懺悔《ざんげ》は語られざる哲学である。それは争いたかぶる心のことではなくして和《やわら》ぎへりくだる心のことである。講壇で語られ研究室で論ぜられる哲学が論理の巧妙と思索の精緻《せいち》とを誇ろうとするとき、懺悔としての語られざる哲学は純粋なる心情と謙虚なる精神とを失わないように努力する。語られる哲学が多くの人によって読まれ称讃されることを求めるに反して、語られざる哲学はわずかの人によって本当に同情され理解されることを欲するのである。それゆえに語られざる哲学は頭脳の鋭利を見せつけようとしたり名誉を志したりする人が試みない哲学である。なぜならば語られざる哲学の本質は鋭さよりも深さにあり巧妙よりも純粋にあるからである。またそれは名誉心を満足させるどころかかえってそれを否定するところに成立するものであるからである。
私のいま企てようとする哲学は、論理的遊戯に慣れた哲学者たちが夢にも企てようとは思わない哲学である。私は自己の才能を試みんがためにこれを書くのではなく、自己の心情の純粋を回復せんがためにこの努力をするのである。そしてこの努力が本当に成功するならば、私はこの一篇を書き終るとともに全く新しい性格の人として見出されるであろう。私は今年二十三である。すべてを ab ovo(始めから)に始めるために過去を食いつくしてしまわなければならない。私は私の半生の生活を回顧してその精算書を作ることを要求されている。そして私の精算書はつぎのようなふしぎな形式をとるであろう。私は自分が何をもっているかまた何をもっていないかを正直に知らなければならない。そしてそれの正当な認識はきっと私の虚栄心を破壊するにちがいない。けれど真に生きることはそこから始るのだ。私の努力が虚《むな》しく終るかあるいはよき実を結ぶか否かは私が本当に正直になりうるか否かによって決ることである。
かつて私は同じような試みに悩ましいいく日かを送ったことがある。最初の試みは失敗して第二の試みがつづいた。第二の試みが失敗して第三の試みがつづいた。その当時私は失敗の原因を一方では私の体験の貧しさと思索の弱さと他方ではこうした仕事に専念することによって私は断片作者になりはしないかとの反省とに帰していた。私はいま私の失敗のさらに重要な原因を正しく見定めることができるように思う。体験の貧しさと思索の弱さとはいかにも失敗の原因には相違ないが、私がその失敗の後に非常な焦躁《しょうそう》と不安とを感じたことをもって見れば私の企ての動機のなかに不純なものが含まれていたことは明らかである。原稿はその最初の十枚にもみたない前にいく度となく裂《さ》かれたり焼かれたりした。私が草稿を作ろうとした動機の有力なものに、その草稿が人々によって読まれ称讃されることがなかったとは誰が保証することができよう。私の失敗は遺憾《いかん》なく私のかくされていた虚栄心を暴露した。私は隠謀があばかれたもしくは野心がすっぱ抜かれた人のような心持で、腹立たしいそして不安な憂欝《ゆううつ》の中を彷徨《ほうこう》した。私はその頃まだ私の仕事が決して他人を相手とすべきではなく私自身を相手とすべきことを知らなかったのであった。体験の貧しさと思索の弱さとは真の仕事の基礎となってそれを成就させるものでないことはいうまでもないが、それらについての正しき自覚と反省とは真によき仕事への必要な準備であることは疑いもないことである。体験の貧しさと思索の弱さとをしみじみと感ずることは私たちを決して不安と焦躁とに駆りはしないで、かえって静けさと安けさとに導く。不安と焦躁とは傲慢《ごうまん》な心のことであり、静けさと安けさとは謙虚な心のことである。よき魂は謙虚な魂であり、そしてよき魂のみがよき仕事を成し遂げることができる。
私の失敗が本当に私の体験の貧しさと思索の弱さとに本《もと》づいていないことは、それのみならず私のその後の生活が決して改善されなかった事実が確かに証明していることである。自己の貧しさと弱さとの真の自覚は私たちをよき生活への憧憬と精進とに向わせずにはおかないであろう。断片作者になってしまいはしないかとの懸念が、私の失敗の事実上の原因であるにしてもそれが正当な原因であり得ないことは無論である。事実、私には断片作者となりやすい可能性が十分にあり、それに対して周到な警戒が必要なのであるが、私の試みは本質的には事業の問題ではなくして心情の問題である。過去の生活の精算をするというのが主要なことであって、その精算書を作るや否やは畢竟《ひっきょう》従属的な、いわば方便上のことである。よき仕事を為《な》そうというのではなくして、それへの正しき準備をなすのである。あるいは結果を求めるのではなくして、結果への道を拓《ひら》くのである。よき魂を作ること、さらにはよき魂となることが私たちに最も大切な仕事であることを知っている人は、過去の生活や思想や感情のまとまらない精算が正しく行われるときには、決して断片作者を作りはしないことを確信するであろう。私はいま以上の二点についてたぶん間違っていない考えを得たように思うから、これから私は大胆にそして正直に私の仕事に向わなければならない。
二
語られる哲学においてと同じように、語られざる哲学において大切なことは、正しき問い方(Fragestellung)をすることと正しき出発点をとることとである。正しき問い方をなさないものは決勝点を見定めておかないで、かってな標的に向って走る選手のようなものである。彼のすべての努力は単に疲労をもたらすばかりであって、とうてい勝利を贏《かちえ》させはしないだろう。正しき出発点をとらないものは、あたかも誤ったコースに従って走る選手である。彼が一生懸命に走れば走るほど、彼は決勝点から遠ざかりつつあるのである。カントは哲学に正しき問い方を教えたものとして、デカルトは哲学の正しき出発点を見出したものとして殊に称讃されている。語られざる哲学の問題は、一体、いかにして正しく提出され得るであろうか。
私は二つの問題の提出の仕方をもって極めて正当なものとして挙げ得ると思う。第一、いかにしてよき生活は可能であるか。第二、よき生活はいかなるものであるか。すなわち第一はよき生活の必然的制約 conditio sine qua non としての形式の問題であって、第二はよき生活の内容の問題である。まず最初に注意すべきは、私がよき[#「よき」に傍点]生活というのは単に道徳的な生活のみを主張するのではなく、正しき[#「正しき」に傍点]もしくは美しき[#「美しき」に傍点]生活をも含めて簡単な名をもって呼んだのに過ぎないということである。つぎに何故に生活一般の形式および内容が問題とならないで、特によき[#「よき」に傍点]生活の形式と内容とがここでは問題となるかを注意しなければならない。生活一般の形式と内容とに関しては、生理学や心理学や社会学が論議するであろう。私の語られざる哲学は生きることではなく、正しく、よく、美しく生きることについて静かに思いを廻《めぐ》らそうとする。語られざる哲学の学徒は必然的に自然主義者でなくして理想主義者である。さらに注意すべきは、私がいま提出した二つの問題すなわちよき生活はいかにして可能であるか、よき生活はいかなるものであるかとの問題は、畢竟従来の論理学が盛んに論議し来った問題と同一ではないかとの疑問である。この疑問は一応当然の疑問であるように見えるけれども、結局は事物の外観に泥《なず》んでそれの本質を究めようとしない者の言に過ぎない。論議される倫理学は単に論理上斉合的な、いわゆる悟性必然的なよき生活に関する知識をもって満足する。これに反して語られざる哲学にとっては、生活を改造しない知識、現実を支配しない理想は、音ばかりして決して射殺することができない弾丸が猟夫にとって無意味であると同様に無意味である。それは知識よりも生活を重要視する。そしてそれは真理に関する知識はただ生活することによってのみ得られるという信念を棄てようとはしない。私はいまトルストイの『我が懺悔』の一節を引用することが適当であると思う。「私は自分の間違っていたことを知り、いかにしてその間違いができたかを会得した。私が間違いをしていたのは、私の考え方が正しくなかったというよりもむしろ、私が忌わしい生活をしていたからであることを知った。真理が私に隠されていたのは、私の推理が誤っていたというよりも、私が肉の煩悩を満足させようとして、法外な道楽者の生活を送っていたからであることを知った。」語られざる哲学が求める真理は全人格が肯定しまた全人格が喜ばしさに盈《み》ち溢《あふ》れつつ服従する生ける真理である。それは私たちにとって律法ではなくして愛の対象となるような真理である。
私は語られざる哲学の正しき出発点について最初の思索を試みようと思う。
三
有名なデカルトはその哲学の出発点に当ってすべてを疑った。単に伝統や証権やが教えるものばかりでなく自己の感官、進んでは自己の理性の指示するところのものをも疑った。De omnibus dubitandum.(あらゆるものを疑ってみなければならない)しかして彼が方法論的懐疑といわるるものの最後に到達した真理は Cogito ergo sum.(われ思う、ゆえにわれ在り)ということであった。この絶対に疑い得ないと信ぜられた真理から出発して彼は因果律を用いて神の存在を証明し、かくして最初には疑われたものを懐疑の中から救い得ることを論証しようとした。語られざる哲学の出発点もまた懐疑であるであろうか。多くの人々にとって自明であるこの事実を、私も一応は是認しなければならない。私たちが現に感じ知り欲しておるありのままの事実を、なんらの疑いもなくそのまま受容し承認する人々に、語られざる哲学のないことは論を俟《ま》たない。現実に対して不満を感じ疑いを懐くところから私たちの哲学も始るのである。懐疑はふつう征服されるものであるが、それが征服されない形でとどまる場合には、私たちはそれを懐疑主義もしくは懐疑説の名で呼んでいる。批判哲学の学徒は懐疑主義の成立が不可能なるゆえんを論じて、懐疑主義は自殺である。懐疑主義が主張されるということは、すでに真理の存在を予想するものであるという。私は批判哲学のこの鋭い批判をも承認しなければならない。語られる哲学における懐疑説は、おそらくこの投ぜられた槍によってひとたまりもなく射殺されるであろう。けれども、語られざる哲学における懐疑説は頭脳の考えたものではなく、心臓の感ずるものであるがゆえに、単なる論理によって征服されるようなものではない。私たちはしばしば頭で反対しながら心臓で信ずる。それは概念上の懐疑主義ではなくして生活上の懐疑主義である。
私が知恵によって目覚まされてから後いくばくもなく私の懐疑が始った。私の意識された知的生活の殆ど最初の日から、私は学校や教師をあまり信用しなかったし、またそれらから教えられる道徳に大した権威をおくこともできなかった。私は悪戯好《いたずらず》きで反抗的な子供であった。教室では傍視《わきみ》をしたり、隣の生徒に相手になったり、楽書《らくがき》をしたりばかりしていた。けれども成績の良い子供であるという教師たちの評判が私を妙に臆病にさせた。中学時代になってからは権威に対する懐疑と反抗と自己の力を示したいという虚栄心とから私は体操の教師と衝突し、文芸部の主任に反対し、校長に対してまで反抗した。その頃私は弁論の練習をしながら大政治家になろうという空漠な野心に燃えていたのだった。伝統や証権に対する懐疑が悪いことであるとは私は決して信じない。懐疑が悪いこととして否定されなければならない場合はいつでも、第一にその懐疑が徹底していないとき、第二にその懐疑の動機が正しくないときである。懐疑主義者と自称する世の多くの人々と同様に、私も徹頭徹尾懐疑的でなかった。学校や教師を信じなかった私は書物や雑誌を信じた。そして書籍の中でも偉大なる人々が心血を傾け尽して書いたものを顧みることは、旧思想との妥協者として譏《そし》られる恐れがあったので、私は主として虚栄心のためあるいはパンのために書かれた一夜仕込の断片的な思想を受け容れた。なんでも新しいものは真理であると考えられるような時代が私にもあった。私はいわば犬の智恵をもって人間の智恵を疑ったのである。私は少しでも異なったことをいう人の名をなるべく多く記憶したり、ちょっとでも新しいことを書いた書物の題をなるべくたくさんに暗記して、ただそれだけでいわゆる旧思想が完全に破壊され得ると考えていたらしい。
私の懐疑は私自身の苦しい思索の結果というよりもむしろ私の断片的な知識の蒐集《しゅうしゅう》に本《もと》づいていた。しかしさらに悪いことは、私は私が懐疑主義者であるがゆえに私は他の人たちよりも優秀な人間であると思っていたことであった。私はひとかどの思想家のつもりで他のまじめに学業に励み教訓に忠実な人々を蔑んだ。私たちがそれらの人々を呼んだ名は「古い頭の男」もしくは「意気地のない男」というのであった。けれども懐疑主義はどんな理由からでも他人を攻撃することができないはずではないか。懐疑主義が売物にされることほど不合理なことはない。懐疑主義はそれが正当に解された場合においてさえ語られざる哲学においてのみ許され得る思想である。いまから考えてみればあの時代の私の懐疑は新思想を担《かつ》ぎ廻って新しがらんがための懐疑であり、自己の虚栄心に媚《こ》びんがための、あるいは人が自明のことと承認していることをも疑い得る能力が私にあることを示さんがための懐疑であったように思う。
語られざる哲学の正しき懐疑主義者は謙遜であり、まじめでなければならないのであるが、その頃の私の心は傲慢であったし私の生活はふまじめであった。単に疑わんがために疑っていた私の不徹底な懐疑主義は、よく起るように自然主義と結びついてそれを弁護する役目をさえ演じた。語られる権利ももたず、またそれを欲しないはずの懐疑主義はそれが語られ主張され、さらにはそれが他を弁明し擁護するに従ってますます悪くなる。私が悪事をなしたとき私の魂は悲しんだ。けれど誰かが私の悪を詰責しようとしたとき私の傲慢な心は答えた、「一体何が善であり悪であるのか。伝統や因襲やに束縛されている人のほかは誰だって道徳の標準を示し得ないのだ。」何人も正直に考えるときには懐疑主義と自然主義との間になんら必然的な論理的連絡もないことを容易に発見するであろう。ただ自己の情慾に従って生活する自然主義者といわるるものの多くが懐疑説をもって自己の悪しき生活の弁護の具となしやすい事実は、いかに懐疑が徹底的にしかして正しき動機をもって始められ難いかを語っている。真の懐疑は単に古きものや一般的なるもののみでなく新しきもの、特殊的なるものにも向けられ、一切の外的と他律的とを排して純一なる内的と自律的とに向う努力において成立するのである。あるいは単に自己以外のもののみならず自己そのものをさえ疑い否定する努力において初めて見出されるのである。私たちが徹底的な懐疑と呼びうるものは、実にかくのごとき懐疑である。それゆえに徹底的な懐疑とはすべてのものを殺し、従って自己をも殺すことである。かくのごとき懐疑の後に再びすべてのものを生かし、従って自己をも生かすことができるか否かは、実際かくのごとき懐疑に生きた人のみが体得し得ることであろう。疑いを征服する仕方は疑いの対象となるものを悉《ことごと》く否定してしまうよりほかにはない。懐疑が正当に結びつき得るものは一部分の否定ではなくして全体の否定である。懐疑の完成は使徒パウロが「われもはや生けるにあらず、キリストわれにおいて生けるなり」といったところにおいて見出されるのである。
自己の否定する心の犀利《さいり》を矜ったり、いたずらに他と標異することを好んだり、もしくは自己の不道徳な生活を弁護したりすることが懐疑の正当な動機であることができないのは明白なことである。懐疑は論理をもって戯れることではなくて魂のまじめなる悩みである。懐疑の正しき動機はかようにして、よき生活への意志でなければならない。現実の世界もしくは自己に満足せずしてさらに価値多き世界、もしくは自己に憧憬する心において初めて正しき懐疑は見出されるのである。現実と理想、価値なきもしくは価値少きものと、価値あるもしくは価値多きものとの対立や矛盾を感ずる懐疑、その対立と矛盾とを悲しみ悩む懐疑こそ正しき懐疑である。懐疑はそれ自身消極的、否定的態度であるにしても根本的には積極的、肯定的態度を予想する。絶対に光を見ず、また光の予感をもたずしてただ闇の中に住める人の心には懐疑はない。プラトンがいったような身は肉体の牢獄の中にありながらイデアの世界に還《かえ》ろうと憧がれ求めておる人間の魂においてのみ正しき懐疑はある。懐疑に伴う寂しさや悩しさは、それゆえに、意識されたもしくは意識されない生《う》みの悩みである。私のこの考察はまだ間違っているのではなかろうか。真にまじめなる懐疑はむしろなんらの動機をも含まない懐疑、換言すれば疑わないではいられないから疑うところの懐疑であるのであろう。彼の魂は瞬《まばた》きせざる眼をもって見詰めながら闇の唯中を彷徨《ほうこう》する。時に彼の眼が闇の中に光の幻覚を生ずることがあっても彼の魂は欺かれはしない。かくのごときなんらの動機をも含まない、従って殆んど宿命的に感ぜられる懐疑の特質は、それが徹底的であるということである。私はここにおいて真の懐疑とは徹底的な懐疑であるという前に得たと同様な結論に達した。しかして徹底的は全体の否定を意味する。
人々はしばしば次のように語る、懐疑は疲れ、傷つき、病める心のことであって、健康で活動する心の知らないことであると。私は彼らがこの言葉によって何を意味しようとしておるかを認識し、また彼らの意味することが事実であることを承認することを惜《おし》まない。彼らのいう懐疑は、私がここに正しきもしくは真の懐疑とよぶところのものでないことは明らかである。真の懐疑は柔弱ではなくて剛健な心、自分自身をも否定して恐れない心、ヘーゲルの言葉を用いるならば真理の勇気(Der Mut der Wahrheit)をもった心において可能である。それは戦士のような心のことであって、掏摸《すり》のような心のことではない。かようにして懐疑という言葉に伴いやすい種々の不純な意味を退けて、それが含まねばならぬ積極的な方面を特に高調するために、私は反省という言葉を選び反省をもって語られざる哲学のとらねばならない正当な出発点と見做《みな》そうと思う。反省ということに関しては後に再び考察する機会をもつはずである。私は私の過去の内的生活における懐疑の役目について、わずかばかりの回顧をなしておく必要があるように思われる。
四
全体の傾向からいうと私は決して世のいわゆる懐疑的ではない。私を懐疑的から遠ざけた第一のものは、私の友だちが私をよぶにしばしば用いた「エネルギッシュ」ということであった。人並以上の頑健な体格を恵まれ、かつて一度も病気と名づけられるほどの病気をしたことのない私の中には、元気が横溢して絶えざる活動を私に迫った。私は数人前の食事をすることができた。ゲーテは幾人もの友だちに次から次へとつき合って食事したといわれているが、この点では私も決してゲーテに劣らなかった。私はわずかの睡眠で済ますことができた。中学時代の頃私は別に必要に迫られているわけでもないのに、月に一回は徹夜して読書することに決めていたことがあった。私は私の精力を主として散歩と読書とに費した。私は大抵の人には負けずに歩くことができたし、読書の量もふつうの人に劣らなかった。精力はあり、知識慾は人一倍強く、それに虚栄心や野心も盛んであった私は、学問のあらゆる分科にわたって手当り次第に新しきものを求めた。しぜん私は吸収に没頭して消化の方面を顧みなかった。こうした外向的な活動に専念している人に懐疑の起る余裕のあるはずがない。時に疑いを生ずることがあっても、私は私が接するであろう新しき思想、新しき書物によって解決され得るものと漠然と考えて、これを自らに求めて解決しようなどとはしなかった。私は殆んど本能的な活動慾に駆られて私の目の前に現われる何物にでも手を動かした。その頃の私はちょうど執拗な鈍痛を頭に覚える男がそれを鎮めようとして無暗に頭をぶっつけ廻るようなものであった。内省の余裕のない限りない活動には懐疑に伴うような憂鬱は随ったが懐疑そのものは含まれていなかった。私も他の人もこのあくことを知らない活動を包む本能的な憂鬱をみて私を懐疑家であると思い誤っていたらしい。精力の過剰に悩む人の雰囲気を作っている暗くて寂しい陰影は、けれども、病弱なそしてひねくれた心に起りがちな懐疑に伴う淡いけれど鋭い感じのする憂愁でもなければ、またそれは正しき懐疑に随う安けさと静けさとを含んでもいない。
私はいま何が正しくそして何が誤っているかをはっきりと見定めることができるように思う。はたらくということ、そこにはなんらの非難さるべき誤りもない。人生の本質、一般に実在の本質は活動にある。それゆえにあるものが偉大なる力を発揮してはたらけばはたらくほど、そのものの実在性と価値とは大である。まことに眠れる獅子は吠ゆる犬に及ばない。誤りはその活動が正しき方向に向ってまたにおいて行われないというところに存する。誤っているのは活動そのものではなくして理想のない盲目的な活動である。頭で認識するよりも心で確信することがさらに大切であること、自己の良心で判断してみないことは無暗に受容したり排斥したりしないこと、虚栄心や名誉慾やは決して正しき真理に導かずしてただ真理に対する恐れざるしかしてやさしき愛のみがそれをなすこと、これらの点を体認して、外向的よりもむしろ内向的活動がいっそう重んずべきものであることを知っている人にとっては、活動はそれが大であればあるほどよき活動である。かようにして活動が理想の光によって照らされるとき、陰鬱な気持は晴れて快活となり、宿命的な感じは退いて自由創造的となり、悩しき反抗はやさしき抱擁に道を譲るのである。正しき懐疑はすべての否定であるがゆえに、それは絶大なる活動である。自己の魂のすべてをあげての奮闘である。けれどふしぎにもそこには傲《おご》り高ぶる心がなくしてへりくだるやさしき心がある。
第一のものと関連して私を懐疑的から遠ざけたものは私の反抗する心であった。私は剛情で片意地であった。それに悪いことには少しばかりの才能を持合せていたので、私は多くの人に起るように何にでも反対したり反抗したりして自己の才能を示そうとした。私は自分の意志することはなんでも成遂げられると信じていた。そして私は私の注目に値したすべての種類の人になることを次から次へと空想して行った。政治家、弁護士、法律学者、文学者、批評家、創作家、新聞記者、哲学者……。ただ私が初めからなってみようと思わなかったことが二つあった。それは商売人と軍人とである。後に私の反抗は習慣的になってしまって、なんらの動機もなく、またなんらの理由もなしに、ただ無暗と人に反対したり喰ってかかったりした。私はそうしたあとで本当にやるせない寂しさの中に自己の醜悪を感ずるのであったが、習慣から脱することは他から考えられるほど容易なことではなかった。私はあたかも傷ついた野獣のような姿をして、ただなんでもいいから自己を通そうとした。私の友だちは私のこの性質を「押しが強い」と名づけた。反抗は外に向う心であり物をそれに従って正直に理解することではないから、反抗が行われるところに正しき懐疑は存在しないのは明らかである。真の疑いはいつでも自己に反って求めるところから、事物をありのままに認識するところから始るのである。
二、三の友だちは私にこういった、「君は不幸に逢わなければよくなれない。君は大きな打撃にぶっつかる必要がある。」私はいまそれらの言葉をもう一度はっきりと思い起して、その意味を自分で適当に解釈しながらしみじみと味ってみる必要がある。それは何より先に謙遜なる心の回復を意味するのでなければならない。しかるに謙虚なる心は小さい自我を通す喜びによってよりもそれを粉砕する悲しみによって得られるのである。険しい道に由《よ》り狭い門をくぐって私たちは天国に入るのである。この世の智恵を滅ぼすとき神の智恵は生れる。まことに天国は心の貧しき人のものである。私はいまさらに新なる感興をもってゲーテの有名なる詩の一句を誦せざるを得ない。
[#ここから引用文、2字下げ、本文とは1行アキ]
Wer nie sein Brot mit Tranen ass,[#「Tranen」の「a」はウムラウト(¨)付き]
Wer nie die kummervollen Nachte[#「Nachte」の「a」はウムラウト(¨)付き]
Auf seinem Bette weinend sass,
Der kennt euch nicht,ihr himmlischen Machte![#「Machte」の「a」はウムラウト(¨)付き]
私は私の過去の哲学的生活の簡単で殆んど形式的な回顧においてさえあまりに情熱的であったように思う。私の情熱が私をふしぎに寂しく悲しいものにする。私は外に向うべき眼をもって自己の内を見ているようだ。少くとも自分自身を説服しようという無邪気ならぬ心組から何物をも求めようという成心のなかるべき懺悔の心を失いつつあった。懺悔は内に翻された眼によって、そしてその眼は恐らく湿っているであろうが、しみじみと自己を眺めることである。それは他に対しては固《もと》より自己に対してでさえ何物をも教えようとはしない絶対に謙虚なる心である。世のいわゆる哲学が集められ貯えられたる智恵に基礎をもつことを誇りげに語ろうとするとき、懺悔は自己が無智において成立する哲学であることをつつましやかに黙しつつ承認する。
けれど私はこの場合哲学がいかなるものであるべきか、厳密にいえば少くとも私の心が要求しまた私がそれを与える人でありたいと欲する哲学が、いかなるものであるべきかについて、二、三の考察を試みておくことが適当であると思う。
一般に哲学へのあり得べき正しき道として三つのものが指摘し得られる。第一は自己の深き体験から出て来、またそれに向う反省から哲学へ至る道である。私たちがふつう不注意と無感覚との中に投げ棄てている日常の瑣末《さまつ》な出来事をさえも自己の魂の奥底へまで持来して感じ、人生において大切なことは「何を」経験するかに存せずして、それを「いかに」経験するかに存するということを真に知れる人はまことに哲学的に恵まれた人である。彼は多き経験とともに深き経験を欲し、しかして深き経験とは彼にとっては必然的に反省的なる経験である。彼の体験は自ら反省にまで発展し、彼の反省は必然に体験にまで還って来る。哲学への第二の道は哲学史の徹底的な研究の道を通してである。事物の外観に迷わされずしてそれの根柢へはいって行ってそれの精神を体験し得る人、哲学史上の偉大なる人たちは、起伏する波の頂点であると考えてそれの基底をなす潮流の中へ自らを沈めようとする人、そしてそれらの体験と沈潜とから得来ったものを自己の形式において生かそうとする人は、哲学に対しては選ばれたる人である。彼の胸には思想史上の天才に対する尊敬と愛とが波打っているが、しかもそれらの天才において何が永遠なるもので何が一時的なるものであるかを本能的な確かさをもって感ずることができ、しかして彼の頭脳は感得されたものに新しき統一を要求する。彼の魂は単なる客観に没頭して自己を忘れるためにはあまりに力強いのである。最後に特殊科学の究竟《きゅうきょう》的な研究は哲学への第三の道として私たちの前に開けている。一般の人ばかりでなく専門家たちが自明の真理として許容し前提する事柄をもう一度根本的に疑ってみる大胆と勇気とがある人、個々の知識に満足せずしてそれの根柢を究めようとする人は、哲学のよき学徒たる資格を十分に具えた人である。彼は子供のような無邪気さと聡明さとをもって問い、強迫観念病者のような執拗とともに明るい直観をもって研究し洞察する。彼は大地の堆《うずたか》い堆積や限なき永劫《えいごう》よりも一瞬の間にせよ闇黒の深さを破って輝く星の光を愛することを知っている。太初《はじめ》にあり、神と偕《とも》にあり、そしてすなわち神であるロゴスこそ彼がすべてのものを棄ててまでも求め出そうとするところのものである。しからばこれらの三つの道に共通なるものは何であるか。私は哲学に対して起りやすい二つの疑問に答え、また哲学について伴いがちな二つの誤解を正すことによって、この問題は適切に解決されるのではないかと考える。人々はいう、一体哲学などというものがあり得るか、あるとしてもそれは要するに空中楼閣に過ぎないのではないかと。いかにもそのとおりである。その体験が反省的な根強さも深さももっていない人、哲学史の知識を自己の博学を矜る具に供したり社交場裡の話柄に用いたりして得意気に満足しておる人、ないしは特殊科学の知識を単に実用に役立てる利口な人やもしくはどこまでも専門学者としてとどまろうという人、それらの人々にとっては実際哲学がないのが事実であり、またそれが空中楼閣に過ぎないかのごとく見えるのが当然である。哲学は知られるものでもなければまた教えられるものでもない。哲学はただ実際にフィロゾフィーレン(哲学思索)する人、事実哲学に生き哲学を生きた人にとってのみ存在する。厳密な論理を辿る学問でありながら他の特殊科学と異なる特質、もしそれに含まれやすい誤解を除いて考えるならば、哲学があらゆる学問の王であるゆえんは、実にこの点に存するのである。さらに他の人々は気遣わしげに問う、哲学が論ずるような普遍的なもの、論理的なものはわれわれの人生には没交渉でありなんらの影響をも与えないものではないかと。これもまた疑われるとおりである、もし彼が現実についての反省されない粗雑な観察や認識に満足してそれの根柢を究めようとしないとき、事実経験され感受されるもの以上に超越しようとする要求をもたないとき、彼にとっては論理的、普遍的を取扱う哲学は、むしろ有害なものであるか、高々無聊なる時間をやる閑事業であるかに過ぎないであろう。しかしながらこれに反して自分自らフィロゾフィーレンする人、すなわち論理的なるもの、普遍的なるものに関して苦しく力強き思索に実際生きた人にとってはこれらの疑問ほど無意味なものはない。彼らにとってはかかる論理的なるもの普遍的なるものこそ人生を生きるために、いやしくも人生を正しく深く美しく生きるためにはなくてはならぬものである。イデーに生きまたイデーを生かそうとする生活、イデーの力に対する希望と信頼、そこに哲学的生活の本質はあり、そしてかかる哲学的生活からのみ真の哲学は誕生する。真理の勇気と精神の力の信仰とは、へーゲルがいったように哲学の第一の条件である。
以上の二つの疑問に答える共通な一つの答、すなわち自らフィロゾフィーレンせよということは、以下の、前にあげた疑問に対応もしくは対立する二つの誤解を防ぐためにも十分であるであろう。私がここにいう二つの誤解の第一のものは、哲学をたいへんに高遠で深邃《しんすい》なことと考えて、かような哲学をちょっとでも齧《かじ》ることを非常に偉大なことと心得て思いあがる人々に属するものである。人々が幽玄とし迂闊とする哲学を知っておくことは自己を他の人々から標異せしめ、自己の虚栄心を満足させるために最もつごうのいいことだと彼らは考える。あるいは彼らは哲学の秀れた点は主として人々が高遠とし深邃として遠ざけるちょうどその点にあると思惟する。けれども哲学の貴い点はそれが自己の外に尋ね求められるものでなく、かえって自己の内に還り見出される点にある。語られる哲学の根柢は語られざる哲学にある。そして語られざる哲学は必然的に虚しくへりくだる心の純粋において成立するのである。Les grands pensees[#「 pensees」の二つ目の「e」はアクサン(´)付き] vient de coeur.(偉大な思想は心情から生まれる。 ヴォヴナルグ『省察』八七)真の生ける真理を与うる哲学は語る口に見出されずして語らざる魂において成長する。哲学に関する第二の誤解はこれとあたかも反対した側面からすなわちそれがあまりに人生の実際と接近して感傷的もしくは病的になって、われわれの論理的要求から遠ざかっておるという批難においてぶっつかるものである。この考えを懐く人たちの想像する哲学者は、蒼白な顰《しか》め面をした、人生や自然におけるよきもの美しきものに無頓著な、すべての現実的に対して懐疑的もしくは厭離的になった人である。彼はやたらに涙を流す人かあるいは一滴の涙さえ涸《か》れ尽してしまった人かである。
しかしながら私の考えるところでは、哲学者にはいかにも感情が必要であるが、それは純化され透明にされない情緒ではなくして、永遠なる理想や価値や理念やに対する感激である。情緒と感激とは根本的に性質の異なったものであろうが、道徳を本能の一種と見做《みな》す心理学的立場から、それらが同一根柢にまで還元されることを許すならば、感激とは永遠なるものに関係する限りの情緒である。情緒はそれに伴う不安と焦躁とからわれわれを限りなき盲目的な運動にまで駆るに反して、感激はそれに随う安静《ルーエ》と平穏とからわれわれを光に照らされた、限りある従って完全な活動にまで赴《おもむ》かせる。それゆえに情緒の運動が自ら外部的、身体的であるに反して、感激の活動は必然的に内部的、精神的である。前者は濁れる涙を猛烈に外に注ごうとするに反して後者は輝ける涙をもって自己の魂を洗い浄めようとする。しかのみならず私が永遠なるものとよぶところのものに純粋に概念的にして論理的なる真理が含まれていることを思い、またかくのごとき純粋に知識的にして思弁的なものに対してもはなはだ高き程度の感激があり得ることを認め、もっと根本的には情緒と感激との正当な区別を誤らない人は、哲学が一方では私たちの感情的要求を決して排斥するものでなく、他方では私たちの論理的要求を否定するものでないという二つのことが必ずしも矛盾しないことを容易に発見し得るであろう。哲学はいつでもフィロゾフィーレンする人にのみあり、またフィロゾフィーレンする人によってのみ正しく理解され得るものである。
私がいま与えた解決にして誤っていないならば、私は真の哲学者の資格として次の二点を挙げても間違ってはいないであろう。第一、論理的思索力の鋭さと強さ。第二、永遠なるものに対する情熱の清さと深さ。このことと関係して私が哲学者と呼ばれておる人間を三つの型に分つとしても必ずしも虚妄として退けられないであろうと思う。すなわち頭のよい哲学者、魂の秀れた哲学者、および真に偉大なる哲学者がそれである。第一の型の人々を一体哲学者と呼んでいいのかどうか私は知らない。なぜなら彼らは真の哲学者の資格として私があげた第一の条件としての論理的思索力の鋭さと深さについて、単に鋭さを示すのみであって深さをもっていないからである。学校の秀才といわれるものの特質を担ったいわゆる講壇的哲学者には頭があっても魂がない。そして深さは、それが論理的、概念的に関係しておる場合においてさえ、いつでも魂に本《もと》づいておるからである。彼らは声高く教えようとする、彼らは堆《うずたか》き文献を作ろうとする。論理の巧妙と引証の該博と討究の周到とは彼らが得意気に人に誇示するところである。しかし惜しいことには彼らにはそれらの秀れたるものを統一して生かしまた深める魂が欠けている。いわば彼らには積極的がない。彼らは人の驚きを買うことができても人の愛を得て人を感激せしめることができない。ファウストがワグネルを喩《さと》したそのままの言葉がちょうど適当であるのが彼らの哲学である。
[#ここから引用文、2字下げ、本文とは1行アキ]
Doch werdet ihr nie Herz zu Herzen schaffen,
Wenn es euch nicht von Herzen geht.
語られざる哲学の正しき出発点として反省をとるべきことは前にいったとおりである。しからば反省とはいかなることであるか。反省とは自分自身を知るということである。「汝自らを知れ」という古い昔から幾度となく繰返された、けれどそれを身に徹して行うことは非常に困難である一句を、いやしくも自分自身において深く生きようとするものは、まず何よりも謙虚な心とならなければならない。教会で説教する牧師の心よりも人無き所で祈る者の心こそ彼に望ましき心である。彼は功名心に煽《あお》られて真理の探求に向う心よりも大地に平伏《ひれふ》して懺悔《ざんげ》する心を心としなければならない。ふまじめと傲慢とにおいてではなく、真摯と謙虚とにおいて自分自身は初めて知られ得る。
しかしながらへりくだる心はまた必然的に強き心である。いかに深い闇の中に落されて行っても少しの眩暈《げんうん》をも催すことなく瞬きせざる眼をもって自分自身を見詰めて恐れない強い心において正しき自己認識は可能となるのである。反省は知れりということを知らず、弁解することは固《もと》より説明するということを知らない、絶対に無智にして貧しき心の智恵である。それは闇を恐れもしくは避ける論議し証明する学問の知識ではなくて、むしろ闇そのものの真理である。語られざる哲学に関係しては厳密を失う概念的な言葉をもってすれば、反省は知的興味からではなく道徳的もしくは宗教的な要求からなされる真理の探求である。それゆえに反省は私たちの知識慾が満足するような知識を与えるのではなくて、私たちの意志が要求するような生ける真理の認識を与えるところにその本質を見出す。心理学者は自己の意識の表面に去来する精神現象を分析して明るみへ持来すことによって満足するでもあろうが、反省は自己の奥底に潜む闇の中へどこまでも深く落ち込んで行って闇そのものを認識せずには措《お》かない。すなわち一は知的認識にして他は意的認識、一は外延的にして他は内向的である。心理学者が具体的な意識現象を抽象的に分析して認識しようとするに反して、反省はそれを具体的な意味と実在との結合としてあるいは象徴的として認識する。反省の対象となる心理現象は私たちが実際知り、感じ、欲するところの生きた心理現象である。それは個々の感覚、表象、感情、意志などの単に平面的な横の関係を知ろうとするのみでなくまたそれらの立体的な縦の関係を究めようとする。けだし私たちの精神現象は、それがいかに表面に浮んでいるがごとく感ぜられても、それは必然的に縦の関係を辿って内奥に潜めるものの象徴として考えらるべきものである。私たちが経験する個々の感覚、観念、感情、欲望などはすベて神の象徴でありまた悪魔の象徴である。要するに反省はセンチメンタリストの放蕩でもなければジレッタントの遊戯でもなく、謙虚なそしてそれがために勇敢な心のまじめな労作である。
さて私の反省する心の前にはいかなる光景が展開されるであろう。いやしくも真に生きようとする人が自己の衷に見出さずにはいられない二つの心の対立もしくは矛盾の体験を語るものとして、私がしばしば引用したことのある二つの尊き書物からの章句をいままたここに掲げることは、少くとも私自身の反省にとっては非常に有益なことであると思う。ロマ書第七章においてパウロはいう、「われ内なる人については神の律法《おきて》を楽しめどもわが肢体に他の法《のり》ありてわが心の法と戦い我を虜《とりこ》にしてわが肢体の内におる罪の法に従わするを悟れり。噫《ああ》われ悩める人なるかな。この死の体より我を救わんものは誰ぞ。」またファウストを読む人は誰でも次の句を何の感動をも受けることなしに読み終ることは出来ないであろう。
[#ここから引用文、2字下げ、本文とは1行アキ]
Zwei Seelen wohnen, ach! in meiner Brust,
Die eine will sich von der andern trennen;
Die eine halt[#「halt」の「a」はウムラウト(¨)付き], in derber Liebeslust,
Sich an die Welt mit klammernden Organen;
Die andre hebt gewaltsam sich vom Dust
Zu den Gefilden hoher Ahnen.
(あゝ。己の胸には二つの霊が住んでいる。
その一つが外の一つから離れようとしている。
一つは荒々しい愛惜の情を以て、章魚《たこ》の足めいた
搦《から》み附く道具で、下界に搦み附いている。
今一つは無理に塵を離れて、
高い霊どもの世界に登ろうとしている。)
[#ここからポイントを小さくして地付き]
(ゲーテ『ファウスト』第一部一一一二―七 森林太郎訳)
[#ここで引用文終わり]
私は今|湿《うるお》える心をもってしみじみと自己の姿を眺めなければならない。私の頑健な肉体が限りなく私を不幸にする。私の眼は鷲のように漁ろうとし、私の口は虎のように貪ろうとし、私の手は獅子《しし》のように捕えようとする。私の肢体をとおしてあくことなき活動を求める私の強い盲目な本能と情緒とが私を憂鬱なものにしてしまおうとしている。敬虔な人々の断食と祈とについて読んで感動されて、一般に食をとるということ、殊に私のように余分に贅沢な食をとるということを深い罪のように意識した私は、一時間も経《た》たないうちに友人に誘われるままにレストーランで馬のように食っていた。あるとき一人の聖者の伝を目にして感激のあまり私は寮を飛び出して、広い武蔵野を限りもなくさまよった。私は彳《たたず》んだり寝転んだり仰いだり俯したりしながら、到る所私の過去の生活の罪の意識に責《せ》め苦しめられつつ、ただ何ということもなしに自然《ひとりで》に祈っていた。秩父の山に落ちる赤い夕日が一面に野を染めて木々の梢には安静が宿るとき、私は魂の故郷《ふるさと》への旅人のような寂しいけれど安らかな気持につつまれて小さい声で祈の言葉を口にした。その夜美しい月は生の悩みを喘《あえ》ぐ地を明るく照らした。朝飛び出したまま少しの食事もしていなかったが、私はその夜は徹夜して野をさまよいつつ私の罪の浄めに従おうと決心した。とある小川の橋の上に立止ったとき、私は川に映る月の影を見て何と思ったか、それから十五分間ばかり大声で叫んでいたことをいまに至ってもはっきりと思い起すことができる。けれどサタンの誘惑はやって来た。私の当途《あてど》もない彷徨が餓え渇《かつ》える私を田舎《いなか》の小さい料理屋の前に導いたとき、私は一本のサイダーを求めようとした。中から出て来た女が私を無理に腰を卸《おろ》させさらに座敷へ上らせた。疲れていた私は初めは疲労を回復する心組でその誘惑に従ったのであるが、サイダーの代りに持って来られた酒が私の体を酔わすとともに私の魂をも麻痺させずにはおかなかった。無理やりに飲まされた二本目の酒が終ったとき、私は自ら進んで三本目の酒を求めていた。ついに酔い崩れて前後不覚にその場に倒れてしまった。けれども世界に光を齎らした日の出が私の心には光明を持来して私の眼からは悔恨の涙がとめどもなく流れた。私はかつて夜の半《なかば》を海に向って自己の醜悪を嘆いた。あるときは小室に閉じ籠って終日を自己の心の分析に費した。しかしながら私の生活はそれらにかかわらずしてメフィストフェレスによって導かれることをやめなかった。私の健康な肉体は一方では私を悩しく醜い活動にまで追いやるとともに、他方では私の純粋な魂がなそうとする活動を妨げようとする。私の太い血管を勢いよく循《めぐ》る血の快さが、私の清く正しき心に気持のよい寝床を与えている。
私は傲慢な態度をもって他の人々を蔑みつついった、「君たちは虚栄心に支配されている。金銭や名誉が何になるのだ。本当に自分自身に還って生きない生活は虚偽の生活に過ぎない。」なるほど、私のいうことは言葉どおりには正当である。けれども私の言葉にはそれを生かす魂の純粋が欠けていた。「たといわれ諸※[#「※」は「二の字点」、「々」と同じ、面区点番号1-2-22、61-13]の人の言葉および天使の言葉を語るとも、もし愛なくば鳴銅《なるかね》や響く※[#「※」は「金へん+「秡」のつくり」、第3水準1-93-6、61-14]《にょうはち》のごとし」といわれたように、それがいかに正しく、よく、美しき言葉であり忠告であったにしても、もしそれが謙虚な心と愛とから出たのでなかったならば、結局無意味なことであるに相違ない。
しかしながらさらに悪いことは、そういう私自身がいっそう強く虚栄心に燃えていたことである。他人の眼にある塵を見て自己の眼にある梁《うつばり》を見ないのか、私はこう自分自身に向って叫びたい。財宝や栄爵を虚栄として退けた私は、自分の書物が広い世界において読まれ、永い時代に亘って称讃されることを求めはしなかったか。華美な住宅、贅沢な衣服、賑かな交際、騒しい娯楽が私が耽ることを好んだ空想の中に織り込まれることはなかったか。金銭や爵位やを卑んだ私の言葉の間には、自分がそれらのものを得る能力がないという自覚から生れた嫉妬の心がひそかに潜んではいなかったか。否、否、自分の知らないことを知っているかのように語ったり、自分の感じないことを感じているように話したり、自分の欲していないことを欲しているように告げたりすること、要するに自己の魂の奥底において体験しないことを口にするのがそもそも虚栄を求める心ではないであろうか。おまえの良心がおまえを叫ばさせずにはおかないまでおまえの唇に迫るまで、おまえはへりくだり虚くして待つがいい、そのときこそおまえは権威ある人として語り出でることができるであろう。
私は殊に多く愛について自ら考えまた人に教えた。けれど私の利己心や他を憎む心が私が愛から出たものとして考えた行為の裏においてさえせせら笑いをしていなかったか。猜疑と嫉妬とが私の心から全然放逐されていると保証してくれる人があるであろうか。媚《こ》び諂《へつら》う心から生れた親切や同情やを私自身において経験しなかったといえようか。人に矯《あま》えるような愛、人に強《し》いるような愛、人を弱くしようとする愛、人をたかぶらせる愛、それらが私の生活になかったといえるか。私が最も純粋な愛としたものにおいてさえ、それが自己の優越の感じに擽《くすぐ》られようという動機によって濁らされていなかったと誇り得ないではないか。純粋で従って快活でありやすい友人や隣人に対しての愛において、すでに利己心や憎悪心や諂諛《てんゆ》や傲慢がそれの明るい拡りゆく自由さを失わせていたとすれば、婦人に対する愛や交りが本当に純潔であろうなどとは誰も信じないことである。私は二人の女において恋愛の関係に立ち、数人の女に対してそれに近い気持を味って来た。私の性的が動いて暗い影をそれらの恋愛や交際に蔽い被せた。かつて私を支配したデカダンがそれらにおいて頽廃の飽満を求めた。私の気紛れ、芝居気、皮肉、洒落《しゃれ》が強いて作った快活さが、エロティッシュの気味の悪い微笑《ほほえみ》や悩める本能の醸した暗く寂しい憂鬱と混って、非常に複雑な醜悪をそこに合成した。愛するものによって自己の魂を高めもしくは愛するものの魂を純粋に成長させてゆこうとする心よりも、愛する者によって自己の醜い心に媚びもしくは愛するものを誘惑して自己のところまで引きおろそうとする心が私の中に勝ってはいなかったか。常に否定する精神メフィストが私を征服して走せ廻ってはいなかったか。引込思案な臆病、小賢《こざか》しくて功利的な知恵、それよりも根本的には私を善良な青年とみていた世間の評判が、ただ私を不道徳の実行者にならしめないのみであった。
けれども積極的に善をなさないのは必然的に消極的には悪をなすことではないか。世のいわゆる悪をなさずまた積極的に善をなすこともない無気力で怠惰な精神よりも旺盛な心をもって悪に向って活動する精神の方が秀れているとはいえないだろうか。悪魔は怠け者より神に近いに相違ない。ただ悪魔が神になれないのは彼は悪を矜《ほこ》って、へりくだる貧しき心を欠いているからであろう。私は幾度となく娼婦の姿を胸に抱いたのではなかったか。十八の夏初めは正しい動機から退けていた女に盲目的な本能のために近づけられて、夫ある女と通ずるという最も忌わしい罪悪にまで陥ろうという危機をやっと脱することができたのは誰であったか。
虚栄心や利己心や性的本能が、あるときは私を呵々大笑させ、あるときは私を沈黙と憂鬱とに導きつつ私の生活を落着のない、流るるような自由と快活とを失ったものにしていたのは事実であるが、他方においては傲慢な心から発した弁解する心と神を試みる心との二つの心が私の生活を激越な、安静のないものとした。煩悩具足の私たちは罪を作らずにはいられないような状態にいる。いかに熾烈《しれつ》な善を求める心でもこの世界では悪を全く避けることができないような有様である。私たちは本当に弱い葦のようなものだ。Es irrt der Mensch,so lang er strebt.(人は努めている間は、迷うに極ったものだからな。 [#ここからポイントを小さくする]ゲーテ『ファウスト』第一部三一七 森林太郎訳[#ポイント下げ終わり]) しかしながら真に罪悪といわるべきものは、私たちの悲しい運命が私たちを陥れずにはおかない罪悪そのものよりも、かかる罪悪を小賢《こざか》しい智恵を弄して弁護し弁解しようという傲慢な心である。メフィストフェレスが人間を嘲笑《あざわら》っていった言葉、
[#ここから引用文、2字下げ、本文とは1行アキ]
Er nennt's Vernunft und braucht's allein,
Nur tierischer als jedes Tier zu sein.
よき生活とはいかなるものかという私が提出しておいた第三の問題が非常に複雑であることは、一般に生活というものがいかに複雑であるかを、ちょっとでも反省してみる人の誰でもが、容易に考え及ぶことができることであろう。時処位《ときところくらい》に従って種々雑多に変化すべき具体的な生活をそのまま記述し分析し説明しようというのは全く不可能なことであり、またたとい可能であるにしても無意味なことである。私がここに試みようとするところのものが、かくのごときものでないことは明らかである。私はいま私がよき生活として想像する生活からそれの指導観念の特に重要なものを抽象して来て、それらについて思考を廻《めぐ》らすことによって私が正当にとるべき生活態度を明瞭にしたいと思う。
まず最初に注意すべきことは、私たちの生活において大切なのは、「何を」経験するかということよりも「いかに」経験するかということであるということである。なんとなれば、経験の内容とよばるるもの自身がすでに、多くの人によって誤解されておるように、固定して動かすことができないように存在しておるものではなく、これを経験する魂によって創造されるものであるからである。外面的にみて同一の事柄もこれを経験する人の心に迫る形においては種々に異なっておるのである。同一の芸術作品の前に立って観照し評価する二人の人は根本的には同一の芸術作品を観照しまたそれについて評価しておるのではない。観照はやがて制作である。大家の秘密は形式によって内容を滅却するにあるとシルレルがいったように、秀れた魂はいかに瑣細《ささい》に見える事柄にも深い意味を見出すふしぎな力をもっておる。これに反して鈍い心の所有者はどんなに大きな経験に遭逢してもこれを浸透して輝く光をもっていないから、それは彼にとって何の価値もない黒い塊に過ぎない。
私はかつてニュートンの言葉から思い出して人生を砂浜にあって貝を拾うことに譬えた。凡ての人は銘々に与えられた小さい籠を持ちながら一生懸命に貝を拾ってその中へ投げ込んでいる。その中のある者は無意識的に拾い上げ、ある者は意識的に選びつつ拾い上げる。ある者は習慣的に無気力にはたらき、ある者は活快に活溌にはたらく。ある者は歌いながらある者は泣きながら、ある者は戯れるようにある者は真面目に集めておる。彼らが群れつつはたらいておる砂浜の彼方に限りもなく拡って大きな音を響かせている暗い海には、彼らのある者は気づいておるようであり、ある者は全く無頓著であるらしい。けれど彼らの持っておる籠が次第に満ちて来るのを感じたとき、もしくは籠の重みが意識されずにはおられないほどに達したとき、もしくは何かの機会が彼らを思い立たせずにはおかなかったとき、彼らは自分の籠の中を顧みて集めた貝の一々を気遣わしげに検べ始める。検べて行くに従って彼らは、彼らがかつて美しいものと思って拾い上げたものが醜いものであり、輝いて感ぜられたものが光沢のないものであり、もしくは貝と思ったものがただの石であることを発見して、一つとして取るに足るもののないのに絶望する。しかしもうそのときには彼らの傍に横たわり拡っていた海が、破壊的な大波をもって襲い寄せて彼らをひとたまりもなく深い闇の中に浚[#「浚」は底本では、へんが「にすい」になっている]って行くときは来ておるのである。ただ永遠なるものと一時的なるものとを確に区別する秀れた魂を持っている人のみは、一瞬の時をもってしても永遠の光輝ある貝を見出して拾い上げることができて、彼自ら永遠の世界にまで高められることができるのである。私たちはこの広い砂浜を社会と呼び、小さい籠を寿命と呼び、大きな海を運命と呼び、強い波を死と呼び慣わしておる。かようにして私たちには多くの経験よりも深い体験がさらにいっそう価値あるものであることは明らかである。
もちろん私が経験する魂の方面のみを考えて経験される事柄を全く看却するというのであるならば、私はあたかも美学上のいわゆる形式説が陥ったと同様な誤りに陥っていることは疑いもないことであろう。いかなる障礙《しょうがい》にも負かされることなく、かえってその障礙を利用して自己を高めてゆくことを知っておる秀れた魂は、それが遭遇する経験が多く、強く、大きくあればあるほどますます磨き出されるに違いない。天才者たちは深い悲しみや苦しみを身に徹して味うことによって、彼らの魂を弥増《いやまし》に高めまた浄めるという事実を私も承認する。
[#ここから引用文、2字下げ、本文とは1行アキ]
Ein guter Mensch in seinem dunklen Drange
Ist sich des rechten Weges wohl bewusst.