく》の甚深《じんしん》広大《くわうだい》にしてしかも其|勢力《せいりよく》の強盛《きやうせい》宏偉《くわうゐ》なるは熊肝《くまのゐ》宝丹《はうたん》の販路《はんろ》広《ひろ》きをもて知《し》らる。洞簫《どうせう》の声《こゑ》は嚠喨《りうりやう》として蘇子《そし》の膓《はらわた》を断《ちぎ》りたれど終《つひ》にトテンチンツトンの上調子《うはでうし》仇《あだ》つぽきに如《し》かず。カント[#「カント」に傍線]の超絶《てうぜつ》哲学《てつがく》や余姚《よよう》の良知説《りやうちせつ》や大《だい》は即《すなは》ち大《だい》なりと雖《いへ》ども臍栗《へそくり》銭《ぜに》を牽摺《ひきず》り出《だ》すの術《じゆつ》は遥《はる》かに生臭《なまぐさ》坊主《ばうず》が南無《なむ》阿弥陀仏《あみだぶつ》に及《およ》ばず。されば大恩《だいおん》教主《けうしゆ》は先《ま》づ阿含《あごん》を説法《せつぱう》し志道軒《しだうけん》は隆々《りゆう/\》と木陰《ぼくいん》を揮回《ふりまは》す、皆之《みなこ》れこ※[#二の字点、1-2-22]の呼吸《こきふ》を呑込《のみこ》んでの上《うへ》の咄《はなし》なり。流石《さすが》に明治《めいぢ》の御《おん》作者《さくしや》様方《さまがた》は通《つう》の通《つう》だけありて俗物《ぞくぶつ》済度《さいど》を早《はや》くも無二《むに》の本願《ほんぐわん》となし俗物《ぞくぶつ》の調子《てうし》を合点《がてん》して能《よ》く幇間《たいこ》を叩《たゝ》きてお髯《ひげ》の塵《ちり》を払《はら》ふの工風《くふう》を大悟《たいご》し、向《むか》ふ三軒《さんげん》両隣《りやうどな》りのお蝶《てふ》丹次郎《たんじらう》お染《そめ》久松《ひさまつ》よりやけ[#「やけ」に傍点]にひねつた「ダンス」の Miss《ミツス》 B.《ビー》 A.《エー》 Bae.《べー》 [#「Miss B. A. Bae.」は斜体字]瓦斯《ぐわす》糸織《いとおり》に綺羅《きら》を張《は》る印刷局《いんさつきよく》の貴婦人《レデイ》に到るまで随喜《ずゐき》渇仰《かつがう》せしむる手際《てぎは》開闢以来《かいびやくいらい》の大出来《おほでき》なり。聞《き》けば聖書《バイブル》を糧《かて》にする道徳家《だうとくか》が二十五銭の指環《ゆびわ》を奮発《ふんぱつ》しての「ヱンゲージメント」、綾羅《りようら》錦繍《きんしゆう》の姫様《ひいさま》が玄関番《げんくわんばん》の筆助君《ふですけくん》にやいの[#「やいの」に傍点]/\を極《き》め込《こ》んだ果《はて》の「ヱロープメント」、皆之《みなこ》れ小説《せうせつ》の功徳《くどく》なりといふ。よしや一|斗《と》の「モルヒ子」に死《し》なぬ例《ためし》ありとも月夜《つきよ》に釜《かま》を抜《ぬ》かれぬ工風《くふう》を廻《めぐ》らし得《う》べしとも、当世《たうせい》小説《せうせつ》の功徳《くどく》を授《さづ》かり少《すこ》しも其|利益《りやく》を蒙《かうむ》らぬ事|曾《かつ》て有《あ》るべしや。
冒険譚《ばうけんだん》の行《おこな》はれし十八|世紀《せいき》には航海《かうかい》の好奇心《かうきしん》を焔《もや》し、京伝《きやうでん》の洒落本《しやれぼん》流行《りうかう》せし時《とき》は勘当帳《かんだうちやう》の紙数《しすう》増加《ぞうか》せしとかや。抑も辻行灯《つじあんどう》廃《すた》れて電気灯《でんきとう》の光明《くわうみやう》赫灼《かくしやく》として闇夜《やみよ》なき明治《めいぢ》の小説《せうせつ》が社会《しやくわい》に於ける影響《えいきやう》は如何《いかん》。『戯作《げさく》』と云へる襤褸《ぼろ》を脱《ぬ》ぎ『文学《ぶんがく》』といふ冠《かむり》着《つ》けしだけにても其|効果《かうくわ》の著《いちゞ》るしく大《だい》なるは知《し》らる。
英吉利《いぎりす》は野暮堅《やぼがた》き真面目《まじめ》一方《いつぱう》の国《くに》なれば、人間《にんげん》の元来《ぐわんらい》醜悪《しうあく》なるにお気《き》が附《つ》かれずして、ゾオラ[#「ゾオラ」に傍線]が偶々《たま/\》醜悪《しうあく》のまゝを写《うつ》せば青筋《あをすじ》出して不道徳《ふだうとく》文書《ぶんしよ》なりと罵《のゝし》り叫《わめ》く事さりとは野暮《やぼ》の行《い》き過《す》ぎ余《あま》りに業々《げふ/\》しき振舞《ふるまひ》なり。さりながら論語《ろんご》に唾《つ》を吐《は》きて梅暦《むめごよみ》を六韜三略《りくとうさんりやく》とする当世《たうせい》の若檀那《わかだんな》気質《かたぎ》は其《そ》れとは反対《うらはら》にて愈々《いよ/\》頼《たの》もしからず。東京《とうきやう》の或る固執派《オルソドキシカー》教会《けうくわい》に属《ぞく》する女学校《ぢよがつかう》の教師《けうし》が曾我物語《そがものがたり》の挿画《さしゑ》に男女《なんによ》の図《づ》あるを見《み》て猥褻《わいせつ》文書《ぶんしよ》なりと飛《と》んだ感違《かんちが》ひして炉中《ろちう》に投込《なげこ》みしといふ一ツ咄《ばなし》も近頃《ちかごろ》笑止《せうし》の限《かぎ》りなれど、如何《どう》考《かんが》へても聖書《バイブル》よりは小説《せうせつ》の方《はう》が面白《おもしろ》いには違《ちが》ひなく、教師《けうし》の眼《め》を窃《ぬす》んでは「よくッてよ」派《は》小説《せうせつ》に現《うつゝ》を抜《ぬ》かすは此頃《このごろ》の女生徒《ぢよせいと》気質《かたぎ》なり。例《たと》へば地《ち》を打《う》つ槌《つち》は外《はづ》る※[#二の字点、1-2-22]とも青年《せいねん》男女《なんによ》にして小説《せうせつ》読《よ》まぬ者なしといふ鑑定《かんてい》は恐《おそ》らく外《はづ》れツこななるべし。
俗界《ぞくかい》に於《お》ける小説《せうせつ》の勢力《せいりよく》斯《か》くの如《ごと》く大《だい》なれば随《したがつ》て小説家《せうせつか》即《すなは》ち今《いま》の所謂《いはゆる》文学者《ぶんがくしや》のチヤホヤ[#「チヤホヤ」に傍点]せらるゝは人気《じんき》役者《やくしや》も物《もの》の数《かづ》ならず。此故《このゆゑ》に腥《なまぐさ》き血《ち》の臭《にほひ》失《う》せて白粉《おしろい》の香《かをり》鼻《はな》を突《つ》く太平《たいへい》の御代《みよ》にては小説家《せうせつか》即ち文学者《ぶんがくしや》の数《かず》次第々々《しだい/\》に増加《ぞうか》し、鯛《たひ》は[#「鯛《たひ》は」は底本のママ]花《はな》は見《み》ぬ里《さと》もあれど、鯡《にしん》寄《よ》る北海《ほつかい》の浜辺《はまべ》、薯蕷《じねんじやう》掘《ほ》る九州《きうしゆう》の山奥《やまおく》に到《いた》るまで石版画《せきばんゑ》と赤本《あかほん》は見《み》ざるの地《ち》なしと鼻《はな》うごめかして文学《ぶんがく》の功徳《くどく》無量広大《むりやうくわうだい》なるを説《と》く当世男《たうせいをとこ》殆《ほと》んど門並《かどなみ》なり。寄《よ》れば触《さは》れば高慢《かうまん》の舌《した》爛《たゞら》してヤレ沙翁《シヱークスピーヤ》は造化《ざうくわ》の一人子《ひとりご》であると胴羅魔声《どらまごゑ》を振染《ふりしぼ》り西鶴《さいくわく》は九皐《きうかう》に鳶《とんび》トロヽを舞《ま》ふと飛《と》ンだ通《つう》を抜《ぬ》かし、何《なに》かにつけては美学《びがく》の受売《うけうり》をして田舎者《いなかもの》の緋《ひ》メレンスは鮮《あざや》かだから美《び》で江戸ツ子の盲縞《めくらじま》はジミ[#「ジミ」に傍点]だから美《び》でないといふ滅法《めつぱふ》の大議論《だいぎろん》に近所《きんじよ》合壁《がつぺき》を騒《さわ》がす事少しも珍《めづ》らしからず。好奇《ものずき》な統計家《とうけいか》が概算《がいさん》に依れば小遣帳《こづかいちやう》に元禄《げんろく》を拈《ひね》る通人迄《つうじんまで》算入《さんにう》して凡《およ》そ一町内《いつちやうない》に百「ダース」を下《くだ》る事あるまじといふ。
夫れ台所《だいどころ》に於ける鼠《ねづみ》の勢力《せいりよく》の法外《はふぐわい》なる飯焚男《めしたきをとこ》が升落《ますおと》しの計略《けいりやく》も更に討滅《たうめつ》しがたきを思へば、社会問題《しやくわいもんだい》に耳《みゝ》傾《かたむ》くる人いかで此|一町内《いつちやうない》百「ダース」の文学者《ぶんがくしや》を等閑《なほざり》にするを得《う》べき。若し惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》を駆《かつ》て兵役《へいえき》に従事《じゆうじ》せしめば常備軍《じやうびぐん》は頓《にはか》に三倍《さんばい》して強兵《きやうへい》の実《じつ》忽《たちま》ち挙《あ》がるべく、惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》に支払《しはら》ふ原稿料《げんかうれう》を算《つも》れば一万|噸《とん》の甲鉄艦《かふてつかん》何艘《なんざう》かを造《つく》るに当《あた》るべく、惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》が消費《せうひ》する筆墨料《ひつぼくれう》を徴収《ちようしう》すれば慈善《じぜん》病院《びやうゐん》三ツ四ツを設《つく》る事|決《けつ》して難《かた》きにあらず、惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》が喰潰《くひつぶ》す米《こめ》と肉《にく》を蓄積《ちくせき》すれば百度《ひやくたび》饑饉《ききん》来《きた》るとも更《さら》に恐《おそ》るゝに足《た》らざるべく、若《も》し又|惣《すべ》ての文学者《ぶんがくしや》を一時《いちじ》に殺戮《さつりく》すれば其|死屍《しゝ》は以て日本海《につぽんかい》を埋《うづ》むべく其|血《ち》は以て太平洋《たいへいよう》を変色《へんしよく》せしむべし。
文学者《ぶんがくしや》は一の社会問題《しやくわいもんだい》なり、貧民《ひんみん》が、僧侶《ばうず》が、娼妓《しやうぎ》が社会問題《しやくわいもんだい》となれる如く。
熟々《つら/\》考《かんが》ふるに天《てん》に鳶《とんび》ありて油揚《あぶらげ》をさらひ地《ち》に土鼠《もぐらもち》ありて蚯蚓《みゝず》を喰《くら》ふ目出度《めでた》き中《なか》に人間《にんげん》は一日《いちにち》あくせくと働《はたら》きて喰《く》ひかぬるが今日《けふ》此頃《このごろ》の世智辛《せちがら》き生涯《しやうがい》なり。学校《がつこう》の卒業《そつげふ》証書《しようしよ》が二|枚《まい》や三|枚《まい》有《あ》つたとて鼻《はな》を拭《ふ》く足《たし》にもならねば高《たか》が壁《かべ》の腰張《こしばり》か屏風《びやうぶ》の下張《したばり》が関《せき》の山《やま》にて、偶々《たま/\》荷厄介《にやつかい》にして箪笥《たんす》に蔵《しま》へば縦令《たと》へば虫《むし》に喰《く》はるゝとも喰《く》ふ種《たね》には少《すこ》しもならず。学士《がくし》ですの何《なん》のと云ツた処《ところ》で味噌摺《みそすり》の法《はふ》を知《し》らずお辞義《じぎ》の礼式《れいしき》に熟《じゆく》せざれば何処《どこ》へ行《いつ》ても敬《けい》して遠《とほ》ざけらる※[#二の字点、1-2-22]が結局《おち》にて未《ま》だしも敬《けい》さるゝだけを得《とく》にして責《せ》めてもの大出来《おほでき》といふべし。ミルトン[#「ミルトン」に傍線]の詩《し》を高《たか》らかに吟《ぎん》じた処《ところ》で饑渇《きかつ》は中《なか》々に医《い》しがたくカント[#「カント」に傍線]の哲学《てつがく》に思《おもひ》を潜《ひそ》めたとて厳冬《げんとう》単衣《たんい》終《つひ》に凌《しの》ぎがたし。学問《がくもん》智識《ちしき》は富士《ふじ》の山《やま》ほど有《あ》ツても麺包屋《ぱんや》が眼《め》には唖銭《びた》一文《いちもん》の価値《ねうち》もなければ取ツけヱべヱ[#「取ツけヱべヱ」に傍点]は中々《なか/\》以《もつ》ての外《ほか》なり。トヾ[#「トヾ」に傍点]の結局《つまり》が博物館《はくぶつくわん》に乾物《ひもの》の標本《へうほん》を残《のこ》すか左《さ》なくば路頭《ろとう》の犬《いぬ》の腹《はら》を肥《こや》すが世《よ》に学者《がくしや》としての功名《こうみやう》手柄《てがら》なりと愚痴《ぐち》を覆《こぼ》す似而非《えせ》ナツシユ[#「ナツシユ」に傍線]は勿論《もちろん》白痴《こけ》のドン[#「ドン」に傍点]詰《づま》りなれど、さるにても笑止《せうし》なるは世《よ》の是《これ》沙汰《さた》、飯粒《めしつぶ》に釣《つ》らるゝ鮒男《ふなをとこ》がヤレ才子《さいし》ぢや怜悧者《りこうもの》ぢやと褒《ほ》めそやされ、偶《たま》さか活《い》きた精神《せいしん》を有《も》つ者《もの》あれば却《かへつ》て木偶《でく》のあしらひせらるゝ事|沙汰《さた》の限《かぎ》りなり。騙詐《かたり》が世渡《よわた》り上手《じやうず》で正直《しやうぢき》が無気力漢《いくぢなし》、無法《むはう》が活溌《くわつぱつ》で謹直《きんちよく》が愚図《ぐづ》、泥亀《すつぽん》は天《てん》に舞《ま》ひ鳶《とんび》は淵《ふち》に躍《をど》る、さりとは不思議《ふしぎ》づくめの世《よ》の中《なか》ぞかし。
斯《かゝ》る中《なか》にも社会《しやくわい》に大勢力《だいせいりよく》を有《いう》する文学者《ぶんがくしや》どのは平気《へいき》の平三《へいざ》で行詰《ゆきづま》りし世《よ》を屁《へ》とも思《おも》はず。春《はる》うら/\蝶《てふ》と共《とも》に遊《あそ》ぶや花《はな》の芳野山《よしのやま》に玉《たま》の巵《さかづき》を飛《と》ばし、秋《あき》は月《つき》てら/\と漂《たゞよ》へる潮《うしほ》を観《み》て絵島《ゑのしま》の松《まつ》に猿《さる》なきを怨《うら》み、厳冬《げんとう》には炬燵《こたつ》を奢《おごり》の高櫓《たかやぐら》と閉籠《とぢこも》り、盛夏《せいか》には蚊帳《かや》を栄耀《えいえう》の陣小屋《ぢんごや》として、米《こめ》は俵《たはら》より涌《わ》き銭《ぜに》は蟇口《がまぐち》より出《いづ》る結構《けつこう》な世《よ》の中《なか》に何《なに》が不足《ふそく》で行倒《ゆきだふ》れの茶番《ちやばん》狂言《きやうげん》する事かとノンキ[#「ノンキ」に傍点]に太平楽《たいへいらく》云ふて、自作《じさく》の小説《せうせつ》が何十遍《なんじつぺん》摺《ずり》とかの色表紙《いろべうし》を付《つ》けて売出《うりだ》され、二号《にがう》活字《くわつじ》の広告《くわうこく》で披露《ひろう》さるゝ外《ほか》は何《なん》の慾《よく》もなき気楽《きらく》三|昧《まい》、あツたら老先《おひさき》の長《なが》い青年《せいねん》男女《なんによ》を堕落《だらく》せしむる事は露《つゆ》思《おも》はずして筆費《ふでづひ》え紙費《かみづひ》え、高《たか》が大家《たいか》と云はれて見《み》たさに無暗《むやみ》に原稿紙《げんかうし》を書《か》きちらしては屑屋《くづや》に忠義《ちうぎ》を尽《つく》すを手柄《てがら》とは心得《こころえ》るお目出《めで》たき商売《しやうばい》なり。月《つき》雪《ゆき》花《はな》は魯《おろ》か犬《いぬ》が子《こ》を産《う》んだとては一句《いつく》を作《つく》り猫《ねこ》が肴《さかな》を窃《ぬす》んだとては一杯《いつぱい》を飲《の》み何《なに》かにつけて途方《とはう》もなく嬉《うれ》しがる事おかめ[#「おかめ」に傍点]が甘酒《あまざけ》に酔《ゑ》ふと|仝《おな》じ。
斯《か》くの如《ごと》く文学者《ぶんがくしや》は身分《みぶん》不相応《ふさうおう》に勢力《せいりよく》を有《いう》し且つ身分《みぶん》不相応《ふさうおう》にのンき[#「のンき」に傍点]なり。世《よ》に気楽《きらく》なるものは文学者《ぶんがくしや》なり、世《よ》に羨《うらや》ましき者《もの》は文学者《ぶんがくしや》なり、接待《せつたい》の酒《さけ》を飲《の》まぬ者も文学者《ぶんがくしや》たらん事を欲《ほつ》し、落《お》ちたるを拾《ひろ》はぬ者も文学者《ぶんがくしや》たるを願《ねが》ふべし。
然《しか》るに世《よ》にすね[#「すね」に傍点]たる阿呆《あはう》は痛《いた》く文学者《ぶんがくしや》を斥罵《せきば》すれども是れ中々《なか/\》に識見《しきけん》の狭陋《けふろう》を現示《げんじ》せし世迷言《よまいごと》たるに過《す》ぎず。冷静《れいせい》なる社会的《しやくわいてき》の眼《め》を以《もつ》て見《み》れば、等《ひと》しく之れ土居《どきよ》して土食《どしよく》する一ツ穴《あな》の蚯蚓《みゝず》※[#「鰌」の「さかなへん」に変えて「むしへん」、第4水準2-87-64、219-12]※[#「むしへん」+「齊」、第3水準1-91-69、219-12]《おけら》の徒《ともがら》なれば何《いづ》れを高《たか》しとし何《いづ》れを低《ひく》しとなさん。濁醪《どぶろく》を引掛《ひつか》ける者が大福《だいふく》を頬張《ほゝば》る者を笑《わら》ひ売色《ばいしよく》に現《うつゝ》を抜《ぬ》かす者が女房《にようばう》にデレ[#「デレ」に傍点]る鼻垂《はなたらし》を嘲《あざけ》る、之れ皆|他《ひと》の鼻《はな》の穴《あな》の広《ひろ》きを知《しつ》て我《わ》が尻《しり》の穴《あな》の窄《せま》きを悟《さと》らざる烏滸《をこ》の白者《しれもの》といふべし。窮理《きゆうり》決《けつ》して迂《う》なるにあらず実践《じつせん》何《なん》ぞ浅《あさ》しと云はんや。魚肴《さかな》は生臭《なまぐさ》きが故《ゆゑ》に廉《やす》からず蔬菜《やさい》は土臭《つちくさ》しといへども尊《たふ》とし。馬《むま》に角《つの》なく鹿《しか》に※[#「うまへん+※[#柳の正字、第4水準2-14-72]のつくり」、219-16]《たてがみ》なく犬《いぬ》は※[#「くちへん」に「若」、219-16]《にやん》と啼《な》いてじやれ[#「じやれ」に傍点]ず猫《ねこ》はワン[#「ワン」に傍点]と吠《ほ》えて夜《よ》を守《まも》らず、然《しか》れども自《おのづか》ら馬《むま》なり鹿《しか》なり犬《いぬ》なり猫《ねこ》なるを妨《さまた》けず。稼《かせ》ぐものあれば遊《あそ》ぶ者あり覚《さ》める者あれば酔《ゑ》ふ者あるが即ち世《よ》の実相《じつさう》なれば己《おの》れ一人《ひとり》が勝手《かつて》な出放題《ではうだい》をこねつけて好《い》い子《こ》の顔《かほ》をするは云はふ様《やう》なき歿分暁漢《わからずや》言語同断《ごんごどうだん》といふべし。縦令《たとひ》石橋《いしばし》を叩《たゝ》いて理窟《りくつ》を拈《ひね》る頑固《ぐわんこ》党《とう》が言《こと》の如く、文学者《ぶんがくしや》を以《もつ》て放埓《はうらつ》遊惰《いうだ》怠慢《たいまん》痴呆《ちはう》社会《しやくわい》の穀潰《ごくつぶ》し太平《たいへい》の寄生虫《きせいちう》となすも、兎《と》に角《かく》文学者《ぶんがくしや》が天下《てんか》の最幸《さいかう》最福《さいふく》なる者たるに少《すこ》しも差閊《さしつかへ》なし。然《しか》るを愚図々々《ぐづ/\》と賢《さか》しらだちて罵《のゝし》るは隣家《となり》のお菜《かず》を考《かんが》へる独身者《ひとりもの》の繰言《くりごと》と何《なん》ぞ択《えら》まん。
加之《しかのみならず》、文学者《ぶんがくしや》を以《もつ》て怠慢《たいまん》遊惰《いうだ》の張本《ちやうほん》となすおせツかい[#「おせツかい」に傍点]は偶《たま》/\怠慢《たいまん》遊惰《いうだ》の却《かへつ》て神《かみ》の天啓《てんけい》に協《かな》ふを知《し》らざる白痴《たはけ》なり。謹《つゝし》んで慮《おもんぱ》かるに神《かみ》の御恵《みめぐみ》洽《あまね》かりし太古《たいこ》創造《さう/″\》の時代《じだい》には人間《にんげん》無為《むゐ》にして家業《かげふ》といふ七むづかしきものもなければ稼《かせ》ぐといふ世話《せわ》もなく面白《おもしろ》おかしく喰《くつ》て寝《ね》て日向《ひなた》ぼこりしてゐられたものゝ如し。アダム[#「アダム」に傍線]の二本棒《にほんぼう》が意地《いぢ》汚《きたな》さの摂《つま》み喰《ぐひ》さへ為《せ》ずば開闢《かいびやく》以来《いらい》五千|年《ねん》[#底本では「わん」のルビ]の今日《こんにち》まで人間《にんげん》は楽園《パラダイス》の居候《ゐさふらふ》をしてゐられべきにとンだ[#「とンだ」に傍点]飛《とば》ツ塵《ちり》が働《はたら》いて喰《く》ふといふ面倒《めんだう》を生《しやう》じ※[#二の字点、1-2-22]は扨《さて》も迷惑《めいわく》千万《せんばん》の事ならずや。神《かみ》が創造《さう/″\》の御心《みこゝろ》は人間《にんげん》を楽《たのし》ましめんとするにありて苦《くるし》ましめんとするにあらず。無為《むゐ》は天則《てんそく》なり、無精《ぶしやう》は神慮《しんりよ》に協《かな》へり。正直《しやうぢき》の頭《かうべ》に神《かみ》宿《やど》る――嫌《いや》な思をして稼《かせ》ぐよりは真《ま》ツ正直《しやうぢき》に遊《あそ》んで暮《くら》すが人間《にんげん》の自然《しぜん》にして祈《いの》らずとても神《かみ》や守《まも》らん。文学者《ぶんがくしや》を以て大《だい》のンき[#「のンき」に傍点]なり大《だい》気楽《きらく》なり大《だい》阿呆《あはう》なりといふ事の当否《たうひ》は兎《と》も角《かく》も眼《め》ばかりパチクリ[#「パチクリ」に傍点]さして心《こゝろ》は藻脱《もぬけ》の売《から》となれる木乃伊《ミイラ》文学者《ぶんがくしや》は豈《あ》に是れ人間《にんげん》の精粋《きつすゐ》にあらずや。
且つ又|聖経《バイブル》の教ふる処《ところ》に依《よ》れば天国《てんこく》に行《ゆ》かんとすれば是非《ぜひ》とも小児《せうに》の心《こゝろ》を有《も》たざるべからず。小児《せうに》の如くタワイ[#「タワイ」に傍点]なく、意気地《いくぢ》なく、湾白《わんぱく》で、ダヾ[#「ダヾ」に傍点]をこねて、遊《あそ》び好《ずき》で、無法《むはふ》で、歿分暁《わからずや》で、或時《あるとき》はお山《やま》の大将《たいしやう》となりて空威張《からゐばり》をし、或時《あるとき》はデレリ[#「デレリ」に傍点]茫然《ばうぜん》としてお芋《いも》の煮《に》えたも御存《ごぞん》じなきお目出《めで》たき者は当世《たうせう》[#「たうせう」は「たうせい」?]の文学者《ぶんがくしや》を置《お》いて誰《た》ぞや。
文学者なる哉[#「文学者なる哉」に傍点]、文学者なる哉[#「文学者なる哉」に傍点]。天変地異《てんぺんちい》を笑《わら》つて済《す》ますものは文学者《ぶんがくしや》なり。社会《しやくわい》人事《じんじ》を茶《ちや》にして仕舞《しま》ふ者は文学者《ぶんがくしや》なり。否《い》な、神の特別《とくべつ》なる贔屓《ひいき》を受《う》けて自然《しぜん》に hypnotize《ヒプノタイズ》 さる※[#二の字点、1-2-22]ものは文学者《ぶんがくしや》なり。文学者なる哉[#「文学者なる哉」に傍点]、文学者なる哉[#「文学者なる哉」に傍点]。
我れ三文字屋《さんもんじや》金平《きんぴら》夙《つと》に救世《ぐせい》の大本願《だいほんぐわん》を起《おこ》し、終《つひ》に一切《いつさい》の善男《ぜんなん》善女《ぜんによ》をして悉《ことごと》く文学者《ぶんがくしや》たらしめんと欲《ほつ》し、百で買《か》ツた馬《むま》の如くのたり/\[#「のたり/\」に傍点]として工風《くふう》を凝《こら》し、虱《しらみ》を捫《ひね》る事一万疋に及びし時|酒屋《さかや》の厮童《こぞう》が「キンライ」節《ふし》を聞いて豁然《くわつぜん》大悟《たいご》し、茲に椽大《えんだい》の椎実筆《しひのみふで》を揮《ふるつ》て洽《あまね》く衆生《しゆじやう》の為《ため》に為《ゐ》文学者《ぶんがくしや》経《きやう》を説解《せつかい》せんとす。
右から見ても左から見ても文学者は最幸最福なる動物なり[#「右から見ても左から見ても文学者は最幸最福なる動物なり」に傍点]。我が抜苦《ばつく》与楽《よらく》の説法《せつぱう》を疑《うたが》ふ事なく一図《いちづ》に有《あり》がたがツて盲信《まうしん》すれば此世《このよ》からの極楽《ごくらく》往生《おうじやう》決《けつ》して難《かた》きにあらず。銀価《ぎんか》の下落《げらく》を心配《しんぱい》する苦労性《くらうしやう》、月給《げつきふ》の減額《げんがく》に気《き》を揉《も》む神経《しんけい》先生《せんせい》、若《もし》くは身躰《からだ》にもてあます食《しよく》もたれの豚《ぶた》の子《こ》、無暗《むやみ》に首《くび》を掉《ふ》りたがる張子《はりこ》の虎《とら》、来《きた》つて此|説法《せつぱう》を聴聞《ちやうもん》し而してのち文学者《ぶんがくしや》となれ。朝飯前《あさめしまへ》の仕事《しごと》にして天下《てんか》を驚《をどろ》かす事|虎列刺《コレラ》よりも甚《はなは》だしく天下《てんか》に評判《ひやうばん》さる※[#二の字点、1-2-22]事|蜘蛛《くも》男《をとこ》よりも隆《さか》んなるは唯其れ文学者あるのみ[#「文学者あるのみ」に傍点]、文学者あるのみ[#「文学者あるのみ」に傍点]。



底本:「日本の名随筆60 愚」作品社
   1987(昭和62)年10月25日第1刷発行
   1990(平成2)年6月30日第5刷
底本の親本:「文学者となる法」右文社
   1894(明治27)年4月
入力:奥村正明
校正:菅野朋子
2000年8月1日公開
2003年5月20日修正
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